第9話「ゴッグ二号機とマリアの間にあるもの」
手帳の記録が、ある方向に向かって積み重なってきた。
マリア・カワシマ。UC0078年に姿を消した。技術職に移っていた。UR-651関連の資料に名前が出ているという情報がある。
ゴッグ二号機は、毎回同じ場所に沈む。毎回、同じ九十一メートルに。その後の消息は、この繰り返しの中では確認できない。
その二つの間に、何かがある。
マティアスは、その「何か」を確かめることにした。
「カイル。UR-651について知っていることを全部話してくれ」
「今日はまた唐突だな」
「唐突かもしれないが、重要だ」
カイルはコーヒーを飲みながら、記憶を整理するように少し目を細めた。
「UR-651は、連絡艦から改造された深海母艦だ。表向きは記録保全を目的とした艦だが、実際には水中での特殊作戦支援が主な任務だという話がある」
「それは聞いたことがある」
「技術班に、民間から引き抜かれた研究者が複数乗っているという話もある。軍の正規の将校ではなく、特定の技術を持つ専門家が乗員として登録されているとか」
「その研究者たちは、何の専門家だ」
「詳しくは知らない。ただ——通信、音響、記録関連の専門家が多いという噂がある」
マティアスは手帳に書いた。
「UR-651には通信・音響・記録関連の専門家が乗っている」。
「カイル、ゴッグ二号機とUR-651の関係を知っているか」
「知らない。そんな関係があるのか?」
「分からない。だが、可能性を考えている」
「なぜそれを考える?」
「ゴッグ二号機は毎回、同じ場所に沈む。沈んだ後、何が起きているのかが分からない。でも、その機体には何かが仕組まれている気がする」
「仕組まれている、とは」
「設計の話だ。あの機体は、単純な予備機ではない。内部に通常のゴッグにはない区画がある。それを知っているのは——ごく一部の人間のはずだ」
カイルは少しの間、マティアスを見た。
「……お前は今、何をしようとしている」
「ゴッグ二号機の真相を知ろうとしている」
「なぜ」
「あの機体に、Lが関わっているかもしれないから」
「……Lというのは、昨日話した女性か」
「今日初めて聞く話だろうが、そうだ。マリア・カワシマという名前で、UR-651に関係しているかもしれない」
「マリア・カワシマ……」
カイルは、その名前を繰り返した。
「……俺には確認できないが、一つだけ言える」
「なんだ」
「ゴッグ二号機の配備経緯は、正規ルートではなかった。俺は書類を見たことがある」
「どんな書類だ」
「配備命令書だが、承認者の欄が——一部、通常の系統ではなかった。技術部門の特殊な承認が入っていた」
「その技術部門が、UR-651と関係があるか」
「……可能性はある。だが、俺には確認できない」
マティアスは手帳に書いた。
「ゴッグ二号機の配備命令書に通常ではない承認が入っている。技術部門の特殊な承認。UR-651との関係の可能性がある」。
その日の作戦前、マティアスはゴッグ二号機を見に行った。
湖畔に係留されている機体。フロートが取り付けられた胴体。腕も足もない状態。
外観を一周した。
機体のどこかに、「Hi4」という刻印があることは、記録に書いてあった。何回目かの作戦の後に、沈んだ状態の機体の外壁で確認したものだった。
今は、まだ沈んでいない。
マティアスは、機体の胸部ハッチを確認した。整備兵に声をかけた。
「この機体の内部構造の設計書はあるか」
「ゴッグ二号機ですか? 設計書は……ベースキャンプの資料室に通常のゴッグの設計書はありますが、この機体の固有の設計書は持っていません」
「なぜ持っていない」
「支給されていないんです。配備される時に、通常の整備マニュアルしか来なかったので」
「通常のゴッグのマニュアルか」
「はい。でも実際に整備してみると、通常のゴッグとは随分違う部分があって……どうすればいいか困ったことが何度もあります」
「どんな部分が違う?」
「内部の区画の数と配置です。通常のゴッグにはない空間が、いくつかあります。そこに何があるのかは、私たちには分かりません」
「触れていないのか」
「上から『触れるな』という指示が来ています」
「誰からの指示だ」
「……書類には、技術監察部という部署名が書いてありましたが、誰の名前かは分かりません」
マティアスは手帳に書いた。
「技術監察部からの指示でゴッグ二号機の内部に触れることを禁じられている。内部に通常のゴッグにはない区画がある」。
光が来る直前、マティアスはコックピットの中で考えた。
技術監察部。マリア・カワシマ。UR-651。ゴッグ二号機の内部に触れるな、という指示。
これらは全部、繋がっている。
マリア・カワシマが、この機体の内部に関わっている。
その可能性が、今日はかなり高くなった。
次は——もっと直接的に確かめる必要がある。
この繰り返しの外で、何かを確かめる必要がある。
でも、この繰り返しの外に出る方法が、まだ分からない。
光が来た。
全てが白くなった。
目が覚めた。
手帳を確認した。
今日書いたことは、全部残っていた。
コーヒーの匂いがした。
「マティアス、私だ」
「入れ」
カイルが入ってきた。
マティアスは手帳を見ながら思った。
第一部が終わりに近づいている気がした。
この繰り返しから出る方法を、次の回で探す必要がある。それが今の課題だった。
【次回 第10話「出口を探す男」へ】




