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ゴッグ・シンドローム マティアス別録   作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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8/10

第8話「ミナの母親」


 確かめる方法を考えた。


 ミナに「マリア・カワシマはどんな人か」と聞く。それだけだった。


 でも、それだけのことが、マティアスには難しかった。なぜ難しいのかを考えた。


 Lのことを思い出した時の感覚が、まだ胸の中にあった。


 あの記憶は、遮られていた。意図的に遮っていたのかもしれない。長い時間をかけて、自分で押さえ込んでいたのかもしれない。


 その押さえ込みを、今こじ開けようとしている。


 こじ開けた先に何があるかを、マティアスは少し怖いと思っていた。


 でも、怖いからやらない、という選択を、マティアスはしない。


 それが、彼の性格だった。




「カワシマ伍長。少し話せるか」


「はい」


 整備区画の端に、二人で立った。周囲に他の人間はいなかった。


「お前の母親のことを聞きたい」


「……どうして急に?」


「昔、マリア・カワシマという名前の人を知っていた可能性がある」


 ミナの目が、わずかに変わった。


「……どんな人でしたか」


「研究関連の仕事をしていた。通信や音に関係した分野だった。静かな目をしていたが、笑い方が屈託なかった」


 ミナは、少しの間、何も言わなかった。


「……お母さんのことを調べているんですか」


「調べているというより、記憶を確かめている。俺が知っていた人と、お前の母親が同じ人物かどうか」


「なぜそれが気になるんですか」


「お前が、その人に似ているから」


 ミナは目を伏せた。


「……よく言われます。お母さんに似ていると」


「見た目だけではなく、所作も似ている」


「そうですか」


「ミナ」


 名前で呼んだ。今まで名前で呼んだことはなかった。


 ミナは顔を上げた。


「……はい」


「お前の母親は、今どこにいる」


「分からないんです。戦争が始まる前から、連絡が取れなくなって。仕事の内容が変わったと言っていたのが最後で……どこかに行くって。それきり」


「何の仕事をしていた」


「最初は通信士でした。でも後から、技術職に移ったと聞いていました。詳しくは教えてくれませんでした」


「いつ頃から連絡が取れなくなった」


「UC0078年の後半から」


 マティアスは、その年号を聞いた。


 UC0078年。


 研究棟で会っていたのは、もっと前の話だった。引き離されたのも前の話だった。


 引き離された後、マリア・カワシマはどこへ行ったのか。技術職に移った。そして、UC0078年に消えた。


「大佐は、本当にお母さんを知っているんですか」


 ミナの声は、静かだった。でも、その静けさの中に、何かが揺れていた。


「知っていたかもしれない。まだ確信はない。でも——可能性がある」


「……知っているなら、今どこにいるか分かりますか」


「分からない」


「そうですか」


 ミナは、また目を伏せた。


「ミナ」


「はい」


「お前の母親の写真は持っているか」


「いつも持ち歩いているんですが……今日は宿舎に置いてきてしまって」


「そうか」


「見たいですか?」


「今度でいい」


 マティアスはそう言ったが、内心では分かっていた。「今度」は来ない。この日が終われば、また最初に戻る。


 でも、今日確かめたことは、手帳に残る。


 マリア・カワシマ。UC0078年に消えた。技術職に移っていた。


 その全てが、一つの方向を向いていた。


 まだ、名前の一致だけでは確信が持てなかった。でも、確信に近い何かが積み重なっていた。




 その日の光が来る直前、マティアスは一号機のコックピットの中で、目を閉じた。


 Lを思い出した。


 研究棟の図書室。窓際の席。「また難しい顔をしている」という言葉。


 その後、引き離された。カワシマ家の縁談。政略的な意図。どうすることもできなかった。


 Lはマリアになった。


 マリア・カワシマ。


 その人が、ゴッグ二号機に乗っているかもしれないという感覚は、まだなかった。でも、ミナの母が自分の知っていたLである可能性が、今日かなり高まった。


 そして、ミナは——。


 光が来た。


 全てが白くなった。




 目が覚めた。


 手帳を確認した。


 全部残っていた。


「マリア・カワシマ。UC0078年に消えた。技術職に移った。ミナはマリアに似ていると言われる。ミナの母がLである可能性が高い。次は、Lがマリアになった後、どこで何をしていたかを確認する」。


 コーヒーの匂いがした。


「マティアス、私だ」


「入れ」


 カイルが入ってきた。


 マティアスは手帳を閉じた。


「今日も記録か」


「ああ」


「進んでいるか」


「少しずつ、な」


「その顔は、少しずつが着実に進んでいる顔だ」


「そうかもしれない」


 カイルはカップを置いた。


「今日のお前は、昨日より少し違う顔をしているな」


「昨日の俺を覚えていないはずだが」


「お前の昨日を覚えているわけではない。ただ、今日のお前の顔を見て、何かが積み重なっている気がする、ということだ」


「積み重なっている」


「ああ。良い意味で」


 マティアスは、コーヒーを受け取った。飲んだ。うまかった。


 積み重なっている。良い意味で。


 繰り返しの中で、確かに積み重なっていた。


 Lのこと。マリアのこと。ミナのこと。


 次の回で、もう少し近づけるはずだった。




【次回 第9話「ゴッグ二号機とマリアの間にあるもの」へ】


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