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35 魔獣討伐。


「はぁはぁ……喉が痛い……」


 声帯が擦り切れるまで叫び尽くした太平たいへいは、額を両手で抑えてベッドの上にうずくまった。

 

「あの……大丈夫ですか? これお水です」


 赤毛の少女は、甲斐甲斐しく太平に水の入ったコップをさし出した。


「ありがとう……」


 と、コップを受け取ろうとして赤毛の少女と目があった瞬間、先ほど夢だと思い込んで糞恥ずかしい愛の告白をしたことを思い出し慌てて目を逸らした。そのせいか手はコップをすり抜けて、赤毛の少女の手を掴んでしまう。


「あ、あの……どうなさったんですか?」


 太平に向けて優しく微笑みかけながら、顔色をうかがう赤毛の少女はまさに天使に思えた。

 まぶしすぎる笑顔を受けて、太平の心音は十六ビートのドラムのように激しい音を立てる。

 そして大慌てで手を引っ込めると……


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


 ベッドの上に正座をして見事なトリプル土下座を決めるのだった。

 赤毛の少女はその光景を呆気に取られたように見守るしかなかった……。

 

「お、面白い人ですね……」


 少し引きつった口元を隠して、ほほ笑みを絶やさない少女の後ろから、ぽんと太腿をたたく毛むくじゃらの足? 手が一つ。


「うむ。面白いと言うよりも、おかしい人と言う方があっておるな。勿論、おかしいの前に『頭の』という言葉がつくわけだが」


 シバさんは人間のように二本足で直立して、前足で腕? 組をして偉そうに講釈を述べる。


「……」


 何時もならば、そのシバさんの言動にネックハンギングに持って行くところなのだが、今は状況が違っている。

 今、太平がするべきことは、自分が置かれている状況を知ることなのだ。


「説明してもらえるか?」


「仕方がない。この我輩が、直々に説明してやろうではないか! 感謝するのだぞ! 散歩は毎日行くのだぞ! 雨の日もだぞ!」


 殴りつけたい気持ちを全力で抑えながら、太平はシバさんの説明を聞くのだった。

 

 



 ……

 ……………

 ………………………


「と言うことなのだ」


 説明を終えたシバさんは、やりきったという表情で、ドヤ顔をしきりに太平に向けてきた。

 だから、太平は躊躇せずに足払いを仕掛けた。二本足で立っていたシバさんはいとも容易くバランスを崩してぶっ倒れた。


「ふぅ、少しだけスッキリした……」


 ストレス発散を終えた太平は、説明を脳内で反芻させる。


「つまり、俺は何故か勇者と……アレな関係だと勘違いされたわけだ……。んでもって、その誤解を解くために、こっちの世界で身の潔白を証明するはめに陥ったと……」


「ふむふむ……」


 状況を知っているはずのイクが、今まさに初めてその話を聞いたかのように、首をコクリコクリと頷かせる。その仕草が余りにも可愛らしいので、赤毛の女性は思わず頭を撫でてしまっていた。


「あら、ごめんなさい。ついつい……」


 と言いながらも、撫でる手は止まってはいなかった。余程イクの頭は撫で心地が良いのだろう。


「……いい。今の悪くない。むしろ良い。だから、もっと撫でて欲しい」


 無表情のまま、イクは赤毛の女性をジト目で見つめる。


「そう……ですか? それなら……」


 目を細めて嬉しそうに頭を撫でる赤毛の少女。されるがままに頭を撫でられては、うっとりと口元を緩める幼女。ここに世にも心安らかになるシーンが誕生した。

 このまま永久に時が過ぎてしまえばいいのに……この場にいるシバさんを除く皆がそう思った。シバさんは未だに仰向けにぶっ倒れたまま足をピクピクとさせていた。


「おっと! いかんいかん、このまま悠久なる時の流れに身をまかせてしまうところだった……」


 一番最初に我に返ったのは太平だった。


「兎に角、さっきはご迷惑をかけてすみませんでした……。まさか目を覚ましたら、異世界に来てるなんて思っても見なくて、夢だと勘違いしちゃったんです……」


「いいえ、お気になさらないでください。それに……少し嬉しかったから……」


 言葉の最後は誰にも聞こえないような小声で囁かれていた。


「え?」


「いえ、なんでもありません。ありませんったら、ありませんよ!」


 ブンブンと扇風機のように首を左右に振って、強引に誤魔化してみせる。


「そうだ。お名前は……」


「オルトリンデと申します。勇者様たちと旅をご一緒させていただいております」


 ペコリと頭を下げて挨拶をする。


「え……? じゃあ、オルトリンデさんも戦ったりするんですか?」


「私の事は、リンデとお呼びください。ええ、微力ながら協力させていただいております」


 太平はその言葉を信じることが出来なかった。

 リンデの姿は、同贔屓目に見ても戦いができるようには見えなかったからだ。針金のように細い腕、戦いとは無縁にしか見えない平和的な笑顔、覇気の欠片も見えない温和な口調。どうすればこの少女が魔物と戦ったりするのか? むしろ陵辱されるシーンならば思い浮かぶ……。そう思ってしまうと、妄想が膨らんでしまうのは健全な男子としてはしかたがない所で……。こうなってしまうと、修道服を姿のリンデさんが、あんなことやこんなことをされてしまう姿が脳内にまざまざと描き出されてしまう。


「どうしたんですか?」


 よもや自分の痴態を想像されていると思いも知らぬリンデは、鼻息荒く目を血走らせている太平を見て、体調が何処か悪いのではないかと心配してみせる。


「だ、大丈夫です。なんでもないですから……」


 太平は心の底から反省した。こんなふしだらな妄想を抱く俺のことを心配してくれるなど、まさに天使、聖母ではないか……。そこで太平は思いて、手をパンと叩いた。


「そうか! リンデさんは僧侶プリーストなんですね? 回復とか支援の魔法を使ったりするあれなんだ! ウンウン、それなら納得だ」


「まぁ……そんなところかもしれないですね。あはははは……」


 リンデは今までになく、どこかよそよそしい口調だった。微笑みも今までとは違って、何処と無くぎこちなく見えたのだが、そのことに太平は気が付きはしなかった。


「いやぁ〜俺のリンデさんに癒やされてみたいですよぉ〜」


「えっと、あのですね……。わたしはその……」


 と、リンデがそこまで言いかけた所で、今まで足をピクピクと痙攣させていたシバさんが復活を遂げた! 垂直に飛び上がると、着地と同時に荒ぶる鷹のポーズを決める。


「おい太平! 良くも下段足払いなど食らわせおったな! かくなる上は、この我輩必殺の昇犬拳しょうけんけんを食らうがいよいわ!」


 アチョー! と怪鳥の如き奇声を発する。そして技を繰りだそうと一歩踏み出したその刹那……。


「おう! 出発するぞ!」


 唐突にドアが開き、哀れシバさんはそのドアの直撃を喰らい、漫画のようにペッタンコに押しつぶされ、またしてもピヨピヨ状態へと陥るのだった。


「何だ何だ。この犬っころは呑気に昼寝なんかしやがってよ……。こちとら街で旅の準備と情報収集を済ましてきたってのによ」


 入ってきたのは勇者だった。


「へぇ……」


 勇者の姿に太平は目を引かれた。それは勇者が、まるで勇者のような出で立ちをしていたからだ。

 太平の知っている勇者の装備はいとえば、TシャツにGパン、そして一升瓶。これが基本だった。それなのに、今目の前にいる勇者は、それっぽく鎧など着こんでいるわ、万となんて物をまとっているわ、簡易的なヘルムも装着しているわで、何処から見ても外見だけは立派な勇者ではないか。


「まるで勇者みたいだ……」


「悪かったな、こちとら本当に勇者なんでな」


「いやいや、アパートの格好と比べちゃうと……」


「おい! お前が人の格好のことを言うなよ。よく自分の格好を見てみろよ?」


 勇者が太平を指差してみせる。


「え?」


 太平は改めて自分の身なりを確認した。

 Tシャツ、そしてトランクス……おしまい。


「なんとォォォォォォ!!」


 そう、太平はアパートの一室で気絶したままの格好で、イクに引きずられて《ゲート》を通り、ここまで連れてこられていたのだ。


「ちょ、ちょっと! リンデさんもどうして言ってくれなかったんですか!」


「あの……そちらの世界ではそういう服装が普通だと……そちらのワンちゃんがおっしゃっていましたので……」


 そのワンちゃんことシバさんは、いまだペッタンコだ。


「駄犬め……」


 ペッタンコ状態のシバさんは、イクに口から空気入れで空気を吹き込んでもらい復活を図っていた。本当にこの喋る犬は漫画のような体の作りをしているようだ。


「兎に角、急ぐぞ! マギアの奴を待たしているんでな。アイツを待たすとまたイライラして雷撃魔法をぶちかましかねないからな……」



 ※※※※



「これが勇者の世界か……」


 羊毛で作られたシャツ、ジャケット、パンツをリンデに用意してもらい、何とか外に出る格好になった太平は、いかにもな中世ファンタジー世界の街並みを堪能していた。

 

「しかし、どうしてこうも地球の中世ヨーロッパ風なんだろう……。異世界なんだったら、こうもっと変化あってもだな。あと物理法則がぜんぜん違うとか、そういう細かい設定を練りこんできてくれないと……。それによく考えれば、どうして言葉が通じてるんだ、おかしくないか?」


 異世界ファンタジーあるあるネタをブツブツと呟きながらも、太平は湧き上がる好奇心を抑えきれないでいた。

 太平が異世界に来たのはこれで二回目である。

 一回目は魔王の住む世界。しかしこれは一歩踏み入れたち直後に、ワイバーンの襲撃に会い。その直後気絶して終わるという、堪能する以前に命の危機を感じるだけの体験でしかなかった。

 

「お、俺の世界でも見たことありそうな果物だ」


 街の中央通には多数の露店でごった返しており、何もかもが太平には目新しく見えては、子供のように目を輝かせるのだった。


「今回は観光してる暇なんて無いからな、さっさと用事を終わらせて、さらにはあらぬ誤解を解いちまわないと……」


 勇者は物味遊山な太平を置いていかんとばかりに早足でズンズンと進んでいく。

 気が付くと、太平、イク、シバさんは、人混みの中に取り残されて孤立状態に……。


「こっちですよ〜」


 そんなおりリンデが小柄な身長で一生懸命背伸びをして手を降っては、太平たちに向かって手招きをしてくれた。


「水と食料を買い込んできますので、こちらで待っていてくださいね」


 リンデは小走りに露天へと駆け出して行くと、手際よく買い物をこなしていく。

 

「可愛いなぁ……」


 露天商相手に買い物をしているリンデの姿を見て、太平は思わず声に出してしまっていた。ただ買い物をしているだけだというのに、何故に天使の様に見えるのか? ああ、まさに天使! あぁ天使……。知らず知らずのうちに、太平の鼻の下は限りなく伸び続けていた。


「これだから、女子との付き合いが皆無の男は……。全く全く……」


 シバさんが太平のデレデレとしただらし無い姿を見てぼやいてみせる。


「ま、待てよ! 誰が女子との付き合い皆無だよ! 俺だってな、今までに女の子に告白されたことだってあるんだぞ!」


「ほぉ、それは奇妙奇天烈な女子も居たものだ。それでその女子との交際はどうなったのだ?」


「いや……まぁ……俺が小学校六年、その子が一年生の時だったから……交際とかは……その……ね?」


「それを威張って交際に入れてくるとは……ぐうの音が出ないとはこの事だわい」


 シバさんは呆れたように首をすくめてみせる。


「ぐぅー。ぐぅ出たよ?」


 シバさん横で、イクはじゃんけんのぐーを出して見せつけるのだった。


 


 ※※※※


 一行が到着した先には、二頭の馬と、馬車……そして仁王立ちのマギアが待ち受けていた。


「遅いわよ……。何をやっていたの! まさか、また男同士でイチャイチャと……あんなことやこんなことを……キィぃィィィ」


 マギアの血管がまたしてもブチ切れそうに浮かび上がっていた。

 

「なんでそうなるんだよ……。そんなに急いでるんなら、今すぐ出発しようぜ」


 勇者が馬へと跨る。

 リンデは買い込んだ荷物を馬車の中へと運びこみ終えると、太平達を馬車の中へと案内する。馬車の中は思いのほか広く、四人ほどなら寝泊まりできそうなスペースがあった。

 太平が馬車の中にの荷物を整理していると、性懲りもなく口喧嘩を続けているマギアと勇者の声が聞こえてくる。


「わかったわよ。さっさと行ってさっさと片付けましょう。魔獣の一匹や二匹なんてすぐでしょ」


 マギアはもう一頭の馬へと跨ると、勇者の横へと馬を寄せる。


「いや、確か俺の聞いた話だと、一匹、二匹じゃなく、百から二百だって聞いたぜ?」


「ちょ、ちょっと間違えただけでしょ! ふん、大して変わらないじゃない!!」


「一と百がちょっとしか変わらないとか……。お前は本当に宮廷魔術師の血筋か?」


「五月蝿い! ばーか! ばーか!」


 マギアは己のミスを誤魔化すように馬を走らせた。勇者もヤレヤレといった感じでそれに着いて行く。その会話の中のある言葉に、太平が動きを止めて振り返る。


「いま百匹の魔獣がどうとか聞こえましたけど……。き、聞き間違いかなぁ〜」


 太平は手綱を握っているリンデに恐る恐る尋ねてみる。


「あ、はい。そうですけど? どうかしましたか?」


 リンデは何事もないかのように平然と応えた。対して太平は言葉を無くして天を仰いだ。

 走りだした馬車は、砂埃を上げながら風を切って進んでいく。イクはリンデの隣りに座って、走る馬のお尻を不思議そうに見つめていた。

 

「これが馬……。後で味見ペロペロ……」


 プリプリとした馬のお尻が、イクには美味しそうに見えたに違いない。


「うげぇ……。吾輩は乗り物に弱いようだ……」


 シバさんは、青白い顔色で今にも吐きそうにして、近くにあった桶の中に頭を突っ込んでは、ゲーゲーと唸りを上げている。しかし、その横で太平は、シバさん以上に青白い顔をしていた。


「俺達はこれから、百匹だかの魔獣を倒しに行くと……」


 自分で言っておきながら、あまりに言葉の意味が非現実的すぎて実感できなかった。そんな言葉を口にするだけで、今にも吐いてしまいそうだった。


「はい、そうなりますね」


 風になびく髪を気にしながら、リンデはまたもあっさり応える。

 太平はシバさんの横に並んでしゃがみ込むと、真似をするように桶の中に頭を突っ込んだ。

 そして……

 

「聞いてないよぉぉォォォォォォ!!」


 と、リンデに聞こえないように大絶叫するのだった。


 

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