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一月一日

お正月編スタートです。

 一月一日の朝、というには遅い時間。大晦日に除夜の鐘を聞き、午前零時に神社へと初詣に行くと、帰ってきたのは午前三時過ぎ。

 このまま起きていたら初日の出が見られると思い、布団に入ることを拒否した陽菜は、コタツの誘惑に負けてしまった。

 目が覚めれば外は明るく、テレビからは正月番組が流れている。

 ムクリと起き上がれば、コタツに足を突っ込んでいる三歳年上の兄と目が合った。


「おはよう。初日の出は見られたの?」


 からかい口調に、陽菜は新年早々ムスッとする。分かっていて聞いているのだから、タチが悪い。

 寝てしまってショックを受けているところに、兄の嫌味は腹立たしさが倍増だ。

 ブスッとした表情を浮かべ、コタツから出る。兄と同じ空間に居たくなくて、台所に足を向けた。

 石油ストーブが点いている台所では、祖母と母が雑煮の準備をしていた。

 全国各地にいろんな種類の雑煮があるけれど、陽菜の住む地域の雑煮は小豆だった。

 陽菜は、小豆の豆は食べられないけれど、小豆雑煮の甘い汁は大好きだ。

 台所に充満している匂いの元は、甘い小豆の汁が入っている小鍋。

 初日の出が見られなくて落ち込み、兄から嫌味を言われてささくれていた心が、少しだけ修復された。


「お母さん、おばあちゃん……いつ食べられる?」


 台所の出入口から声をかけると、菜箸を手にする母と、小豆雑煮の汁の味見をしている祖母が振り向く。


「おはよう、陽菜。あら、おそようかしら?」

「陽菜ちゃん、コタツで寝ちゃってたね」


 クスクス笑う母と、哀れみの眼差しを向けてくる祖母の視線から逃れるべく、ドアの後ろに身を隠す。

 寝ることを勧められていたにもかかわらず、なんとしても初日の出を拝むんだ! と言うことを聞かなかったのは、陽菜だ。豪語していただけに、合わせる顔がない。というか、穴があったら入りたい。


「お餅が柔らかくなるまで時間かかるから、テレビでも見てて」


 ドアの向こうの台所から母の声がする。

 ドアノブをガチャリと回し、顔を少しだけ覗かせると、中の様子を伺った。

 料理の用意に手が離せないようで、母も祖母も、陽菜の相手なんかしていられないみたいだ。

 はーい、と小さな声で母に返事をし、気配を忍ばせる忍者のように、ドアを静かに閉めた。


「あっ、陽菜! お絵描きはダメよ。事始めは二日からだからね!」

「分かってるよー!」


 ドアの向こうから聞こえてきた母の声に、同じく大きな声で返事をする。

 一年の計は元旦にあり。一月一日は寝正月。外に出るのも刃物を使うのも、一月二日になってから。

 物心つく前から、毎年言われ続けている。

 元日に買い物をすると、その年は一年間お金を散財してしまうと、この家の大人達は本気で信じているのだ。

 だから一月一日にすることは、テレビを見るか、カルタをするか、トランプをするか。遊び盛りの陽菜にしてみれば、一年で一番退屈な日だ。

 兄がテレビを見ている居間には行きたくなくて、仏間に向かうことにした。仏間にもコタツが設置してあり、ストーブもあるから温かくして過ごすことができる。

 台所の様子から、雑煮の準備が完了するくらいまでなら、ゴロゴロして時間が潰せるだろう。

 寒い廊下を小走りになり、仏間に続く襖を開ける。

 暖房器具はひとつも点いておらず、ひんやりとした空気で満ちていた。


「寒っ」


 ストーブのスイッチを入れ、コンセントを挿してコタツもスイッチを入れる。コタツの中に潜り込み顔だけ出すと、自分がコタツを背負うカタツムリになったみたいだ。


「コタツムリ……ふふっ」


 小声で呟き、自分で笑う。コロンと寝転がって、頭元にある床の間に目を向けた。

 正月仕様で、豪華に飾りつけられている。

 毎年お正月にしか掲げない特別な掛け軸。高砂と言ったか、箒を持った白髪の老夫婦と、鶴と亀が描かれている。梁には弊が揺れる注連縄。床の中央には、三方に飾られた鏡餅。

 四方が紅で彩られた和紙の上に、紙垂と裏白、杠葉(ゆずりは)が置かれ、その上に大小ふたつの餅が重ねられている。餅の上には大きな昆布が垂れ下がり、一番上に緑の葉がちょこんとついた(だいだい)が置かれていた。

 乾燥からか、鏡餅の表面は少しひび割れ、カサカサの踵みたいに割れた端が反っている。

 鏡開きの頃には乾燥がさらに進んで、より表面が固くなってしまっているのが残念だ。


(月で食べたお餅……美味しかったなぁ)


 セツに会い、ツクヨミやウサ耳達と共に餅つきをしてから、三ヶ月ちょっとの月日が経っていた。

 セツの赤い瞳も、ツクヨミの翡翠色の瞳も白銀の髪も手の冷たさも、まだ思い出せる。

 案の定、誰に話しても信じてもらえず、陽菜はススキの原で祖母を驚かせようとして隠れ、そのまま眠ってしまって夢を見たのだと結論づけられてしまった。

 信じてもらえなくて腹は立ったけど、陽菜だけの胸に留めておけばいい、大切な思い出だ。

 だんだん温かくなってきたコタツの中で、手足を縮めて体の表面積を少なくしていると、誰かの話し声が聞こえてきた。

 父の声でも、兄の声でもない。

 不審に思い、声の出処を探す。


(嘘ぉ……)


 陽菜は目をパチクリさせると、見間違えかと目を擦り、ピントを合わせようと目を細めた。

 ジックリ観察するため、猫のように音と気配を消して顔を近づける。

 鏡餅の上に、小人サイズの老人が二人。指し向かいで座っていた。

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