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端午の飾り物

ようこそです。

読んでいただき、ありがとうございます!

さて、これより

端午の節句編スタートです(*^^*)

 五月五日はこどもの日。

 端午の節句と呼ばれるこの日は、男の子の元気な成長を願い祝う日である。

 端午の節句の発祥は、約二千三百年前の中国にまで遡るそうだ。そして日本では、奈良時代にまで遡る。

 月の初めの(うま)の日を()の日といい、午と五が同じ響きであることから、五日のことを指すようになった。

 季節の変わり目である端午の日に、病気や厄災を避けるための行事が行われていたのが、現代にまで続いている。

 そして五月(さつき)忌みと言って、田植えをする早乙女が身を浄めるための日でもあり、実は女の子の日であるという意見もあるらしい。

 なんにせよ、陽菜には飾り物が無いのだから、興味があるのはチマキと柏餅だけだった。

 仏間にある床の間には、鍾馗(しょうき)の描かれた軸が掛かっている。道教の神であるため、着ているのは黒い官人の衣装だ。閻魔大王のように長い髭を蓄えており、ギョロリと丸い大きな目とゲジゲジの眉毛が印象深い。右手に両刃の刀を持ち、左手はグッとなにかを握っている。インクがにじんでしまったのか、なにかが擦れてしまったのか……ぼやけてしまって、なにが描いてあったのか判然としない。


「あらぁ〜出したときから、にじんでたかしら?」


 鍾馗の掛け軸の前に、チマキと柏餅を盛りつけた白くて丸い小皿を置きながら、祖母は首を傾げた。

 陽菜も記憶を辿ってみるけれど、全く興味が無かったようで、全然思い出せない。

 一緒に白い箱から出し、掛け軸を広げ、床の間に掛けたのだが……行動は思い出せても、細部は無理だ。

 陽菜は思い出すことを簡単に諦めた。


「どうだったかなぁ?」

「まぁ……鍾馗様は無事だから、よしとしましょうか」


 そうは言いつつも、祖母は悲しそうににじんでいる場所を眺めている。

 なにか液体を落とした訳でもないし、誤って擦ったりもしていない。原因不明だ。

 陽菜は「うん……」と祖母に同意して、もう一度掛け軸を眺めた。

 筆で描かれている鍾馗は迫力があり、陽菜は怖くてちょっと苦手だ。閻魔大王が描かれている寺の地獄絵図とリンクしてしまって、まともに正面から見る勇気が無い。

 鍾馗は疫病除けと学業成就に効力を発揮する神だと言われ、主に関東や京都のほうで飾られている。陽菜の住む地域では珍しく、知らない人のほうが多いくらいだ。

 それなのに、なぜ陽菜の家には鍾馗の掛け軸があるのか。答えは簡単。そっち方面の話題が大好きな祖母が、婦人会の旅行に行った先で見つけ、気に入って買って帰ったから。

 季節の行事を大事にしている祖母は、こういうことは、きちんとしなければ気が済まないらしい。

 そんな祖母を陽菜は真面目だなぁ……と思うし、尊敬していた。


「ねぇ。おばあちゃんは、どうして……この絵が気に入ったの?」

「迫力があって、カッコイイでしょ? 名のある画家が描いたのじゃないけど、臨場感があって好きなのよ」


 たしかに、今にも動き出しそうなくらい動きに躍動感がある。


「陽菜ちゃんは? このお軸どう思う?」

「私は、怖くて苦手……」


 いい評価が聞きたかったであろう祖母には申し訳ないけど、素直な感想を口にした。

 祖母の手が頭に伸び、ヨシヨシと優しく撫でてくれる。


「そりゃあね、悪いモノに相対する神様なんだから、顔が怖いのは当然よ。優しい顔してたら、悪いモノに対して威嚇にならないじゃないのさ。大丈夫、そのうち怖くなくなるよ」

「そんな日が来るかなぁ〜」


 陽菜はボヤきながら、軸の前を離れて背中を向けた。


「見てるなら、こっちのほうがいいな」

「そっちはカッコよくて当然だよ」


 陽菜と祖母は、床の間の前に飾られている人形の元へ移動する。

 子供の姿で熊にまたがり、斧を肩に担いでいる金太郎の武者人形。陶器で作られ、全長は二十センチくらいの小さな物だ。父が子供の頃に祝いで贈ってもらった物だそうで、今でも飾られている。

 そして、源義経公モデルの兜飾り。こちらは兄が生まれたときに贈られた物で、節句のときにしか出して飾らないから、新品同様キレイなままだ。

 祖母は武者人形と兜飾りの前に、それぞれ長方形の盆を置き、白い丸皿に盛りつけたチマキと柏餅を供えた。

 チマキは祖母と陽菜が粉に水を入れ、よく捏ねて一緒に作ったできたてホヤホヤだ。外側を包む笹の葉からは、まだ少し湯気が立ち上っている。

 柏餅は柏の葉が売り切れで買えなかったから、和菓子コーナーに売っていた物を買ってきた。柏の葉からも、まだ少し香りがする。

 正月に会った大年神と御年神は、供えてもらった物を食べているみたいだったから、もしかしたら掛け軸の鍾馗や武者人形も、陽菜達が知らないところでチマキと柏餅を食べているのかもしれない。


「食べてくださいね」


 両手を合わせて目を閉じている祖母に倣い、陽菜も両手を合わせて目を閉じる。


「どうぞ、召し上がれ〜」


 心を込めて一生懸命作ったのだから、美味しいに決まっているはずだ。


「さて、おばあちゃんは台所の片付けをするから、陽菜ちゃんは遊んでおいで」

「はーい」


 祖母に返事をし、自分の部屋から画用紙とクレヨンを持って仏間に戻る。

 パラパラとページをめくると、桃の節句の頃に描いた絵が目に留まった。

 三人官女と天神人形を描いた一枚。

 四月から小学校一年生になっていた陽菜は、天神人形や清少納言が語っていたように、分からないを楽しむ気持ちで勉強に臨んでいた。

 今の時期は算数も国語も簡単で、授業には余裕でついていけている。問題は、学年を重ねて、授業の内容が難しくなってきてからだ。

 そういえば……と、陽菜は掛け軸に目を向ける。

 天神人形も学問の神様。鍾馗も学業成就の神様だから、男の子は勉強に体するプレッシャーが、女の子よりあるということなのだろうか。

 時代が違うと言ってしまえばそれまでだけど、男の子ばかり加護があってズルいと陽菜は思う。

 そして庭にも、源義経公と武蔵坊弁慶が描かれた武者絵幟がはためき、吹き流しと鯉幟が風を受けて泳いでいる。

 なんと言うか……男の子の祝いのほうが、物がたくさんあって羨ましい。

 七段飾りの雛人形が不満というわけではないけれど、桃の節句の飾りが七段飾りと天神人形で二つとカウントしたとして、端午の節句は掛け軸と武者人形と兜飾り、武者絵幟と鯉幟の五つで数が多いのだ。

 なんか、ズルい。ズルい気がする。

 古来からの習わしと言ってしまえば納得せざるを得ないけれど、これが昔から家としての、男児と女児に対する期待値の差の現われだろうか。

 陽菜は自分の思考で不機嫌になり、ブスッとしながら画用紙の真っ白なページを開くと、クレヨンの蓋を開ける。

 描いてみようと思っていた、兄の兜飾りを手に取った。

 素手で触っては怒られそうだけど、どうせ片付けるときに手入れをするのだ。陽菜の小さな指紋が付着してしまったところで、大勢に影響は無いだろう。


「女の子も、桃の節句の天神人形みたいに、端午の節句のときに飾れるものがあればいいのに」


 兜飾りを両手で持ち、ゆっくり全体を観察する。装飾がキラキラとしていて、とても美しい。


「頭のサイズ合いそうだよね」


 ちょっと被ってみよ〜っと、陽菜は兜飾りを頭に乗せた。


「そこで、なにをしている!」


 聞いたことも無い男の声。父の声とも、兄の声とも違う。

 詰問するような大きな声に驚き、陽菜はビクリと肩を揺らす。

 兜を頭に乗せたまま振り返ると、仏間の出入口に、家族ではない、甲冑を身につけた知らない男が立っていた。

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