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39 この世界の魔法。


 マギアの過剰妄想ヒステリーは数十分の間続き、最終的にまたもやリンデが鎮めることになった。


「……これさえなければ、もうちょいマシな女なんだがな」


 勇者はため息を付いては、気怠そうに頭を抱える。


「な、何よ! アンタが変態的性癖の持ち主だから悪いんでしょ!! わーたーしーはーなーにーもーわーるーくーなーいぃぃぃぃぃっ!!」


 こうなってしまうと、知的で大人っぽいエリート魔法使いの姿はもはや何処にもなく、ただのふくれっ面の子供でしかなかった。

 

「兎に角、こんな事をしていても時間を浪費するだけですから、もう少し進みましょう」


 リンデの至極真っ当な意見に、マギアはまだ頬を膨らませたまま頷くのだった。



 ※※※※


「よし、今日はここらで野営にするか」


 あのガーゴイルの襲撃から四時間が経過し、太平の疲労はピークに達していた。それを察したリンデが勇者に進言して今日はここまでとすることになったのだ。


「ここなら問題はないだろう」


 この場所は周囲の見晴らしがよく、襲撃があったとしても直ぐに対応が取れるとの判断だった。

 ちなみに、あれから更に三度のガーゴイルの襲撃があったが、危なげなく勇者とマギアが撃退をしてみせた。

 太平はといえば、その三度ともにリンデの後ろで震えることしか出来ず、自分を情けなく思う気持ちは加速的に増大していた。だが、今回は仲間がいる。そう、シバさんである。太平がリンデの後ろに隠れるように、シバさんはイクの後ろに隠れ続けていた。まさに、前にシバさんが言った通り『幼女バリアー』である。


「太平よ、己の無力さを受け止め享受するのだ。そうする事で、開ける道をあるというものだ!」


 臆病である自分を何ら恥じることのないシバさんは、ある意味達観した大人であると言えなくもなく、一瞬だけ太平は感化されかかったが、よくよく考えればこいつはただの駄犬以外の何物でもなく、大層な物言いで誤魔化しているだけにすぎないと、すぐに気がついたので放置することにした。


「適材適所! 吾輩はアレだ、コッチ方面よりも、アッチ方面の方に向いておるからの! って、アチィ! アチチチチィィィィ!! イ、イク! どうして隙あらば我輩を焼こうとするのだ!!」


 いつの間にやら、シバさんは抱きかかえられて焚き火の前であぶられていた。どうやらリンデの料理の真似事として、シバさんを焼くという訳のわからない遊びを覚えたらしい。


「アチィ……。アチィってどんな感じ……?」


 コテンと首を傾げて、虚ろな瞳で見つめる。


「知るかァァァッッ! うむ、火傷をしてしまったかもしれぬから、これはリンデ殿の治癒魔法で治してもらうしか……膝枕でな!!」


 ムフーっと、エロエロしい鼻息でシバさんはリンデの所に向かおうとした。

 なので……。


「イク、じっくり弱火で焼いたほうともっと良いぞ?」


 と、太平はイクに的確なアドバイスをするのだった。


「なるほど、更に興味深い……」


 太平の言葉に素直に従ったイクは、有無をいわさずにシバさんを捕まえると、何処からともなく取り出したロープでぐるぐる巻きにして、先程よりも火から遠い場所に固定する。


「え? 我輩……どうなるのん?」


 状況が何一つとして飲み込めずに、シバさんは目をパチクリさせた。


「弱火でじっくり……」


 シバさんの横にしゃがみ込んで炎を見つめるイクの瞳が、朱色に染まり美しかった。が、シバさんはそれどころではない。


「アホかぁァァァッッ!! み、水ゥゥゥゥゥ!!」


 シバさんの悲愴な叫びを背に受けながら、太平はリンデの元へと向かっていた。今日のお礼をいう為である。

 

「どうかしましたか?」


 食事の後片付けをしながら、リンデは振り向いた。その顔には疲れの色一つなく、いつもどおり天使のほほ笑みで溢れている。それを見ているだけで、太平は至福の時間を感じることが出来た。

 

「あの、リンデさん、今日は色々と助けていただいてありがとうございました」

 

 太平は背筋と指先をピンと伸ばして、仰々しくお礼の言葉を告げる。

 その言葉を受けて、リンデは当然のことをしたまででなので、気にしないでください、とまたしても自愛に満ちた天使のような返しをしてみせる。


「うん。やっぱりこういう優しくて、温厚で、平和的な人だからこそ、治癒魔法が仕えたりするんですか?」


 治癒魔法といえば、神の癒やしの力と相場が決まっている。リンデさんならば神を信仰する敬虔な乙女であるに違いないと、太平は勝手に決めつけていた。


「違いますよ。これは初歩的な魔法に過ぎませんよ」


「そうなんですか? 神の奇跡的な力なんじゃないんですか?」


「あら、アナタ勘違いしているわね。それは高位の神官だけが使える、《神の御業》と呼ばれるものよ。リンデが使っているのは、生物の持つ再生能力を増幅しているだけにすぎないわ」


 説明大好きマギアが、突然後ろからにゅっと顔を出して、太平とリンデの会話に割って入る。

 

「アナタは魔法について何も知らないようだから、このわたしが直々にレクチャーしてあげるわ!!」


 太平は魔法について聞きたいのではなく、リンデと楽しく雑談がしたかっただけなのだが、完全に説明モードに突入してしまったマギアを止める術はなかった。


「さて、魔法とは何か? そこから説明しましょう。魔法とは人間の体の中にあるマナを使って行使する術式です。ただ、通常の人間の中にあるマナというものは、それほど多くはないわ。あ、わたしは別よ? 天才だから。コホン、それゆえに、それを増幅するための道具は必要となるの。それがこの魔晶石と呼ばれるもの」


 マギアは懐から小さな宝石のようなものを取りだす。それは不思議な輝きを放っていた。次に聖杖アヴァロンを召喚しては、その先端部分に装飾されている意思を指差した。コレも同じように不思議な光を放っていた。


「これらの魔晶石を埋め込んだ杖、アクセサリー、はたまた武具、それらを用いてマナを増幅させるの。こんな感じにね」


 マギアは聖杖アヴァロンにマナを注ぎ込む。すると杖の輝きは力を増して、目を覆いたくなるまでに発光した。


「でも、それだけでは魔法は使うことが出来きないわ。多種多様な魔法を行使するためには、複雑な計算術式が必要となるの。だから咄嗟に使うことはまず不可能。そこで……この杖に最初から術式を入力しておくののよ。ただ、それにも限度があるわ。杖の能力によって、覚えこませることの出来る数は限られてくるの。複雑で強力な呪文であればあるほどその数は減るわ。あ、わたしの聖杖アヴァロンは凄いから大抵の呪文は余裕で複数覚えこませておけるけどね。そうやって杖に術式を前もってを入力し、自身のマナを増幅することにより、ようやく呪文を唱えることで魔法が発動する事が出来るのよ」


 マギアは長い台詞を一言も噛むことなく流暢に言ってのけた。マギアの顔色は軽く朱色に染まり、恍惚としたものへと変わっていた。自分の知識を遺憾なく披露する。このことが、マギアにとって性的快楽にもにた効果を発揮しているのである。

 太平は言葉の意味を理解しようと、自分の知っているものに置き換えて考えて見るようにした。

 つまり、魔法の杖、魔晶石とは、コンピューターのようなもので、アプリケーションという術式をインストールすることで、呪文という発動することが出来る。

 

「ちなみに、リンデが使ったのは、単純な術式である細胞活性呪文ね。ほら、リンデの首に下げているロザリオが魔晶石で作られているわ」


 マギアの言葉を受けて、リンデは首にかけてあるロザリオを、手にとって太平の方に向けてみせる。確かにそのロザリオからも、同様の輝きが見て取れた。


「更に、アナタが最初に勘違いしていた。神の奇跡の力も説明してあげるわ。それは、正確には魔法と呼ばれるものではないのよ。マナを必要としない、術式を必要としないものなの。そのかわりに、神との契約が必要となるわ」


「か、神……?」


「そう。まさしく《神の御業》とは、神の力を代行して使用するものなの。神と直接対話をして、力を付与される。それはまさに魔法とは別の人智を遥かに超えた力なのよ」


「ちょっと待ってくれよ! 神と直接対話? 神は、この世界には神は実在しているのか?」


「何? アナタの世界には神は居ないの?」


「いや、神ってのは……精神的なものというか……心の中に居るというか……」


「何だかとても曖昧な存在なのね。わたしたちの世界に神は居るわ。いえ、居た……と言ったほうがいいわね」


「どういう事?」


「神はね、遠い昔にこの世界から別の世界へと去ってしまったのよ。わたしにだって、何処に行ってしまったのかはわからないわ。けれど、神は会話をして力を借りる術だけは残していった……」


 神が実在する。それは太平にとって衝撃的な発言だった。だが、ここで言われている神というものが、太平の知る神と同じあるという保証は何処にもない。


「まぁ《神の御業》を使える高位の神官って言うのはほとんど居ないわ。わたしが知るだけで一人だけ……。でも、アイツのことは思い出したくもないわ……。あれは神の僕というよりも……ただの……、いえ、この話はやめましょう」


 マギアの知る高位の神官とやらは、どうやら色々と訳ありの難物らしく。その言葉を口にするたびに、マギアは苦虫を噛み潰したかのように口を歪めるのだった。

 話が一段落したところに、水しぶきを上げた毛玉がこちらに向かって走ってくる。

 それがシバさんであるとわかるのに、少しの時間を要した。

 シバさんは皆の前までやってくると、珍しく犬らしくブルブルと身体を震わせては、身体に付着した水分を弾き飛ばした。その時に、湯気のようなものが上がっていた。

 

「どうしたんだよ、ずぶ濡れになって。お前は水攻めじゃなくて、火攻めで焼かれてたんじゃないのか?」


「そうそう、いい感じに焼かれておってな。――って、どうして誰も我輩を助けに来てくれなかったのだ!  何とか自力で脱出することができたから良かったものの、下手をすれば上手に焼けました状態になるところだったのだぞ!!」


 ゲーム大好きシバさんらしい表現だった。


「まぁ、それはいい。今はそれはいいのだ。それは良しとしてだな、吾輩は何とかバーベキュー状態から脱出しては、身体を冷やすための水を求めて走りだしたのだ。そして、吾輩は偶然にも見つけてしまった!!」


 シバさんは興奮していた。尻尾がぴーんとおっ勃っていた。


「見つけたってなんだよ。埋まってる骨でも見つけたのか? 言っとくけどな、もうスケルトンは懲り懲りだからな!!」


「違う! 吾輩が見つけたのは……温泉なのだッッッっ!!」


「なん……だと……」


 太平はゴクリとつばを飲み込むのだった。

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