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33 女性は見た!


「あぁ、世界滅びないかなぁ……」


 開口一番こうである。

 よれよれのTシャツにトランクス姿の太平は、やる気の欠片も見当たらないとろんとした目付きで、布団の上で横になりながら世界が滅んでしまうことを望んでいた。

 何故世界に滅んでもらいたいのか?

 理由は至極単純である。


 無職だからだ!


 ドラゴン騒ぎが終わり一件落着、万々歳! と思ったのもつかの間、太平はファンタジーの欠片もない現実的な問題に直面する。

 仕事探しである。

 現在無職である太平は、なんとかして金を得るために仕事を見つけなければならないのだが、ヴァンパイア化の後遺症のせいで、太陽の下に出ると『だるくてやってらんねぇ……。取り敢えず寝とくか……』状態に陥ってしまい、ここ数日というもの、夜はネットサーフィンで時間を潰し、日の出ている時間は布団の中でゴロゴロしているという、闇の眷属的には間違っていないかもしれないが、成人男性としてはクズとしか言いようのない毎日を過ごしてしまっていた。


「我輩には、太平はヴァンパイア云々関係なく、前からそんな生活を送っていたような気がしてならないのだがのぉ……」


 シバさんは当然のように太平の部屋の中に上がり込んでは、ゲームのコントローラー相手に悪戦苦闘をしている。

 その横で男物のTシャツ一枚だけを身に着けたイクが、ゲームの画面を体育座りの姿勢で、瞬き一つしないで見つめていた。


「イク、ゲームの画面見てて楽しいか?」


 太平は布団の上で大きく伸びをしながら、不動の状態のままのイクに尋ねた。


「ゲームの画面なんて見ていない。前を見ているだけ」


 イクの座っている場所から、たまたま眼に入るのがゲーム画面であり、別段見たくて見たいわけではないようだ。


「そんな事より、太平よ! 散歩行こうぜ!!」


 シバさんはゲームのコントローラーを無造作に投げつけると、自ら用意した散歩用のリードを手に持って尻尾をフリフリしていた。

 

「散歩……」


 散歩のワードに反応してか、イクがおもむろに立ち上がる。

 

「散歩!」


「散歩……」


「散歩!」


「散歩……」


 テンションがまるで違う二パターンの散歩コールが、左右からのステレオになって六畳の太平の部屋の中を覆い尽くした。


「わかった! わかったから!」


 こうして、シバさんとイクが早朝に散歩に連れ出すことで、太平の生活リズムは夜型から健康的な朝型へと変化することが出来たのだった。

 めでたしめでたし。



 だが、事件は予想もつかない場所で起こっていた!!



 ※※※※


「怪しい……。絶対に怪しい!!」


 女は爪を噛みながら、眉間にしわを寄せていた。

 

「やっぱり……。確かめてみないと……」


 決意に満ちた瞳には真紅の炎が灯り、背景にはこれまたご丁寧に虎がガォーっと吠える演出まで出ていた。

 つまり、この女はやる気になっていたのだ。



 ※※※※※


「生活パターンが良くなったからといって、仕事が見つかるのとは関係無いんだな、うん」


 日がな一日、パソコンと睨み合って仕事を探してみたものの、条件の良い仕事は一つも見つからず、太平は深い溜息をついた。

 仕事を探している太平を邪魔しないために気を利かしたのか、はたまた横で見ていて退屈だったのか、シバさんとイクは何処かに行ってしまっており、部屋には太平一人きり。ほんの少し前までは、一人で居るのが当たり前の部屋だったのに、なんだか部屋の中がガラーンと寂しくなったように思えた。

 

「ちょっと柔軟体操でもするかなぁ……」


 あいも変わらず部屋の中では、Tシャツにトランクスの太平は、すっくと立ち上がると、まずは首をゆっくりと回してみる。ゴリゴリと骨の鳴る音が耳に響く。

 その瞬間。もはや何回目かわからないが、扉が蹴破られた……。



「よぉ! 酒でも飲もうじゃねぇか!」


な長髪の金髪を振り乱し、上半身は裸でダメージジーンズをという、ギターを持ったら似合いそうな出で立ちで現れたのは、毎度のことながらのすでに泥酔状態の勇者であった。

 勇者の手には、聖剣ではなく一升瓶が握られており、その中身はすでに半分ほどなくなっていた。

 

「おいおい、飲みたくないとか言っても、俺は飲ますぜ! 無理やりにでも飲まずぜぇ! 超飲まずぜぇ!」


 土足でズカズカと入り込むと、酒臭い息を吐き出しながら、太平の元へと迫り来る。

 

 ――逃げなきゃ!


 と、太平が《逃げる》コマンドを選択した時には、もはや既に遅かった。

 勇者はどこぞの背中に鬼が浮かび上がる格闘家グラップラーのように、両手を大きく広げた構えを取る。もはや、前方に逃げ場なく、後方は壁状態。

 RPGゲームなどでは、魔王から逃げられないように、勇者(酔っぱらい)からも逃げられないのだ。

 逃げ場を無くした太平は、勇者の持っている一升瓶を無理やり口に咥えさせられるはめに……。

 と、その時である。

 

「おっとっと……」


 千鳥足の勇者が、足を滑らせてすっ転びかける。

 今がチャンスとばかりに、太平はこの機を逃がさずに、ここからの退避行動を取ろうとして……これまた足を滑らせた。

 その結果……二人の身体が交差して絡みあった。

 簡単に説明すると……。

 つんのめった太平はその時トランクスを何かに引っ掛けて半分ケツが丸見えになった状態で、四つん這いの姿勢になる。そして勇者はこれまた偶然に、太平の身体にのしかかるよう状態になる。そして、二人は今は顔を向かい合わせている。背景にはバラの花なんかが大量に咲き乱れるていると、とてもマッチしている風景と言えよう。

 こんな所を誰かに見られたならば、言い訳のしようもない状況だった。

 そして、こういう素敵なシーンは誰かが見てしまうと相場が決まっているのだ!


「キャァァァァァァァァァァァァッ!!」


 黄色い女性の悲鳴が、開けっ放しになったままの玄関のドアの方から聞こえた。

 

「まさか……何かあるとは思っていたけど。こんな、こんな事になっていたなんて……」


 声の主は、手に持った大きな宝玉の付いた杖にしがみつくようにして、片膝をつきながらも今にも崩れ落ちそうになっている身体を支えていた。


「ん? まさか……」


 勇者が女性の声に反応した。

 そして振り返ろうとした時に、これまた本当に偶然に、何の他意もなく、太平のズリ落ちかけているトランクスに手が引っかかってしまった。

 

「いゃぁぁぁん」


 太平が男とは思えない声を上げた。

 そう、勇者の手によって太平の下半身は丸出しになってしまったのだ。

 だが勇者はそんなことは気にもしない。何故ならば勇者だから、さらに泥酔者だから。

 しかし、それを目にしている女性、気にしていた、もの凄く気にしていた!!


「勇者のホモ野郎ォォォォォォ!!」


 まばゆい光が杖の宝玉から放たれると、部屋の中を高エネルギー体で覆い尽くした。そして、それがはじけ飛ぶと同時に、この部屋、それどころかアパート自体が灰燼と化す――となる所を、咄嗟に聖剣を召喚した勇者がそのエネルギーを相殺する事に成功した。


「あっぶねぇなぁ!」


 勇者は聖剣を体内に戻すと、謎の女に相対する。

 この時、太平は既に気を失っていた。下半身丸出しのままで……。

 

「しかし驚いた……。まさか、お前がこっちの世界に来てるなんて……」


「お、驚いたのはこっちの方よ! 何時も仕事が終わると、急かせかと帰っちゃうから、何かあるのかと思って付けてきたら……。そ、そんなふしだらな関係を築いていたなんて!!」


 謎の女はわなわなと震えていた。わなわなと震えながらも、しっかりと太平と勇者の絡みあったシーンは脳内に保存していた。

 この女性、そう言うカップリングもいける口なのだ。

 

 

「マギア、お前そんなことのために、《ゲート》を使ってこっちに来たのかよ……」


「そんなことって何よ! 大事な事でしょーが! ばーか! ばーか!」


 マギアと呼ばれた女性は、腰まである艶やかな黒髪で、身長百七十センチを超えるスラっとした長身の女性だった。長いまつ毛と少し痩せた頬が、しっとりとした大人の女性のイメージを与えてくれる。だが、この言動ではそれも台無しだった。


「誰……この人……」


「うぬぬぬ、何者だ?」


 タイミングが良いというのか悪いというのか、イクとシバさんが部屋に戻ってきた。

 流石にイクとシバさんは、太平と勇者の絡みあった状況を見ても、もはや慣れたもので動揺一つしない。

 だが、イクとシバさんを見たマギアの方は違っていた。


「……こ、子供まで……。子供まで作っていたの?! ねぇ、どうやって!? どうやって男同士で子供を作ったのよぉォォ! さらに犬? 犬まで? 獣人……。獣人の恋人が他にもいるのね……。あ、あはははは……。もう終わり、色々と全部終わりよォォォォ!!」


「待てマギア! 冷静になれ!」


 勇者は一瞬にして酔いから冷めていた。いやさ、冷めざるを得なかった。

 何故ならば、理性を無くしたマギアが、手に持った聖杖せいじょうアヴァロンに、己の魔力を無尽蔵に込めはじめていたからである。

 聖杖アヴァロン。それは勇者の持つ聖剣デュランダルと並ぶ聖なる武具の一つである。能力の一つとして、聖杖アヴァロンは込められた魔力を増幅する力を持っている。

 その力を知っている勇者は、いまこのアヴァロンに込められた魔力が、シャレにならないレベルに到達していることを理解していた。

 

「こりゃ、どうにもならんぞ……」


 この状況に対処しようにも、残念ながら勇者は防御魔法に精通してはいなかった。

 

 ――もう成るように成れ、まぁ自分だけならなんとか生き残れるだろう……。


 と、勇者がさじを投げた時。


「ゲフッ……」


 マギアが白目をむいて、潰された蛙のようにその場にへたり込んだ。

 そして手から離れたアヴァロンをつまみ上げて、外へと放り投げたのは……イクだった。

 

「これ……眩しいから……」


 イクは目にも留まらぬ速さで、マギアのみぞおちにパンチを浴びせていたのだ。

 こうして蓄積された魔力は放出されること無く次第にその輝きを失っていき、数分後には光は完全に消え去っていた。


「ちみっ子……相変わらず凄いな……」


 勇者は純粋に感心した。そしてグッタリとしたままピクリとも動かないマギアを見て、


 ――どうすりゃいいんだよ……。


 と、頭を抱えるのだった。


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