番外編:【被害者の王座】
私には夫と長男と長女と次女がいる。
次女は本当にかわいくて可愛くてしょうがない。生まれた時から彼女は可愛かった。色が白くて、私の手をぎゅっと握って……少し成長しても、あのちっちゃい頃そのままで、本当にかわいくて仕方がない。
それなのに長女はしっかりしすぎていて可愛げがない。いつも私のことを見透かすような瞳で見てくる。何かしたわけじゃないけれど、何もかもが気に入らない。自分の子供とは思えない。なんで同じ女の子なのに、こんなに違うんだろうか。
長男は長男で、本当に優秀で自慢の息子だ。田舎の親戚にも、お茶飲み友達にも胸を張って自慢できる。やはり長男というのは優秀なものなのだろう。かわいい次女よりも優先して、長男を一番に優遇している。
思い返せば、私もかなりの田舎で育った。長女だったから、下に弟妹がたくさんいる中で、親から「長女なんだから」と言われ続け、下の子供たちの面倒や家の手伝いに追われてろくに勉強もさせてもらえなかった。「長女だからそれが当たり前だ」と、ずっと我慢を強いられてきた。
学校を卒業してからも、弟妹が多いという理由で東京の就職先に送られ、仕送りの金額も勝手に決められ、給料のほとんどは直接親の元へ持って行かれた。私の手元にはほとんど何も残らなかった。
そのうち、下の妹たちが学校を卒業すると、何の相談もなく「就職先を世話しろ」と勝手に東京へ送り込まれ、私のところに面倒を見ろと押し付けられた。私には次々とそんな負担が回されてくるのに、妹たちは自分の生活が整うと私の元を去り、自由な生活を謳歌していく。
「なんで私ばかり?」と母親に言えば、「あなたは長女なんだから、みんなの面倒を見なきゃいけないのよ」の一言で片付けられた。それなのに、長男である弟は田舎でぬくぬくと、私の稼いだお金で守られて暮らしている。私の方が先に生まれた長女なのに、なんで一度も優先してもらえなかったんだろう。ずっと、そんな不満が心の底にこびりついていた。
何年か過ぎるうちに、就職先の人の紹介で夫と結婚することになった。
本当は地元の田舎の人と結婚したかったのに、母親から「一度田舎を離れた人間は、こちらではもうまともな結婚などさせられない」と、めちゃくちゃな理屈で反対され続け、気付けば年齢も上がっていた。だから、つい東京の人である夫と、そして「母親への仕返しにもなるかもしれない」というやけくそな気持ちもあって結婚してしまった。
だが、結婚式の控え室で、夫の母親(姑)からこう言い放たれた。
「うちの子は、本来あなたなんかと結婚するような子じゃないのよ。医者になれと期待されていたんだから、本当に医者になっていればあなたなんかに見向きもしなかったわ。せいぜい、あの子の言うことをよく聞いて従うのね」と。
新婚当初から、夫はダブルスタンダードで言うことがコロコロ変わる。「俺は医者にもなれたのに、親父のせいで諦めざるを得なかったんだ」と事あるごとに愚痴をこぼす。仕事場でも、「こんな仕事、俺に合わない。もっと俺にはいい仕事があるはずだ」と職を転々とする頼りない男だった。いつ仕事にあぶれるかと、私はいつも生活の不安に怯えていた。
そんな息の詰まる生活の中で、私の唯一の心の拠り所は、しっかり者で優秀な長男であり、そして、なによりも愛らしい次女だった。
長女は、迷惑ばかりかけてくる。学校でいじめられたなどと聞いて、「自分でなんとかしなさいよ、なんでそんなメソメソ泣いて帰ってくるの、やり返しなさいよ!」としか思えなかった。学校の先生にまで「お母さん……」と困った顔をされるたび、長女への嫌悪感がますます膨れ上がっていった。
自分でも「なぜ自分の子供なのにこんなに可愛く思えないのだろう」と思うけれど、どうしても抑えられない。自慢の種にもならない。お茶飲み友達の前で話題にしても、長女の愚痴しか出てこなくてこっちまで惨めになる。母親の私の気も知らないで、何とかしなさいよと苛立つばかりだった。
ある日から、長女が生意気にも私に言い返してくるようになった。本当に生意気で、我慢がならなかった。
それと同時に、次女への愛おしさがますます増していった。ある日、夫が家出をした時も、「このままいなくなってくれた方がせいせいするのに」と思ったのに、長女が余計なことを言ったせいで戻ってきた。次女まで電話で何かを言って父親を連れ戻し、帰ってきた夫に次女がしがみついているのを見て、「次女まで私を裏切ったのか」とショックを受けた。だからこそ、次女の心を繋ぎ止めるために、長女とは比べ物にならないほど甘やかして可愛がるようになった。
そんな日々が続く中、長男が大学に入るために一人暮らしをすると言い出した。
「さすが優秀な自慢の息子だ、やっぱり長男は違うわね」と、私は嬉しかった。当然、今まで長男のために学費も仕送りも貯めてきたし、喜んで送り出した。大学を卒業したら、きっと私が昔そうしたように、長男がこの家族を支えてくれるだろう――そう信じて疑っていなかった。
それなのに、長女が勝手に高校に入った途端、家を飛び出していった。
まだ未成年のくせに、生意気にもアルバイトをして奨学金を取り、自立すると言って家を出て行ってしまったのだ。
「そんな自分勝手なお金があるなら、家に少しでも入れなさいよ! 長男の仕送りや学費でこっちはどれだけ苦労していると思っているのよ!」と叫びたかった。でも、長女はそのまま音信不通になり、目の前から消え去った。
大嫌いな娘がいなくなって、私は正直せいせいしたと思っていた。これで夫と、長男と、次女の「理想の家族」になれる――そう信じていたのに。
長男は大学の勉強が忙しいらしく、一度も家に帰ってこなかった。「まあ、長男の将来のためだ、仕方ないわよね」と自分に言い聞かせていた。
だが、大学を卒業したと同時に、長男の音信がぷっつりと途絶えてしまった。どこにいるのかも分からない。
「長男は何を考えているのよ! 散々今まで時間もお金もかけて育ててやったのに、その分何倍にもして返しなさいよ! これじゃあ、親戚や友達に『息子さんは今どうしているの?』って聞かれたときに、何て答えればいいっていうのよ!」
「音信不通だ」なんて、周りに言えるわけがない。私は周囲に対して、「海外に仕事でずっと赴任しているから、なかなか帰ってこないのよ」と嘘の言い訳を繰り返した。
最後の電話で、長男はこう言った。
「母さん、父さんに伝えておいてくれ。親父の望むような仕事には就かなかったけど、俺は俺がやりたい仕事に就いたから。じゃあ」
そう言って切られた電話のあと、そのまま二度と帰ってこなくなってしまった。
……それ以来、連絡は一切取れない。
夫は相変わらず言動が二転三転し、私はすっかり疲れてしまった。けれど、かわいいかわいい私の理想の次女だけは、絶対に私から離さない。どこにも逃げ出さないように、しっかりと絡め取って、私だけのものにしておこう――今はそれだけが、私の支えだった。
《※この後、父の視点も書く予定なので、あえて完結状態のままにしておきます》




