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悠久の流れ

 清少納言はキレイ系。紫式部はカワイイ系。そして三人目の平安美人は、キレイでもあり可愛くもあり、セクシーでもあり幼くも見える。全ての要素を兼ね備え、系統分けができない絶世の美女だった。


「おぅ、小野小町も来たのか」

「はい。私だけ除け者は、寂しゅうございます」


 素っ気ない天神人形に、小野小町は微笑を浮かべる。


(あ、キレイ……)


 天神人形に向けられたものなのに、陽菜はホゥと見惚れてしまう。

 たった一度の微笑みで、陽菜の心は虜にされてしまった。

 生まれて初めて、女性にときめいている。頬と耳が熱く、キュンと胸の奥が苦しい。


「これ、目を見てはならん。心を惑わされるぞ」


 天神人形が陽菜の眼前に笏を掲げ、小野小町の視線から遮断してくれた。

 ハッと我に返る。まさに陽菜の心境は、そんな感じだ。


「もぅ、人聞きの悪い。妾は心を惑わせているつもりなどありませぬ」


 小野小町はプゥと拗ねた表情を見せてから、広げた檜扇を顔の前に掲げた。

 引き眉と目元しか見えていないのに、美人のオーラがダダ漏れだ。


「でも、それほどまでに妾の美しさは、罪ということにございますね」

「フンッ、勝手に言うておれ」

「まぁ! 事実ですもの。否定のしようがありませぬわ」


 天神人形がなにを言っても、小野小町は自分のペースを崩さない。自分至上主義の強者だ。

 陽菜が二人のやり取りを眺めていると、清少納言と紫式部の声が近づいてきた。


「なんじゃ。小町殿もいらしたか」

「やれやれ。うるさいのが増えたものじゃ」


 並んで歩く二人の間に、先程までの険悪な空気は流れていない。


「仲直り、したの?」


 遠慮気味に陽菜が問うと、清少納言は否と頭を横に振る。


「議論が平行線のままなのじゃ。いつまでたっても終わりが来ぬ」

「今日は、もうそろそろやめようかと、そういう話になったのじゃ」


 紫式部も、穏やかな雰囲気で陽菜に対応してくれた。きっと今の優しい紫式部が、本来の姿なのだろう。

 紫式部の物腰は柔らかく、笑顔の可愛い近所のお姉さんみたいな印象だ。


「せっかく陽菜ちゃんと、お話ができる状況なのに、いつでもできる議論を続けなくともよいと思わぬか?」


 天神人形と陽菜にしてみれば口論なのに、清少納言と紫式部にしてみれば、さっきの言い合いは議論であるらしい。

 口論と議論。似て非なるものだけど、当人同士がいいなら、それでよしとしておこう。


「そっか……そうだね」


 陽菜が納得した返事をすると、清少納言も紫式部も、どことなく嬉しそうだ。

 ロボットでもなく、人工知能も組み込んでいない、なんの変哲もない普通の雛人形が、感情豊かに動いている。

 それとなく七段飾りに目を向けると、三人官女が並んでいた二段目には、やはり人形がひとつも無い。

 天神人形である菅原道真公と、清少納言と紫式部、小野小町という豪華な面子(めんつ)が陽菜の前に勢揃いだ。

 でも、陽菜には分からないことがある。


「小野小町さんは、なにをした人なの?」


 清少納言が随筆家で、紫式部が小説家なら、小野小町はなんだろう。

 純粋な陽菜の問いを受け、清少納言と紫式部は視線を交わす。けれど、どちらも答えることなく互いに視線を外し、そっぽを向いてしまった。

 答えたくない、ということだろうか。

 天神人形は、二人の根本が違うと言っていたけれど、小野小町に関しては同じ対応のようだ。

 

「まぁ、陽菜ちゃんは妾のことを知らぬのですか」


 ショックを受け、悲観する小野小町は、檜扇の下で悲しげに表情をゆがめた。


「だって、まだ年長さんだもん。六歳だよ。清少納言さんと紫式部さんも、なにをした人か知らなかったのに、小野小町さんのことだけ知ってるはずないじゃん」


 陽菜が腰に手を当て、フンッ! と鼻息を荒くすれば、小野小町はあからさまにシュンと肩を落とした。

 檜扇を閉じると、檜扇の要部分を右手で持ち、先端に左手を添える。長い睫毛で縁取られた目を軽く伏せ、紅が塗られた小さな唇を開いた。スーッと静かに息を吸う。


「花の色は〜うつりにけりな〜いたづらに〜わが身世にふる〜ながめ〜せし〜まぁに〜」

 

 小野小町が、軽やかな鈴が鳴るかのような、耳に心地よい声で歌い上げる。

 和歌は、五七五七七という三十一文字の歌。読み上げるのではなく、歌い上げるのが本当なのだと実感した。

 陽菜は衝動的に、パチパチと何度も拍手を送る。

 再び檜扇を開いて顔を隠した小野小町は、嬉しそうにニコリと目を細めた。


「素晴らしかろう? 妾の作った歌と、歌声は」


 本来なら謙遜するような場面であるが、自信に満ちている小野小町は、誇らしげに胸を張る。天神人形も、パチパチと拍手を送っていた。


「小野小町は、絶世の美女と言われておっての。歌の才に優れ、歌人としての評価は絶賛されておる」


 現代に置き換えれば、超絶美人の歌姫、といった感じだろうか。


「そして、その美貌で何人もの男を惑わし、虜にしてきた魔性の女じゃ」

「まぁ! 魔性の女などと、人聞きの悪いことを言わないでくださいませ」


 小野小町はプリプリと怒り、紹介のされ方に不満を漏らす。


「誰も好き好んで、世の殿方達を虜にしたわけではありませんのよ。悪いのは……妾の、この隠しきれない美貌のせいにございます」


 小野小町の自信に裏打ちされたセリフに、その場に居合わせた一同は、誰も言葉を発さない。

 陽菜も、ポカンと口を開けてしまった。

 陽菜の身内にも友達にも、ここまで自信満々な人は居ない。

 これほどまでの自信は、どこから来るのだろう。やはり、美しすぎる容姿からだろうか。


「小野小町さんは……ナルシスト?」


 ナルシストには、ふたつのパターンがある。

 ひとつは、自分を無条件に肯定できて、自分が好きでいられるポジティブな人。もうひとつは、劣等感の裏返しで、自分は優れていると信じ込んでいる人。

 小野小町の場合は、明らかに前者だ。


「たしかに、妾の自己愛は強い。けれど……妾の容姿が美しく、歌の才能に恵まれていることは、本当のことだから仕方ありませぬ」


 陽菜の問いに、さらなる自信に裏打ちされた言葉が返ってくる。

 でも、たしかに。小野小町の言葉を否定する材料は見当たらない。

 小野小町の、自己肯定感の高さをより見せつけられた気分だ。


「どうしたら、そんなふうに……自分に自信が持てるの?」


 陽菜には、小野小町のような自信が、これっぽっちも無い。清少納言のように、ハッキリとものを言う意志の強さも。紫式部のように自分の主義主張を貫く強さも備えていない。

 自分に自信が無いから、不安に押し潰されそうになっている。

 新しい環境。新しいクラスメイト。新しい、次へのステップ。

 怖くて足がすくみ、自分の殻に閉じこもってしまいたくなる。

 勉強に対する、ついていけないのでは、理解ができないのでは、という不安は……自信の無さの現れだ。


「誰だって、知らぬものに立ち向かうときは、不安と戦っておる」


 陽菜が落ち込んでいると、あの傍若無人気味な天神人形が、優しく声をかけてくれた。


「いいか、陽菜。知らぬから学ぶのじゃ。学ぶことで理解して、自信をつけるのじゃ。賞賛されれば自信もつく。認められれば、自分を肯定できる。さすれば、自分の芯をしっかり持った人間になれるじゃろう」

「本当に、なれるかな……?」


 できれば、なりたい。そういう人に。

 こんな大人になれたよ! と、家族だけでなく、ツクヨミやセツにも胸を張れるようになりたいのだ。

 天神人形が、俯く陽菜の後頭部を笏でポンポンとした。


「まぁ、気力(けりき)次第。頑張り次第ぞ」


 後頭部をポンポンしていた笏が顎の下に添えられ、半ば強引に陽菜は顔を上げさせられる。クイッと、顎に添えられたままの笏に誘導され、向けられた視線の先には三人官女がズラリと並んでいた。


「清少納言と紫式部は、努力をして、学問ができたからこそ目をかけられた人物じゃ。学問の楽しみは、謎解きと同じ。そして、新たな知識を得られる喜びを教えてくれよう。知識が得られれば、そこから派生した楽しみを知ることができる。我らの時代で言えば、それが和歌じゃ。先程、小野小町が歌った三十一文字の歌は、小野小町自身が詠んだ歌。色あせた桜に、老いた自分を重ね合わせた歌じゃと解釈されている。たったそれだけの解釈だが、深く潜ろうと思えば、悠久の時代、無常に過ぎ行く時間、人生の歩みといった奥行きまで感じることができる味わい深い作品じゃ。上っ面をなぞらず、深くを味わえるのは、学があるからこその楽しみというものよ」


 一生懸命語ってくれた天神人形に、陽菜は苦笑を浮かべる。


「難しい言葉がいっぱいで、よく分かんない」

「っか〜! これだから、もう! 」


 笏を自分の額に当てた天神人形に、三人官女達は「ふふふっ」と、呆れ混じりに笑う。


「陽菜ちゃん。勉強をすれば、楽しみが増えるという程度の理解で大丈夫じゃ」


 清少納言の言葉に、紫式部と小野小町も頷いている。


「大丈夫じゃ、怖がることは無い」

「遠くを見ずに、できることから始めるのじゃ」


 紫式部と小野小町も、それぞれに励ましの言葉をくれた。


「そうじゃのぅ……自分を客観的に見るために、日記をつけてみてもよいやもしれぬ」

「そうじゃな、妾達は皆、日記を書いておったぞ」

「ほら、さっそく書いてみよ」

「妾達や天神様と話しをしたと、絵と共にじゃ」


 天神人形をそっちのけに、紫式部は陽菜にクレヨンを持たせ、清少納言は畳に放り投げられていた画用紙を座卓の上に広げる。

 小野小町に背中を押され、陽菜は黒いクレヨンを手に書き始めた。

 中央に陽菜、右隣に清少納言、左隣に紫式部、後ろに小野小町。少し間を空けて、左上に天神人形を描く。


「妾は、もっと美しい」

「私の画力じゃ、これが精一杯!」


 小野小町からのクレームを受け付けず、陽菜は描き続ける。

 この瞬間を記憶しておくために。書くことで、不安しかなかった心の中を整理するのだ。

 

「できた〜」


 絵を大きく描きすぎて、文字を書く部分が少なくなってしまった。

 だから、勉強は知る楽しみ、とだけ記す。

 天神人形が熱く語ってくれた事柄を要約した内容。たったこれだけだが、今日あった出来事を思い出すには十分だ。

 ねぇ見て! と、背後を振り返る。

 しかし、そこには誰も居ない。


「あれ?」


 集中し過ぎて、周囲に気を配れなくなっていた。

 静かに居なくなってしまっただなんて、悲しすぎる。せめて、お礼くらい、感謝の言葉くらい伝えたかった。

 もしかして……と、七段飾りを見遣れば、二段目には三人官女の姿がある。それぞれの持ち物を手に、お雛様と同じようなすまし顔だ。

 そして七段飾りの隣には、気難しそうな表情の天神人形が鎮座していた。


「元に戻っちゃった」


 まるで、今までのことは無かったかのように、なんの変化もない。過ぎていたのは、時間だけだ。

 陽菜は、手にする画用紙に視線を落とす。

 清少納言と紫式部、小野小町に促されて書いた絵日記。これが無ければ、全て夢だったのではと、もっと寂しい気持ちになっていたはずだ。


「みんな、励ましてくれて……ありがとう」


 陽菜が感謝の言葉を口にすると、凛々しく険しい表情の天神人形が、少しだけ微笑んでくれたような気がした。

読んでいただき、ありがとうございます!


三人官女が清少納言、紫式部、小野小町だと知ってから、いつかは書いてみたいと思っていたモチーフでした。

ひな祭り編は、これにて終了です。


次は、端午の節句編……にしたいけど、まだ内容がまとまらない:( ;´꒳`;)

お付き合い宜しくお願い致します。

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