37 就職活動と地下迷宮。
勇者とマギアが戻ってきたので、リンデは先ほどの太平との会話を有耶無耶にするかのように、料理を皿へと盛り付けだす。
太平も馬鹿ではないので、リンデがこれ以上ブレスレットについて聞かれたくないということは理解した。なので……。
「手伝いますよ」
と、皿を運ぶのを手伝ってみせた。
「おぉーい! そこの駄犬と幼女! 食事だぞ!」
勇者の呼びかけに、イクは未だ後ろ足をピクピクさせているシバさんを、まるでぬいぐるみでも持つかのように、小脇に抱えてこちらに戻ってきた。
幼女にぬいぐるみ、これほどマッチするものがあるであろうか。ただ残念なのは抱えているのが可愛らしいぬいぐるみではなく、おっさん柴犬だということだ。
みんなは焚き火を囲むようにして座り、リンデの作った料理に舌鼓をうつ。
料理をした先で舐めることしか出来ないイクは、あらかたの料理を舐め終わると、手持ち無沙汰になったのか、失神状態のシバさんをなんとなく火に近づけて炙りだした。
「興味深い……」
シバさんの毛先がチリチリと焦げだしたのを見て、イクはその様子を生命の神秘を観察するかのように、じっくりと見つめていた。勿論ジト目で。
この時シバさんは夢を見ていた。それは美味しいお肉を腹一杯に食べる夢だ。パクパクとお肉を食べているはずが、気が付くと自分の尻尾にかぶりついていた。そしてウロボロスのように自分で自分を飲み込んで……。
「ウォォォォォッ!」
シバさんは夜空をつんざく悲鳴を上げて目を覚ました。
シバさん自身は、悪夢のせいで目を覚ましたのだと思ったが――それは違っていた。シバさんが目を覚ました一番の理由は、身体がいままさに燃えようとしていたからだ!
「なんじゃこりゃァァァァァァッ!!」
シバさんはジャンプ一番で火から遠のくと、身体を地面にこすりつけて火を消そうとする。幸いまだ毛先が焦げだしていただけで、大事はいたらずに鎮火をさせることに成功した。
「面白い……」
イクはシバさんが転げまわるさまを見て、興味深げに頷いた。
「何処が面白いんじゃ!! アホーっ!!」
シバさんは前足でイクの頭を小突く。
何故こんな悲劇が起こったのか……それは唯一の常識人であろうリンデが、席を外していたからだった。太平は勿論、シバさんが燃えていようが気にもしない。勇者、マギアもそれと同様だった。
「お、恐ろしいわい……。こいつらには常識というものが存在しとらんわい!!」
喋る犬に言われたくない。この場にいる皆がその時そう思ったのだった。
※※※※
食事を終え一段落した後は、何をするでもなくまったりとした時間を過ごしていた。
空には眩しいほどの多くの星が自己主張するかのように輝いていた。それは周りに明かりが一つもない深淵の並の中だからそう見えるのだろう。
「街中じゃ、こんな綺麗な星は見えないだろうな……」
太平が夜空を見上げながら、柄にもなく臭いセリフを呟いく。
その言葉を耳にしたマギアが、不思議そうに首を傾げた。
「あなた今、空を見上げて『星』って言ったけれど、『星』って何なの?」
マギアの言葉の意味が、太平には理解できなかった。何故ならば『星』ほ『星』であって、それ以外に説明する言葉がなかったからだ。
「いや、あの、その……。だから、あれですよ、空で輝いてるじゃないですか?」
と、太平は空を指差す。
「アレ? アレの事を言っているの? あの魔晶石の欠片の事を、あなたの世界では『星』と呼ぶの?」
「ま、ましょうせき……。何ですか、それ」
「だから、空で魔力の光を放っている魔晶石の欠片でしょ?」
「……」
太平の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。
天文学、宇宙、そんな概念がこの世界に人間には存在しないのか!? その考えにたどり着くまで数分の時間を要した。
「いやいや、こっちの世界では、科学文明が発展してないから、わからないかもしれませんけど。あれは星って言って、すごく遠いところにある惑星で……」
と、頑張って説明をしようとしたが、うまく言葉が出てこなかった。案の定、マギアも意味がわからなくて難しい顔をしだしている。
「そうだ! わかりやすく月で説明しましょう! えっと、月は……」
太平は夜空に月を探す。だが、何処をどう探しても月は存在しなかった。
「なんで……なんでだ……月食でもあるまいし、なんで月が無いんだ……」
お月様がない。かぐや姫がやってきたお月様が! うさぎがお持ちをついているお月様が! アポロが着陸したお月様が! 影も形もなく見当たらないのだ!
太平は狼狽した。自分の足元が崩れていくような間隔を感じた。
「月? また知らない言葉ね。月ってどんなものなの?」
異世界の知らない言葉に、マギアは食いついてきた。魔術師であるマギアは、膨大な魔術書、歴史書などに目を通しており、この世界に人間の中ではかなりの博学な存在であり、それなりにプライドも持っている。簡潔に言えば、自分の知らないことがあるのが、腹立たしいのだ。
「月ってのは、丸くて……大きくて……夜空の真ん中にデーンとあって……なのに……」
「ああ、わかったわ。古代魔法文明が作り上げたという、とてつもなく巨大な魔晶石のことね!」
「へ……?」
「そりゃあるわけ無いわよ。遥か昔に起こった戦乱で、砕け散ったらしいからね。その破片が、この夜空に輝いている魔晶石の欠片じゃない」
マギアは太平の言葉を理解できたことに満足そうに笑みを浮かべた。
太平の言う『星』とは魔晶石の欠片。『月』とは、古代魔法文明が創りだした超巨大な魔晶石。そして、砕けた『月』が『星』となり天高く光り輝いているのだ。
「なぁんだ、大したことないわね。まぁ、わたしにわかんないことなんて無いのよ!」
マギアは殊更胸を張ってみせた。ぷるんと胸が揺れたのを、太平は見逃さなかった。
――魔王には負けるけれど、そこそこの大きさを持っている! だが、俺は愛でるのは巨乳が好きでも、恋人として付き合うならば貧乳のほうが……そう、リンデさんのように!!
太平は割とどうでもいい情報を、心の中で吐露してみせた。
こうして真面目な思考から逸脱することで、自分の心を和らげようとしたとも言えた。
いくら中世のヨーロッパに似ているとはいえ、ここは間違いなく異世界だという事を、太平は改めて知るのだった。
※※※※
気が付くと朝だった。
登り始めた太陽が、雲を茜色に染め出し始める。
太平は眠い目を擦りながら、上半身をふらふらと時計回りに回しながら起きだしてくる。
――これも、太陽じゃなくて別の何かなんだろうか……。
そのことを聞いてみたかったが、それ以上に怖くもあったのでやめておいた。
※※※※
朝も早い時間から、馬車は走りだす。
『お昼すぎには、山の麓までたどり着きたい』
と、昨日勇者が言っていた。
太平はというと、目指す場所が何処で有るのかすらわからないので、その言葉を聞いても何一つピンとこなかった。わかっているのは、目的地ではなく目的だけである。そう、魔獣を討伐するという目的だけ……。
「就職のほうが、魔獣討伐より楽だよなぁ……」
と、馬車に揺られながら声に出してみたのだが……。
――もしかすると魔獣討伐よりも就職のほうが難しいんじゃないか? だって、ボスモンスターである面接官にすらたどり着けたことすら無いぞ……。
そんなことを考えてみたが、就職に失敗しても社会的に死ぬことはあるかもしれないが、実際に命を奪われはしない。
――そうか、下手するとこれから俺死ぬのか……。
急に身体に寒気を感じて、太平は身体をダンゴムシの様に丸めた。
横でそれを見ていたイクは、いつもの様に真似をして丸くなっては、馬車の中をゴロゴロと転げまわっていた。
シバさんは……。
「ウゲェェェェェッ……」
今日も乗り物酔いとの勝ち目のない戦いを続けているのだった……。
※※※※
予定通りに、山の麓へと到着すると、砦のようなものが視界に飛び込んできた。
馬車はその砦に向かい進んでいく。
「あそこが、目的地……?」
太平は、御者台のところまで顔を出して、リンデに問いかける。
「あそこで馬と馬車を預けるんですよ」
「なるほど……」
いつもの様に、大して意味もわかっていないのに納得してみせる。
砦の門の前まで到着すると、馬車は足を止めた。
三メートルほどはある門と、周囲の囲いは、堅牢な城壁とまではいかないが、人間程度なら侵入を許しはしないだろう。
勇者とマギアは、すでに馬を降りて、門番に何かしら話をつけているようだ。
勇者に話しかけられて、門番は背筋を正して敬礼をしては、まるでロボットのように、ギクシャクした動きで対応している。どうやら、世間一般的には勇者というものに話しかけられることは、名誉なことであり、緊張するものであるらしい。
「よし、話はついたぜ!」
勇者が馬車にやってくると、太平たちに荷物を持って降りるように指示をする。言われるままに、食料、水などを背負袋に詰めて馬車を降りると、勇者はニヤリと不敵な笑みを浮かべて待ち構えている。
「さぁ、これから徒歩で山の中腹にある地下迷宮に向かうぜ!」
「正確には、古代魔法文明の遺跡なんだけれどね」
マギアが横から割って入って補足をする。
「な、なんで……そんな地下迷宮やら、遺跡やらを抜けなきゃならないんだ……。しかも徒歩……歩く? 歩くの?」
「なんでって、討伐対象の魔獣は山の向うの街を標的にしててだな、一番の近道が迷宮を突っ切ることなんだよ。まさか迷宮の中を馬で行くわけにもいかねぇだろ? 馬鹿なのかお前? ああ、馬鹿だったな」
勇者は、あざけるように太平にもたれ掛かって肘を肩の上に乗せると、脳みそが入っているのかを確かめるようかの様に、ポンポンと頭を叩いた。太平の頭は、中身がスカスカのスイカのように軽い音がした。
「……なにそれ! スキンシップなの! 男同士のスキンシップなの!? やっぱりそうなの、そう言う関係なのォォォォ!」
その様子を見たマギアは、ジタンダを踏みながら一人激昂しては、即座に聖杖アヴァロンを顕現させる。
「うふふふふふふ、魔法で山ごと吹き飛ばせば、一番近道になるわよねぇ……」
マギアの目は正気を失ってキチ○イのそれになっていた。キチガ○に刃物とはよく言うが、刃物どころか聖杖アヴァロンときてはたまったものではない。
「マギアさん、落ち着いて……落ち着いてください!! そうじゃないと……」
リンデが細腕で拳を作っては、子供を叱りつけるように振り上げてみせた。
それを見たマギアは、即座に正気へと立ち返る。そして聖杖アヴァロンを収めると、子供のようにふてくされた表情を勇者に向ける。勇者はバツが悪そうにしながらもマギアの元へと行くと『男同士のスキンシップとか……そんなわけねえだろ』と弁明の言葉とともに、マギアの頭を軽く撫でてやるのだった。
そんな二人のやり取りを、リンデはとても羨ましそうに見つめていた。
「マギアさんは、いつも大人の女性なのに、勇者さんの事になると……まるで子供みたいになるんですよね」
リンデは腕のブレスレットを見つめては、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。が、すぐさま笑顔を作ると、太平に向かって言葉を投げかける。
「太平さん、荷物重かったら、わたしが手伝いますよ?」
けれど、リンデの優しい言葉は、今の太平の耳には届いていなかった。
――うん、確実に就職活動より、ダンジョン攻略のほうが難易度高いわ。ってか、死ぬわ……。
太平は口から泡を吹きそうになりながら、虚空を見上げるのだった……。




