第5話「細部の違いを追う」
手帳が、厚くなってきた。
何回目かの朝に、マティアスは手帳の残りページを数えた。三十ページほどあったはずが、半分以上が埋まっていた。
毎回、記録を持ち越している。そして毎回、少しずつ書き足している。
手帳を読み返すと、繰り返しの中の「変化」が見えてきた。
砲撃の方向について。
最初の何回かは、北西から来ていた。ある回から、北からになった。さらに後の回では、真北から、それも少し角度が変わった。
砲撃の規模について。
毎回同じではなかった。大きい回と小さい回がある。でも、ベースキャンプへの被害は毎回同程度だった。なぜか、結果は似たようなものになる。
カイルについて。
ある回で「一号機は俺が乗る」と言った。それ以外の回では言わなかった。何が違う時に言うのかは、まだ分かっていない。
ハルとミナについて。
二人は毎回、ゴッグ二号機へ向かう。方法が少し違う時がある。ある回では、ミナが先に気づいて走り出した。ある回では、ハルがミナを抱えるように走った。でも、どの回でも二人は二号機に乗り込み、沈んでいく。
光について。
毎回来る。来ないことはない。来るタイミングが少し違う。早い回と遅い回がある。でも、必ず来る。
その日の朝、マティアスはカイルに手帳を見せた。
「これを見てくれ」
「また記録か」
「詳しくなってきた」
カイルは、手帳を受け取った。ページをめくっていった。
「……これは、同じ日の記録が何十回も書いてある、ということか」
「そうだ」
「砲撃の方向が毎回違う、という記録もあるな」
「ある。細部が毎回変わる」
「なぜ細部が変わる?」
「分からない。でも、変わることは確かだ」
「結末は変わるか」
「変わらない。毎回、光が来て目が覚める」
カイルは手帳を閉じた。返した。
「つまり、細部をどう変えても、結末は同じだと」
「今のところはそうだ」
「それは——」
「閉じ込められている、ということかもしれない」
カイルは少し黙った。
「閉じ込められている、か」
「この日から出られない。正確には、この日の結末から出られない」
「出るためにはどうすれば?」
「それが分からない。でも、何かが違えば違う結末になる可能性がある。そのために、細部を変えて試している」
「科学的な態度だな」
「そう言えるかどうかは分からないが、他に方法がない」
カイルはコーヒーを飲んだ。
「一つ聞いていいか」
「なんだ」
「毎回、最後に光が来る前に、何かをしたことはあるか」
「している。色々と試した」
「何を試した」
「作戦を変えた。別のルートで動いた。早めに退避した。遅れて動いた。カイル、お前を別の場所に配置した回もある」
「俺を別の場所に?」
「ある回では、お前を後方に留めた。それでも、光は来た」
「俺がいてもいなくても、光は来るのか」
「来る」
カイルは、少し考えた。
「……ならば、光は外から来るものではないのかもしれない」
「どういう意味だ」
「俺がいてもいなくても、砲撃の方向が違っても、光が来るなら——光の原因は、俺たちの行動ではないところにある」
「……それは考えたことがなかった」
「この繰り返しそのものが、光と関係しているのかもしれない」
マティアスは、手帳に一行書いた。
「光は外部の原因ではなく、繰り返しそのものと関係している可能性がある」。
「カイル、お前は毎朝初めてこの話を聞いているはずだが、毎回鋭い指摘をする」
「それは、俺の性格の問題だと言った」
「そうだったな」
「ただ、一つだけ」
「なんだ」
「毎回鋭い指摘ができているとしたら、お前が毎回正確に状況を説明しているからかもしれない」
「……俺の説明の質が上がってきた、ということか」
「記録をとるようになってから、お前の話は整理されてきた。昨日、一昨日より今日の方が分かりやすい。俺の記憶ではないが、そう感じる」
マティアスは、その言葉を聞いた。
整理されてきた。分かりやすくなってきた。
繰り返しの中で、自分が少しずつ変わっている。学んでいる。
それが、良いことなのか悪いことなのか、まだ分からなかった。でも、変化していることは確かだった。
その日の作戦で、マティアスは一つだけ試した。
砲撃が来た瞬間に、ゴッグ一号機に乗り込まずに、立ち止まった。
何が起きるか、確認したかった。
爆発が続いた。ベースキャンプが燃えた。兵士たちが走り回った。
マティアスは立ち止まったまま、見ていた。
ハルとミナが走っていくのが見えた。湖畔の方へ。
「軍曹!」
マティアスは声をかけた。
ハルが振り返った。
「大佐! 一号機に乗らないんですか!」
「少し待っている。お前たちは二号機へ行け」
「でも——」
「命令だ。行け」
ハルは一瞬だけ迷った。それからミナと顔を見合わせて、走り出した。
マティアスは、彼らが湖畔へ消えるのを見届けた。
その後、一号機へ向かった。
結末は同じだった。光が来た。目が覚めた。
でも、手帳に一行書いた。
「ハルに声をかけた。彼らは二号機へ向かった。一号機に乗るのを遅らせても結末は変わらなかった。だが、ハルが振り返った時の顔を初めてはっきり見た」。
それだけだった。でも、初めて見たハルの顔は、記憶に残った。
怖い、と言っていた顔と同じ顔だった。でも、少しだけ別の何かが混じっていた。
信頼している、という顔だった。
マティアスが「行け」と言ったから、行った。命令だから、ではなく——信じているから。
その顔が、記憶に残った。
【次回 第6話「変えられない何かと変えられる何か」へ】




