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38 凡人は戦えない。


「これが……地下迷宮の入り口……」


 太平の目の前にそびえ立つ門は、高さ数十メートルはある大理石のようなもので出来たており、見るものを圧倒させるに足る迫力を備えていた。それを更に倍増させるかのように門の左右には、今にも動き出しそうなほど精巧に出来た異形の神? 怪物? の彫像が建てられていた。

 

「こんなにデカイんなら、馬車でも行けたんじゃ……」


 地下迷宮の入り口は、馬車どころか、巨人や、ドラゴンですら、楽に入れるスペースが有った。


「この中に入るのを馬が嫌がるのよ。それどころか大抵の動物はこの入口に近づこうとすらしないわね」


 マギアの言葉を受けて、太平はなるほどと頷いた。

 この地下迷宮の中から、馬どころか人間すら尻込みさせてしまう混沌のオーラが溢れ出てきている。迷宮の中から時折吹き込んでくる冷たい風が、太平の襟首をくすぐっては背筋を凍りつかせる。


「ほ、ほほーう。太平よ、怖がっておるのか? ビビっておるのか? チビっておるのか? 情けない男よ! それに比べて、この我輩の堂々たる姿!!」


 言葉の通りシバさんはどっしりと構えていた。

 ――イクに小脇に抱えられて……。

 正確に言えば、ここから逃げ出そうとしたところを、イクに捕獲されたというのが正しい。そして今は、どうにでもなーれ! と半ばヤケクソ気味に観念したところだった。


「ふふふふ、いざとなればイクの後ろに隠れてだな……。幼女バリアーだ……」


 これを堂々と言うのならば、即座に辞書を書き換えるべきであろう。


「なにクッチャベッてんだ。行くぞ」


 勇者は近所の公園にハイキングにでも行くかのような軽快さで、迷宮へと足を踏み込んでいく。


「そうね、急ぎましょう」


 マギアもそれと同様に、なんらこの巨大地下迷宮に恐れを抱いてはいないようだった。


「流石、勇者と魔法使いってことか……」


 家にこもってパソコンをいじっているのが日課の人間と、魔物相手に命のやり取りをしている人間とでは、もはや同じ人間と思えないほどの隔たりが存在しているに違いない。

 さらに太平の横をテクテクと歩いて行くのは、一見幼女ではあるが、トンデモナイ戦闘能力を秘めた超古代兵器なわけだし、駄犬に関しては……アウトオブ眼中なので気にしないことにする。

 となると、この中では普通の人間……に入ると思われるリンデはどうなんだろうと、見てみると……。

 

「どうかしましたか?」


 と、いつもの様に微笑んでは、平然として地下迷宮に入っていくではないか。

 

 ――なるほど、勇者とマギアさんが居れば心配することはないってことなのか……。


 リンデを見て勝手にそう納得する太平なのだった。



 ※※※※


 迷宮の中は明かりなしでも問題がないくらいに明るかった。天井部分が特殊な金属でできているのか、薄ぼんやりと発光しては、視界を確保してくれている。遥か昔に作られたという話なのに、装飾の施された壁などはまるで劣化しておらず、古代魔法文明の力が計り知れないことを思い知らされる。

 迷宮内は外に比べて気温が低く、皆はローブを纏って寒さから身体を守った。寒さを感じることのないイクだけは、平気ヘッチャラで薄手のワンピース(前に魔王にデパートで買ってもらった服)姿のまま、ガクガクブルブルと寒さと恐怖で震えるシバさんを抱えたまま歩いていた。

 迷宮の名の通り、道は途中から右へ左へと、更には上へ下へと複雑怪奇に分岐しており、太平などは自分が今何処にいるのかすら把握しきれていなかった。だが、先頭を歩いているマギアは、一つの迷いもなくずんずんと進んでいく。

 まさか女の直感とやらで進まれていてはたまらないと、太平はマギアの横に駆け寄っては尋ねてみる。


「マギアさん、道はこれであってるんですか?」


 太平の問いかけに、マギアは歩く速度を緩めることも、視線を合わせることもなく、前を向いたままに……。


「大丈夫よ。前に一度来たことがあるから」


 と、無機質な言葉を返す。


「なぁんだ、安心しましたよ。――って、一度? 一度来ただけで、こんな複雑な迷宮の道を覚えてるの!?」


 歩き始めて約二時間余り、今までに曲がった箇所だけでも、既に数十箇所は超えていた。普通に考えれば、それを一度来ただけで全て覚える事など出来ようはずもない。


「そうね。覚えているわね」


 マギアは、どうしてそんな当たり前の事を聞くのか、という風にあっさりと答えてのける。

 マギアの家系は、代々宮廷魔術師の家系であり、知識を求める一族である。そんな中で育ったマギアからすれば、世の中の人間というものは馬鹿にしか見えず、見下す存在でしかなかった。

 太平という存在も、勇者と怪しい関係でなければ、興味をもつことすらなかっただろう。いや、異世界人であるという一点においては、知的好奇心を掻き立てる存在であるのだろうが……。

 呆気にとられている太平を無視して、マギアは歩調を速めて進んでいく。

 太平はといえば、自分が名前の通りの平凡な人間であることを、改めて実感させられるのだった。

 


 ※※※※


 これと言った会話もなく、迷宮の中を歩いているうちに、太平は頭の中で自問自答を繰り返しすようになっていた。


 何故こんな事になったのか?

 何処まで歩けば良いのか?

 こんなことをしている間にも、就職が遠のいていくのではないか?

 足が痛いじゃないか!

 リンデさん可愛いじゃないか!

 

 あらかた自問自答をやり尽くした頃、自分の足が疲労により悲鳴を上げだしていることに気がつく。一度足の痛みを感じてしまうと、その後はもうそのことばかり考えてしまうようになり、歩く速度は目に見えて遅くなっていき、皆との距離を離されてしまう。

 

「あの、太平さんが……」


 リンデが太平が遅れていることを指摘する。


「しょうがねぇなぁ……。ちょうどよさ気な場所だし、ここらで休憩にするか」


 勇者たちが足を止めた場所は、円形状のホールのようになった開けた場所で、その中央には多数の天使や悪魔を形どった彫像が並べられていた。

 

「た、助かった……」


 リンデに肩を貸してもらい、ようやくそこまで辿りつけた太平は、その場にへたり込んでしまう。

 

「良ければ足を見せてもらえませんか?」


「あ、はい」


 リンデに言われるままに、太平は靴を脱いで足を差し出す。足は赤く腫れ上がり炎症をきたしていた。リンデはその足に向けて手をかざして、なにやら呪文のようなものを口にする。すると手の先がぼんやりとかすかに光を放ちだす。


「あ、暖かい……」


 光は太平の足を包み込むと、みるみるうちに足の腫れが引いていく。


「これで少しは楽になりますよ」


 足の感覚を確かめるべく、太平はその場で何度かジャンプを繰り返す。すると、先程まであった痛みは何処かに消えていた。


「これが治癒魔法ってやつか……。凄いな……」


「わたしは大した治癒魔法は使えませんけどね。これくらいなら何とか……。でも、無理はしないでくださいね」


 リンデの優しい言葉に、思わず涙が零れそうになる太平だった。

 それに引き換え……


「安心しろ、無理して死んでも、俺は気にしないぞ」


 勇者は地面にあぐらをかきながら、干し肉を口に食わえて悪態をつく。


「ツンデレ? ツンデレなのね! そうやって、普段はツンツンしておきながら……夜は甘えた声で………イャァァァァァッァァァッッ!!」


 マギアはいつもの様に発狂していた。しかし学習したのか、懲りたのか、聖杖アヴァロンを呼び出すことはしなかった。


「ほうほう、これは良いものだ。吾輩は育ちが良いから、こういった芸術品の類がわかったりするのだ! ふむふむ、これがああなってこうだから、良いものだ!!」


 イクの手からようやく開放されたシバさんは、天使と悪魔の彫像を訳知り顔で、適当なウンチクを振る舞う。

 

「特にこの翼のフォルム! 今にも動いて羽ばたきそうなほどにリアルにできておる! うむ、花丸をあげやう!」


 と、シバさんは彫像の翼を撫でていると……。


「ほへ?」


 その翼は音を立てて羽ばたきだし、更には天高く舞い上がる。さらに、その一匹に連動するかのように、周りの彫像も命を吹き込まれたかのように蠢き出す。


「これはやばい奴だーーーっ!」


 と、叫んだ時は既に遅く、シバさんの身体は鉤爪に掴まれては、そのまま空に連れさらわれてしまう。

 その騒動を皆が気がつくまでの数秒の間に、すでにシバさんは高さ二十メートルほどにあり失神していた。

 

「ガーゴイル!」

 

 視認した瞬間、勇者は聖剣デュランダルを召喚する。同じく、その横でマギアは聖杖アヴァロンを召喚、すでに呪文の詠唱へと入っていた。

 こちらが臨戦態勢に入ったことに反応したのか、それとも元からある防衛機能なのか、十数体の動く彫像ガーゴイルは、急降下をしつつ鋭い爪を振り下ろす。

 勇者と一匹のガーゴイルが交差した瞬間、ガーゴイルの身体は真っ二つになって動きを止めた。

 

「こういう無機物相手は、得意じゃないんだけどな……」


 ぼやきながらも、振り向きざまにもう一匹のガーゴイルを袈裟斬りにしてみせる。


「太平さん、こっちに来てください! わたしの後ろに!」


 腰を抜かした太平は、這いずりながらリンデの後ろへと姿を隠す。


「イクちゃんも!」


 イクはその言葉に反応せずに、初めて目にする謎の生き物? に興味を奪われていた。


「生命反応無し……。内部に魔晶石を確認……」


 イクの目から入った情報が、高速で分析されていく。普段ぼーっとしている幼女のように見えても、超古代兵器である。

 だが……。


「ペロペロしても、美味しくなさそう……」


 はじき出した答えはポンコツそのものだった。不味いと表現されて怒りを覚えた…………わけではないが、一匹のガーゴイルがイクをロックオンしてその鉤爪を向ける。

 風を切り裂き高速で滑空して、シバさんの時のように鉤爪で捕まえて空高く連れ去る。――はずだった。だが、ガーゴイルは鉤爪でイクの頭を捕まえたまま、どれだけ翼を羽ばたかせても空に舞い上がることはできないでいた。


「無理。重力制御をカットしたから……」


 ガーゴイルはイクの自重を持ちあげられないでもがき続ける。

 

「ちょっと邪魔……」


 イクの目から熱戦が照射され、ガーゴイルの足が崩れ落ちる。


「えい」


 幼女の可愛らしい小さな足がガーゴイルの頭を踏む。普通の幼女ならば、ある趣味嗜好の紳士にはご褒美な行為になるのだが、イクの場合は違う。その小さく可愛らしい足は、ガーゴイルの頭をいともたやすく粉砕してみせたのだ。

 勇者が五匹目のガーゴイルを切り裂いた時、マギアは呪文の詠唱を終えた。


「光の矢!」


 マギアの頭上に展開された数十本の矢形をかたどった光が、その号令とともに空を舞うガーゴイルに向けて射出される。雷鳴のように高速で放たれた光の矢は、ホーミングするかのように狙いを外すこと無く全てのガーゴイルを射抜いてみせた。射抜かれたガーゴイルは、身体を崩壊させて石の欠片として地面に降り注ぐ。その欠片に混じって、落ちてくるのは……。


「だ、誰かァァァっ! 我輩を助けろおおおおおっ! 助けてくださいィィィッッ!」


 シバさんは上空二十メートルの高さから、毛を逆立て足を犬かきのようにばたつかせて落下する。

 もはやこれまで、そう思った刹那。

 落下地点にいつの間にかイクが何食わぬ顔で待機しており、シバさんを軽々とキャッチしてみせた。

 

「片付いたな」


「そのようね」


 勇者とマギアは、残敵がいないことを確認する。

 

「もう大丈夫だぜ、臆病者」


 その言葉を聞いて、太平がリンデの影から恐る恐る顔を出しては、戦いが終わったことを確認し安堵の息をつく。と、同時に臆病者呼ばわりされたことに、何も反論できない自分を恥じた。皆が戦っている間、太平はただただ目を閉じ震え、リンデの背中に隠れていたのだ。

 

「まぁそれでいいんだよ。お前が出てきても何の役にも立たねぇし。それどころか、邪魔になるからな」


「キィィィィッ! それって訳すると『べ、別にアンタのことなんか心配なんかしてないんだからね! 邪魔なだけなんだからっ! バカッ! でも……好き』って事よね?! やっぱり、やっぱりそう言う関係なのォォォォォォッッ!!」


 もはやマギアは、勇者がどんな言葉を太平にかけたとしても、ツンデレ、またはBL的に解釈してしまうようにまでなっていた。先ほど見事な魔法で敵を倒してみせた、有能な魔術師としての顔は完全に消え去り、ただのヒステリー妄想女へと変化していた。

 

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