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明日私は、恋してますか  作者: 植村夕月
Ⅲ 生徒会長、橘加奈
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58話   神宮寺那岐、潜入する その2

   神宮寺那岐、潜入する その2


 私たちは生徒会室に戻る。

 私はコの字型、真ん中の席に座る。末端の席に羽ケ崎くんを座らせた。

「えっと、なんだ。頭がぼんやりするが、確実にわかったことがある。陸上部は処分対象だな。羽ケ崎くん、陸上部への体験入部ってできる?」

「えっと、その、この時期にそれはかなり怪しまれると。しかも生徒会役員は無理が」

 私は渇く喉をペットボトルのお茶で潤す。

 生徒会役員が厳しいというのは、顔がわれているからだろう。なら顔がいまだに割れていない人を体験入部させればいい。それに時期的な問題は、何とかなる。

「時期的な問題は君が何とかしろ。マネージャーが足りないだの、適当な理由をでっち上げれば何とかなるだろう。体験入部に関しては、うってつけの人物がいる」

 私は那岐のほうを見やる。

 すると彼女は、私と目が合わないようにスーと視線を逸らす。

「神宮寺那岐、あなただ」

「ええええ――。そんなあああああああああ――」


 ・・・


 私、神宮寺那岐は迷っていました。

 何に迷っていたか、というと怪しまれず運動部に混ざり込む方法です。昼休み加奈のお願いで生徒会に入ることになったのですが、この生徒会の発足理由が運動部の現状を把握するという事でした。

 発足理由がそんなだと、部の人たちはいい顔をするわけがありません。かといって、絶対潜り込めないというわけでもないのです。その辺は羽ケ崎君がてつだってくれることになっています。

「有紀ちゃん、私自身ないよ~~」

「でもやらないといけないんでしょ」

 体育館更衣室でジャージ姿。

 更衣室を出て、体育館入口前に羽ケ崎君の姿をみとめることができました。腕を組んでい何やら忙しそうにしています。少し待たせてしまったかと心配になりましたが、どうやら違ったようです。

「神宮寺が体験入部することは、事情をしっている奴に一応知らせておいた。体裁上は、マネージャー不足を解決するためという事にしてある」

「おー、羽ケ崎君、ナイス言い訳!」

 これなら陸上部にいても、そうそう不審な目で見られる心配はないです。よし、有紀ちゃんと、しっかり実態を調べますよー。

 なんて、ガッツポーズをしている私。私は羽ケ崎君に詰め寄り、早速陸上部の活動に混ぜてもらいます。

 体育館を出てすぐ、グラウンドの中央で陸上部は活動しているみたいです。準備体操に走り込みが終わった今は、各々の競技種目の練習をしていました。長距離、短距離、砲丸投げに棒高跳びといった具合でヴァリエーションは豊かでした。

 羽ケ崎君は、靴を脱ぐと、スパイクの調子を確かめています。

「ここから先、生徒会の好きなように調べるといい。部員たちと何か話をしてもいい。ただ、あまり怪しまれるようなことはしないでくれよ」

「怪しまれるようなことと言われてもね。私分からないよ」

 具体的に教えて、て言おうとしたときには、彼は走り去っていました。

 私は期間限定のマネージャーという事になっているそうです。なら、マネージャーらしいことをするとしますか。

 ……マネージャーらしいことって何?

 部活のマネージャーなんてしたことがない私は、一時テンパってしまいました。しかし、よく考えてみれば、部員の方たちをサポートすればいいという結論に至りました。私は体育館横から、長距離を走っている人のサポートに行こうと思います。

 有紀ちゃんは、陸上部の様子を屋上から観察すると言って、校舎の中へ戻っていきました。


 学校の外を出て、マラソンをしていた部員たちが戻ってきました。皆さんどうやら五キロは走ったらしいです。男の子はみんな顔から汗を滴らせていました。呼吸も絶え絶え、そのままひっくり返ってしまう人もいました。

 地面に転がっている男の子は結構調子が悪そうでした。

 私は彼のもとへ走りました。屈みこんで顔色を確認しました。

「大丈夫?」

「うん」

 本人はそういうけど、彼が寝ている場所は校門前。何かと生徒や職員の出入りがあるので休むにも休めないです。さらにはっきり言ってしまえば、その人たちの邪魔になってしまいます。

 私は彼に手を貸して、グラウンドの隅、陸上部部室近くへ連れて行きました。タオルで顔から滴る汗を荒く吹きとります。

「吐気とかある感じかな?」

「少しずつましになってきた」

「そう、じゃあ、ちゃんと水分も補給しておこうね」

 彼にペットボトルを渡しました。ポカ○スエット粉末を溶かし込んだ水が中に入っています。自販機で売っているポカ○と比べて、甘みは少ないようです。空になったそれを受け取り、容器を洗いに部室隣にある洗い場に行こうとしたときです。

 先ほどまで、汗だくだった少年が私を不思議そうに見ています。

「君は、見かけない顔だ」

 ヤバい、疑われています。私、とても疑われていますよ。あの羽ケ崎君とかいう人、ちゃんと言っておいてくれなかったんですかね。あ、必要最小限の人にしか言ってないって。参りました。

 心臓をバクバクさせている私。なんかいい言い訳。

「えっと、期間限定のマネージャー。ほら、頼まれてね」

「そうか、ありがとうな。えっと、君、名前はなんていうんだ?」

 私は彼の問いにすぐに応えられませんでした。陸上部のスパイとして、マネージャーをしているわけです。でも、名前くらいいいですよね。

「二年の神宮寺那岐。よろしく」

「そうか、神宮寺っていうのか。俺は藤崎煉ふじさき れんだ。君と同じ二年。よろしく」

 藤崎君か、なかなか話しやすい男の子です。

 少しばかり疲れた顔で彼は私に笑みを向けてきました。私はその顔を見て、……後悔してしまいました。涼やかな清流に冷やされた青リンゴを口にしたときのように、胸が満たされる感覚。私が経験する焼け付いて腐臭を放つ血肉を口にしたときのような胸の苦しみというものは、まったくありませんでした。今、私の胸にある熱く泥ついたものに、それを一緒にはしたくはありませんでした。

「荒んでいる時に、慰みものの恋なんてしたくないよ」

 彼が去った後、私は一人ブツブツ言っていました。

 

「何ラブコメしているの?」


「ひゃっ」

ふと背後からかけられた言葉に私は驚きました。声の主にも驚きましたが、まさか私がこんな声を出せることにも驚きました。

私は半眼になって有紀ちゃんを睨みました。

「いつの間に、戻ってきたの?」

「うーん、ついさっきね。もう暗くなってきて、グラウンドがちゃんと見えないから。そして降りてみれば、藤崎君といい感じだからさあ」

 邪悪な笑みを浮かべる有紀ちゃん。

 何だか腹が立ったので、私は彼女の頬をきゅうきゅう引っ張ります。もちもちすべすべの綺麗な肌です。うっぷん晴らしのつもりが、さらに腹を立ててしまいました。

「まあまあそう怒らない、ね。那岐ちゃん」

 彼女は飴玉を強引に口へ突っ込むと、私の頭をなでなでしてきます。

 ぺろぺろぺろ……。甘い。おいしい。頭を撫でられることもあって、ほっとしています。

 仕方ありません。彼女のこれまでの無礼は、水に流しましょう。

「ああ、可愛いんだから、もう」

 有紀ちゃんは、がしっと私の背に手を回しました。

 そしてぎゅうぅ。

 むやみやたらと抱き着かないでほしいです。あなたの腕力はゴリ、怪物並みなんですから。



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