大年神と御年神
鏡餅の上に座る二人の老人は、ジ〜ッと視線を注いでいる陽菜に気がついた。
陽菜と小人の老人達は、しばらく互いに見詰め合い、沈黙の時間が流れる。
沈黙に耐えきれず、陽菜はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「おや? これは、気のせいではなく……」
「見えている、かな?」
黒髪で白髪混じりの老人は小首を傾げ、完璧に白髪の老人は、不思議そうな表情を浮かべながら長い髭を撫でた。
「……見えてる、よ」
陽菜が囁き声で答えると、小人の老人達は目を丸くして、互いに顔を見合わせた。
「なんてこった!」
「誰?」
白髪混じりの小人と、陽菜の声が重なる。
ウサ耳やツクヨミに会ったあとだからか、陽菜は小人の老人を見ても、悲鳴を上げないでいられた。こういう存在に、少し耐性がついたのかもしれない。
逃げることも叫ぶこともしない陽菜に、今度は二人の小人が珍しいモノを見るような目つきになる。
「しかし、なぜ見えているんじゃろ?」
「見えてしまっては、仕方ないか」
「そうじゃの。仕方あるまい」
「子供だから、こういうこともあるだろう」
「そうじゃの。子供じゃしな」
小人の老人達は互いに言葉を交わして無理やり納得し、気を取り直したように橙の上に立つ。
「ワシは、大年神」
髭の長い老人が自己紹介をする。
「ワシは御年神だ」
続いて、白髪混じりの老人が自己紹介をした。
陽菜は、初めて聞く名前を小さな声で反芻する。
「おお……としがみ? と、みとし……がみ?」
自己紹介をされてもピンと来ず、険しい表情を浮かべる陽菜を見て、大年神と御年神は「情けない」と頭を振った。
「なんと嘆かわしいことだ」
「ワシ等のことを知らぬ子供も増えてきたのぅ」
陽菜に背中を向け、肩を落としてイジける御年神。大年神は明後日の方角を向き、悲しそうに長い髭を撫でた。
落ち込む大年神と御年神とは対照的に、陽菜の好奇心には火が灯る。
ズイと、鏡餅の上に立つ二柱の神に顔を近づけた。
「名前に神ってつくから、ツクヨミ様みたいな神様ってことでいいんだよね?」
「ツクヨミ様みたいな、とな?」
陽菜の口からツクヨミの名が出たことに、大年神も御年神も、小さな目を大きく広げてキョトンとした表情を浮かべる。
陽菜の口から出てきた神の名前がとても意外で、予想外だったのだろう。
大年神と御年神の様子を気にかけることなく、また神様と話しができて嬉しい陽菜は、お喋りがエスカレートする。
「私、会ったことあるんだよ。ツクヨミ様に」
「なぜ、また」
大年神に問われ、陽菜はここぞとばかりに、ツクヨミに会ったときの出来事を話し始めた。
「私ね、神様達が暮らす世界に迷い込んじゃって、ツクヨミ様に帰してもらったの。ウサギの耳をしてる子達とも、一緒にお餅つきしたんだよ。あとね、私の頭にもウサギの耳が生えてきちゃって、すーっごく焦ってたんだけど、ツクヨミ様が元に戻してくれたの。帰って来るときもね、白い光にホワホワ〜って包まれて、気づいたら戻ってたの。凄いよね!」
興奮気味の陽菜に、御年神が「あぁ〜」と頷き納得する。
「なるほど。だから、ワシ等の姿が見えるのだな」
大年神が「ほっほ」と笑い、自らを指差す。
「ツクヨミ様は、ワシの伯父じゃ」
「え、伯父? っえ?」
今度は、陽菜が驚く番だった。
白髪で長い髭を持つ大年神よりも、ツクヨミのほうが年上なのだという。
陽菜の脳裏に、白銀の髪と翡翠色の瞳が美しいツクヨミの顔が思い起こされる。
超絶美人。超絶イケメン。そんな眉目秀麗な形容しかできないパーフェクトなスタイルのツクヨミが、大年神の伯父。
(嘘ぉ〜っ! 信じらんない。ツクヨミ様が、こんなおじいちゃん神様の伯父さんだなんて……)
失礼なのは重々承知なのだが、どうしても比較してしまう。
ツクヨミのほうが、断然若く見えると。
予想どおりに、陽菜が驚いていることが面白いのだろう。大年神は「ほっほっほ」と長い髭を撫でながら笑った。
「ツクヨミ様は、ワシの父であるスサノオ様の兄弟神じゃ」
「スサノオ様……」
神様に詳しくない陽菜でも、スサノオという名は知っていた。なぜなら、セツに教えてもらっていたから。
「そしてワシは、大年神の子だ」
ポカンとしている陽菜を見て、ニヤッと笑う御年神は、よく見れば大年神と同じ顔をしている。
大年神と御年神が、ツクヨミとスサノオの系譜というのは、陽菜にとって、なんとも意外な家族構成だった。
「お嬢さんの名は、なんと言ったかな?」
「陽菜だよ」
大年神に問われ、陽菜は自分の名を告げる。
陽菜という名と存在を神様に知ってもらえることが、とても誇らしい。嬉しさから、陽菜はニカッと満面の笑みを浮かべる。
「そうかそうか、陽菜ちゃんと言うんだね」
ウンウンと頷き、大年神は好々爺然とした笑みを浮かべて長い髭を撫でた。
どうやら、髭を撫でるのが、大年神の癖みたいだ。
長い髭の先をクルクルと指に巻きつけ、大年神が陽菜に問いかけた。
「陽菜ちゃんは、ワシと御年神が、どんな神か分かるかな?」
「どんな神様か?」
大年神と御年神の姿を観察するけれど、これといったヒントは無い。
立っているのは、鏡餅の橙の上だ。
「う〜ん……お餅の神様?」
「違うのぉ」
大年神は楽しそうに不正解を告げる。
え〜? と、陽菜は頭を悩ませた。
(どんな神様か? ノーヒントってつらくない? 正解するわけないよ)
なかなか答えが出てこない陽菜に、大年神は楽しそうに笑う。
「ほっほっほっ。ヒントがいるかな?」
「欲しい!」
「今は、な〜んじゃ?」
「今?」
今の季節は、冬。寒い。一月。新年。お正月。
「冬の、神様?」
「ほっほ、違うのぉ」
大年神が正解を口にする前に、今度は御年神が問題を出してきた。
「じゃあ陽菜ちゃん。元日というのは、どんな日かご存知か?」
「元日は、一年の始まりの日でしょ。今年の春には小学生になるんだから、それくらい知ってるよ」
陽菜は得意げに胸を張る。御年神は、さらに問いを続けた。
「一年の始まりの日という以外には、なにも知らぬのか?」
陽菜は小首を傾げる。
「ほかに、なにがあるの?」
一年の始まりの日。新年を迎える日。新年を祝う日。
正月は日本だけではなく、世界中で祝われている特別な日だ。
「日本における正月とは、ワシ等、大年神と御年神を迎える日じゃ」
「えっ! そうなの?」
祖母も、母も、先生も、誰もそこまで教えてくれなかった。
「そもそも年末の大掃除は、一年の汚れを落として新年を迎えるためにする家がほとんどじゃ。しかし実のところは昔から、ワシ等年神を迎えるために家をキレイにしておるのだ」
「なにせ、ワシ等は、汚いのが嫌じゃからの。穢れを祓い清め、キレイにしてから新年を迎えるのは、そういうことじゃ」
大年神と御年神の話は、陽菜が知らないことばかり。
人間の事情と神様の事情には、いつの間にかズレが生じてしまっているのだろうか。
それとも……知ってる人は知っていて、陽菜みたいに教えてもらえなかった人が知らないままなのかもしれない。
たぶん、きっと……知らない人の比率が、知っている人よりも多いのだ。
(それって、なんか勿体ない)
知らないというだけで、損をしている気分になってしまう。
知っていれば、意味を見い出せるのに。
陽菜にとって一年で一番退屈な日は、大年神と御年神にとっては、一年で一番大事な日にあたるのだ。
「陽菜ちゃん? 誰と話してるの?」
声を聞きつけたのか、襖の向こうから祖母の声がする。
ビクリと肩を揺らし、慌てて両手で口を塞いだ。
同じく口をつぐんだ二柱の神と共に、陽菜は襖に顔を向ける。
ガタリと大きく動く襖。建付けが悪いせいで、その後もガタガタと音を立てる。
よっ! という掛け声と共に襖が完璧に開き、片手でお供えを持った祖母が、不思議そうに顔を覗かせてきた。




