第8話「ミナの母親」
確かめる方法を考えた。
ミナに「マリア・カワシマはどんな人か」と聞く。それだけだった。
でも、それだけのことが、マティアスには難しかった。なぜ難しいのかを考えた。
Lのことを思い出した時の感覚が、まだ胸の中にあった。
あの記憶は、遮られていた。意図的に遮っていたのかもしれない。長い時間をかけて、自分で押さえ込んでいたのかもしれない。
その押さえ込みを、今こじ開けようとしている。
こじ開けた先に何があるかを、マティアスは少し怖いと思っていた。
でも、怖いからやらない、という選択を、マティアスはしない。
それが、彼の性格だった。
「カワシマ伍長。少し話せるか」
「はい」
整備区画の端に、二人で立った。周囲に他の人間はいなかった。
「お前の母親のことを聞きたい」
「……どうして急に?」
「昔、マリア・カワシマという名前の人を知っていた可能性がある」
ミナの目が、わずかに変わった。
「……どんな人でしたか」
「研究関連の仕事をしていた。通信や音に関係した分野だった。静かな目をしていたが、笑い方が屈託なかった」
ミナは、少しの間、何も言わなかった。
「……お母さんのことを調べているんですか」
「調べているというより、記憶を確かめている。俺が知っていた人と、お前の母親が同じ人物かどうか」
「なぜそれが気になるんですか」
「お前が、その人に似ているから」
ミナは目を伏せた。
「……よく言われます。お母さんに似ていると」
「見た目だけではなく、所作も似ている」
「そうですか」
「ミナ」
名前で呼んだ。今まで名前で呼んだことはなかった。
ミナは顔を上げた。
「……はい」
「お前の母親は、今どこにいる」
「分からないんです。戦争が始まる前から、連絡が取れなくなって。仕事の内容が変わったと言っていたのが最後で……どこかに行くって。それきり」
「何の仕事をしていた」
「最初は通信士でした。でも後から、技術職に移ったと聞いていました。詳しくは教えてくれませんでした」
「いつ頃から連絡が取れなくなった」
「UC0078年の後半から」
マティアスは、その年号を聞いた。
UC0078年。
研究棟で会っていたのは、もっと前の話だった。引き離されたのも前の話だった。
引き離された後、マリア・カワシマはどこへ行ったのか。技術職に移った。そして、UC0078年に消えた。
「大佐は、本当にお母さんを知っているんですか」
ミナの声は、静かだった。でも、その静けさの中に、何かが揺れていた。
「知っていたかもしれない。まだ確信はない。でも——可能性がある」
「……知っているなら、今どこにいるか分かりますか」
「分からない」
「そうですか」
ミナは、また目を伏せた。
「ミナ」
「はい」
「お前の母親の写真は持っているか」
「いつも持ち歩いているんですが……今日は宿舎に置いてきてしまって」
「そうか」
「見たいですか?」
「今度でいい」
マティアスはそう言ったが、内心では分かっていた。「今度」は来ない。この日が終われば、また最初に戻る。
でも、今日確かめたことは、手帳に残る。
マリア・カワシマ。UC0078年に消えた。技術職に移っていた。
その全てが、一つの方向を向いていた。
まだ、名前の一致だけでは確信が持てなかった。でも、確信に近い何かが積み重なっていた。
その日の光が来る直前、マティアスは一号機のコックピットの中で、目を閉じた。
Lを思い出した。
研究棟の図書室。窓際の席。「また難しい顔をしている」という言葉。
その後、引き離された。カワシマ家の縁談。政略的な意図。どうすることもできなかった。
Lはマリアになった。
マリア・カワシマ。
その人が、ゴッグ二号機に乗っているかもしれないという感覚は、まだなかった。でも、ミナの母が自分の知っていたLである可能性が、今日かなり高まった。
そして、ミナは——。
光が来た。
全てが白くなった。
目が覚めた。
手帳を確認した。
全部残っていた。
「マリア・カワシマ。UC0078年に消えた。技術職に移った。ミナはマリアに似ていると言われる。ミナの母がLである可能性が高い。次は、Lがマリアになった後、どこで何をしていたかを確認する」。
コーヒーの匂いがした。
「マティアス、私だ」
「入れ」
カイルが入ってきた。
マティアスは手帳を閉じた。
「今日も記録か」
「ああ」
「進んでいるか」
「少しずつ、な」
「その顔は、少しずつが着実に進んでいる顔だ」
「そうかもしれない」
カイルはカップを置いた。
「今日のお前は、昨日より少し違う顔をしているな」
「昨日の俺を覚えていないはずだが」
「お前の昨日を覚えているわけではない。ただ、今日のお前の顔を見て、何かが積み重なっている気がする、ということだ」
「積み重なっている」
「ああ。良い意味で」
マティアスは、コーヒーを受け取った。飲んだ。うまかった。
積み重なっている。良い意味で。
繰り返しの中で、確かに積み重なっていた。
Lのこと。マリアのこと。ミナのこと。
次の回で、もう少し近づけるはずだった。
【次回 第9話「ゴッグ二号機とマリアの間にあるもの」へ】




