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第28話 私も試したが、抜けなかった

エデンがノエルの庭を訪れるようになったのは、それからひと月半後のことだった。


王宮の片隅で執り行われる退屈な講義。教師達は日々入れ替わり、エデンに様々な知識や技術を与えていく。


そして、そんな授業が嫌で事あるごとに逃げ出していたエデンであったが、このところエデンは至って真面目に講義を受けていた。


しかし実際のところ


エデンは机に向かい、真面目に本を読んでいるふりをしながら、心の中ではずっと別のことを考えていた。


どうやって講義を抜け出すか――


そしてエデンはある一人の教師に目をつけた。


講義は毎日違う教師が担当するが、その中に一人だけ“隙”のある人物がいる。エーデル人の若い歴史教師である。


いつも彼はエデンに本を読ませるだけで、ほとんど講義らしい講義をしない。だが時折、気まぐれに本の内容とは正反対の話をする――変わった教師だった――


そして今、机に向かうエデンの前で、その教師は静かに本を開いている。


年齢も経歴も、特別なところは何もない。ただのエーデル人の教師―― しかし、エデンはこの人物から外の世界の話をよく聞かされていた。


「……あの、少しだけ部屋を出てもいいですか?」


エデンは、できるだけ自然に言ったつもりだった。

教師は本から視線すらそらさず、淡々とした声で答える。


「ええ構いませんよ。戻られるまで、私はここで読書を続けておりますので」


よし、うまくいった――


エデンはそう確信すると、教師の気を散らさないようゆっくり席を立つ。


部屋の扉が開く音がしても、教師はページをめくる手を止めず、ただ静かに本を読み続けていた。






ノエルの庭に着いたエデンは、茂みの影からそっと顔を出した。


「……ノエル」


その声にノエルは振り返り、ぱっと表情を明るくした。


「エデン! 本当に来たんだ!」


「うむ。今日は……少しだけ時間がある」


エデンは胸を張るように言った。その仕草が妙に誇らしげで、ノエルはくすりと笑った。


「ねぇ、今日は何しに来たの?」


「それなのだが……これを持ってきた」


エデンは背中に隠していた布包みを取り出した。

ノエルは目を丸くする。


「なにそれ?」


「宝物庫……いや、我が家の倉庫で……倉庫で偶然見つけたのだ」


本当はほぼ盗んできたも同然なのだが――


さすがに本当のことは言いづらく言い淀むエデンの言葉は少し不自然になる。


しかしノエルに気にする様子はない。


「開けていい?」


「うむ」


ノエルが布をほどくと―― 中から、黒ずんで錆びついた鉄の剣が現れた。


剣の持ち手は古びて硬く、まるで長い年月放置されたままの様な状態だったが、それでもノエルは喜びの声をあげた。


「……これ、剣だよね?」


「そうだ。だいぶ古いが……本物だぞ」


エデンはどこか誇らしげだ。


ノエルは興奮気味に鞘を握り、勢いよく引き抜こうとした。


――が、抜けない。


「……あれ? 抜けないぞ?」


「うむ。私も試したが、抜けなかった」


「えっ、抜けないの?」


「抜けない」


気まずそうにエデンが言う。


せっかく手に入れた剣も抜けなければ意味がない。しかしそれでもノエルは満足気だった。


「でもさ、剣を持ってるってだけでかっこいいじゃん。それに剣があれば相手も警戒するでしょ」


「うむ。むしろ、良い剣だったら……盗賊に狙われるかもしれんしな」


「そうだよ。抜けない剣だってほら――」


そう言うとノエルは嬉しそうに剣を腰に当てる。


「気に入ったか?」


「当たり前だよ! ありがとう、エデン」


まだ子供の身の丈には大き過ぎるその剣をノエルは長々と眺め――その姿を見つめるエデンは見るからに満足気であった。



すると、突然ノエルが何かに気がついたように剣を地面に置き、その場から駆け出した。


「じゃあ僕も何か持ってくる!」


そう言うとノエルはエデンをその場に残して、敷地の片隅にある庭師の作業小屋に駆け込んでいった。


そして、その小屋から古ぼけた革鞄と、使い古された布切れを抱えて戻ってきた。


「これ! 鞄と、その……布!」


「布?」


ノエルは少し照れたように笑う。


「エデンの服、すごく高そうだから……外に行くときは隠したほうがいいかなって」


エデンは一瞬きょとんとしたが、自分の身なりとノエルの身なりを比べてから小さく頷く。


確かに自分の着ている服はあつらえが高級すぎる。ノエルの持ってきた布はそれを隠すのにちょうどいい大きさだった。



そして二人は、その他にも持ち寄った道具を広げ、それはまるで本当に旅に出る冒険者のように胸を躍らせた。


「ねぇ、エデン。外の世界って、どんなところなんだ?」


ノエルが尋ねると、エデンは少し考えてから答えた。


「……人が多い。建物も高い。色々な匂いがして……とても賑やかだと聞いた」


「聞いた?」


「うむ。知っている者から聞いたのだ」


ノエルは素直に目を輝かせた。


「すごいなぁ……エデンって、なんでも知ってるんだな」


「聞いた話だと言っただろ――」


エデンは少しだけ照れたように視線をそらした。


「それでもすごいよ。僕より色んな事を知ってる」


「それを言うなら君だって――」


「えっ? 僕が?」


「君は、抜け道の場所を知っていたじゃないか――」


二人は顔を見合わせ、お互いに胸の奥がわくわくと熱くなるのを感じていた。


「僕、楽しみだな……」


「私もだ」


二人の声は自然と弾んでいた。






帰り際、エデンは剣の包みがなくなった宝物庫の棚を思い出し、 ほんの少しだけ弱気になった。


(一番目立たない剣を持ってきたんだ……気づかれていないはず――)


そう自分に言い聞かせる。


王宮の廊下に戻ると、家庭教師はまだ本を読んでいた。

エデンが部屋に入ると、教師は一度だけ視線を上げた。


「……戻られましたか。では、続きをいたしましょう」


その声はいつもと変わらない淡々とした声だった。


けっこうな時間が経過したはずなのに教師はそれを咎める様子も見せない。


エデンはほっと息をつくと 何事もなかったかのように、途中で放り出していた勉強を再開した。

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