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32 さよならのキス。


「さてと、やっと静かになった所で、こっちの話をしようじゃないのさ」


 ルルの目付きが一変して、炎すら凍らせてしまうような極寒なものへと変わる。もし、ここに居たのが、ガル爺ではなく太平であったならば、尿を大量に漏らしたに違いない。しかし、ガル爺は柳のように、それを軽く受け流しては、愛おしい孫娘でも見るかのような表情を見せた。


「ほっほっほ、怖い怖い。老い先短いジジイを怖がらせないで欲しいもんじゃのぉ」


 言葉に怖がると出しているものの、その表情からは恐怖の欠片も見当たりはしなかった。


「お前さんが気になっているのは、魔王のことだろう? 大丈夫、あっちの内乱は小規模なもので収まったようじゃ。さらに、首謀者である赤竜バルカンを捕まえたとあれば、炎竜王も矛を収めるじゃろうて」


「落とし所は、このチンケな赤竜が勝手にやったことで、炎竜王は無関係って所で終わるんだろうね」


「そうなるじゃろうな。これ以上炎竜王に責任を追求することになれば、この火種は何処に飛び火するかわからんからのぉ……。優しい魔王のことじゃ、穏便に事を済ませるに違いないわい」


「たまには、あの子にも魔神族の権威ってもんを少しは見せて欲しいんだけどね……」


 ルルは深い深いため息を一つついた。

 《魔神族》それは魔界において希少種族である。神に匹敵する魔力を持つ種族として、竜族ともども代々崇められてきたのだが、性格は凶暴かつ冷酷なものが多く畏怖されることが多かった。その中で、魔王はこれまでにない優しい魔神族として、魔界を統べる地位についたのだった。


「まぁ、魔王には例の噂もあるからのぉ……」


「ガルブレン!」


 ルルが初めて感情を露わにして叫んだ。


「おっと、その話は口外禁止だったわい。すまんすまん」


 ガル爺はしまったとばかりに慌てて口を抑えた。


「良かったわ。その話を続けるようだったら、わたしはアンタを本気でぶち殺さなきゃならないところだったから」


 その言葉には嘘偽りはなかった。すでにルルの右腕には禍々しいオーラが充満しており、即座にガルブレンの首をもぎ取る用意が完了していたのだから……。



 ※※※※


「ケーキ、ケーキ、ケーキをペロペロ」


 行進よろしく、元気よく手足を大きく振って歩くイクは、MPが減りそうな謎の歌を口ずさみながらケーキを求めてコンビニへと向かっていた。


「け、ケーキ、ケーキ、ペ、ペロペロ」


 恥ずかしそうにしながらも、エミリアはイクの歌う謎を一緒に歌っていた。

 太平は左右からステレオで流れてくる、謎の歌を聞かされてうんざりした表情を浮かべながら歩くのだった。

 歩くこと十分ほどで、三人はお目当てのコンビニへと辿り着くことが出来た。

 住宅街からすこしばかり離れたところにあるコンビニは、正直繁盛しているとはいえなかった。特にこの深夜の時間帯は、いつもガラガラで店員が暇そうに雑誌を読んでいることが多かった。


「……いらっしゃいませぇ」


 自動ドアが開くのに合わせて、中年の店員は面倒くさそうにいらっしゃいませを言った。実はこの店員、この店のオーナーである。夜勤バイトに急遽やめられてしまい、やむなくみずからが夜勤に出る羽目になってしまったのである。

 普段ならば、お客のことなど気にもとめないオーナーであったが、今回ばかりは別である。こんな深夜の時間帯に、野暮ったい青年が、小学生の女の子を二人連れてやってきたのだ。


 ――事件だ! 事件の匂いがする!


 ほのかにロリコンオーラが漂う太平故に、オーナーがそう思ってしまうのは仕方のない事と言えよう。

 

「ケーキ、ケーキ!」


「はわわ〜。これがコンビニなんですね! 初めて見ました〜! 初めてでごめんなさいですぅ!」


 イクとエミリアのテンションはうなぎ登りに上がっていた。

 イクはすぐさま洋菓子コーナーへと猛ダッシュ。エミリアは店内を上京したてのお上りさんのように、きょろきょろと見渡しては、目につく物一つ一つに感嘆の声をあげていた。そして、興奮するがあまり、ドレスの中に隠されている尻尾がチラリちらりと顔を出してしまっていることにも気がついていなかった。


 ――し、尻尾! こ、コスプレって言う奴なのか? うむ、こんなドレスを着させて尻尾つけさせるとは、この青年、かなりマニアックなプレイをしているに違いない……。 


 オーナーの太平に対する怪しみ度はマックスに達しようとしていた。何かあれば、すぐさま警察に電話をする準備を整えながら、このあきらかに怪しい三人組の一挙手一投足を、コソコソとレジ付近の柱の陰に隠れながら見守っていた。

 

「ケーキあった! 太平、ケーキ! ケーキ! 早くペロペロしたい!」


 洋菓子コーナーでケーキを発見したイクは、今まさに舌を出してペロペロと舐めだし始めていた。


「ダメ! ペロペロは家に帰ってからだから!」


 太平は、イクがケーキに向かって舌を出しかけた所で静止させた。


「……わかった。ペロペロは我慢する」


 イクは残念そうに舌先を引っ込めた。


 ――ペ、ペロペロは家に帰ってから……だとぉぉぉぉ! この青年、こんな小学校低学年の幼女に、ペ、ペロペロをさせているだと! なんと、なんと羨ま……もといけしからん! 通報だ! 今すぐ通報するしか!!


 オーナーが通報しようと、携帯に手を伸ばしかけた刹那。


「あ、あのぉ、これを買いたいのですけれどもぉ……。よくわかってなくでごめんなさいです」


 エミリアがすまなそうに一度お辞儀して、レジカウンターの上に買い物かごを置いた。


「あ、はい。いらっしゃいませ」


 オーナーは条件反射的に『いらっしゃいませ』を言うと、これまた条件反射的にカゴの中にある無数のショートケーキのバーコードをスキャンし始めた。


「ケーキ、ケーキ、ケーキ」


 ピョンピョン飛び跳ねながら、スキャンされていくショートケーキを、もはや待ちきれないとばかりに、手を出そうとするイク。


「はいはい、イクは静かにしてような」


 太平は、そのイクの手をギュッと握って落ち着かさせた。

 

「二千三百円になります」

 

 太平達のやり取りを気にしながらも、オーナーはレジに表示された金額を読み上げた。

 

「えっと、こちらの通貨はよくわからないんですけれども、これで宜しいでしょうか?」


 エミリアは懐から金貨を十枚ほど取り出して、カウンターの上に並べてみせた。


「へ? これは……? 何? 金……貨?」


 オーナーはカウンターに置かれた金貨を手にとって、まじまじと眺めた。


「あの、これじゃ困るんだけど……」


「ご、ごめんなさい! これじゃたりませんでしたか? それでは、こちらの宝石を……」


 そう言って、エミリアは指につけていた指輪を一つカウンターの上においた。その指輪は、キラキラと目にも眩しいほどの輝きを放っていた。

 

 ――こいつら俺をからかっているのか!! 


 と、オーナーは一瞬逆上しかかったが、よくよく見てみればまるで本物の宝石のように見えるではないか。まさか、こんな小さい女の子が本物の宝石やら、金貨を持っているわけはない……と思いながらも、たかだかケーキの代金なんだから、これでもいいんじゃないのか? と言う、訳の分からない思いが交錯し始めていた。


「うぅぅぅ、そうですよね。こちらの硬貨でないとダメですよね。ごめんなさいですぅ」


 涙目になるエミリアを見て、オーナーの心の中にある何かが音を立てて目覚めた。


 キュン


 ――なんと! なんとかわいらしいんだ! こんなかわいらしい子が出してくれたものならば、偽物だろうとなんだろうと良いじゃないか! ああ、そうさ! ケーキなんざいくらでもくれてやるってもんだ! どうせ、売れ残って期限切れになるんだろうし……。


 そう、このオーナーも紛れも無くロリコンの熱い血を持つ男だったのである!

 

「いいえ! これで大丈夫です! ありがとうございましたー!」


「え? 本当ですかぁ? よかったぁ」


 少女の笑顔を見て、オーナーは『これが一番の代金だぜ!』と心の底から思うのであった。

 こうしてコンビニを後にする三人を見送ったオーナーが、通報することを忘れていたことに気がつくのはかなり後のことだった……。


 後日談。

 一週間後、ここのコンビニは閉店することになる。

 その理由とは……。

 冗談半分で、金貨と指輪を鑑定に出してみたオーナーは、それが本物であることを知らさせる。それを売り払ったオーナーはそのお金で海外に別荘を購入。もうコンビニ経営なんてやってられるかとばかりに、悠々自適に老後を過ごすことに成功するのである。

 


 ※※※※


「はぁ……。どうしてわたしが人間の世界を修復などしなければいけないのか……」


 転移魔法で、どてっ腹に穴の空いた山に到着したグラードは、ブツブツと文句を垂れ流していた。


「しかし、何をどうすれば山に穴が空くのか……。バルカンのような小物にこのような力はないはず……。ふん、きっとあのアバズレヴァンパイアの仕業に違いあるまい。高貴なる竜族が、ヴァンパイアの尻拭いをするとは……」


 グラードは何かと不平の多い男だったが、それにも増して優秀な竜族でもあった。文句をぶつぶつと言いながらも、再生魔法を詠唱しては見る見るうちに山に空いた大穴は、何事もなかったかのように修復されていった。

 

「次は遊園地? だったな」


 またも転移魔法を詠唱すると、グラードは遊園地へと舞い降りた。

 

「汚らわしい下等な人間の匂いがプンプンする……」


 竜族の鋭い嗅覚が、日中人で溢れていた遊園地の匂いを嗅ぎ取ってしまったのだ。


「いっそ人間もろともこんな世界吹き飛ばしてしまえば良いのに……。おっと、こんなことばかりを考えているから、いつか裏切りそうな腹黒キャラなどと言われてしまうのだな……」


 グラードは自分の評判をよく理解していたが、それを直そうとも思わなかった。


「あの方さえ蘇れば……人間など……」


 そこまで呟いて、グラードは大きく首を振った。


「いかんいかん、またしても意味ありげな台詞を、意味ありげな影のある表情でつぶやいてしまった……」


 ブツブツブツと何かを言いながらも、グラードは遊園地の修復をさっさと終わらせると、転移魔法でガルブレンの元へと戻るのだった。



 ※※※※


「ケーキ!」


「お祖父様、いま戻りましたー」


「修復終了致しました」


 偶然にも、太平たち一行と、グラードは同じタイミングで超次元荘へと戻ってきた。太平と顔をつき合わしたグラードは露骨に嫌な顔をしたが、『わたしは先に戻ります』と一言だけ告げると、そのまま物置小屋のゲートの中へと消えていった。


「あからさまに怪しいやつだよな……。絶対裏で世界滅亡とか狙ってそうだ……」


「まぁまぁ、あれは奴のキャラの一つみたいなもんじゃから、気にせんでやってくれ」


「あそこまで露骨に怪しいと、逆に怪しくないのかもしれないな……」


 本当に怪しい奴は、誰の目にもわかるような怪しげな振る舞いをしたりはしない。そう考えると、あのグラードの行動は自分からキャラ付けのためのもので、むしろ滑稽な奴に思えるから不思議である。


「竜族は変わり者が多いからね。あんなのも居るわよ」


 自分がまるで常識的なヴァンパイアであると言わんばかりの言い様で、ルルは言ってのけた。


「兎に角、おかえりなさい。それでケーキとやらは買えたのかしら?」


「ふん!」


 ルルの問いかけに、イクは自慢気にケーキの入ったコンビニの袋をつきだしてみせた。

 

「それじゃ、これで一件落着ってことね。これでやっと元の世界に戻れるわ。……って、一つ大事な事を忘れてたわ」


「大事な事ってなに……」


 とそこまで言いかけて、太平は言葉を失った。

 ルルの唇が太平の首筋に触れたかと思うと、そのまま牙を突き立てたからである。


「はぁ、はぁうん……」


 太平の口から気持ちの悪い吐息が漏れた。首筋に刺さったルルの牙からもたらされる感触は、痛みではなく、この世の何ものにも勝るような快楽的感覚を太平に与えたからだ。

 時間にして、ほんの数秒ほどの出来事だったが、太平には無限のように感じられた。この時、太平はダボッとしたズボンを履いていたことに感謝した。何故ならば、この時の太平は勃起してしまっていたからである。


「ふぅ」


 ルルは首筋に突き立てた牙を離すと同時に、いたずらっぽく熱い吐息を太平の首筋に吹きかけた。その拍子に太平はビクンビクンと、まるで生きの良い魚のように身体を仰け反らせた。


「これでアナタは元の人間に戻ったわ。まぁ数日は幾らか後遺症があるかもしれないけれど、そのうち完全に元に戻るから安心しなさい」


「じゃ今のは、ヴァンパイアの力を吸い取ったってことですか」


「まぁそんなものかしら。わたしとしてはちょっと残念だけど、ヴァンパイアとしてこの世界で暮らすのは大変でしょ? それに、魔王に怒られちゃうし……。知ってる? あの子ってば、怒ると怖いのよ?」


「魔王さんが怒る……。イマイチ想像つかないな……」


 太平が見ている魔王の姿といえば、毎朝朝ご飯を作ってくれては、イクを見てニンマリと笑みを浮かべている姿ばかりだった。


「しかし、これで元に戻ったとなると、ちょっと残念な気がしないでもないな……」


 ルルに元に戻ったと言われても、太平には何の実感もなかった。自分の身体を確かめるように、腕を回したりしてみると、確かに身体の奥から湧き上がるような力がなくなったような気がした。


「あと、これは手伝ってくれたお礼」


「え?」


 不意をついて、ルルは優しく自分の唇と太平の唇を重ね合わせる。それはまるで挨拶のような軽いキスだった。


「エッチですぅ!破廉恥ですぅ! ごめんなさいですぅぅぅ!!」


 その光景を目にしたエミリアが、声帯をひっくり返したかのような甲高い声を上げた。


「うふふふ、普通のキスよ。それじゃまたね」


 それは魅惑の魔法のキスでもなく、体力を分け与えるキスでもなく、ただの、ごく普通の恋人同士が交わす、極々当たり前のキスだった……。

 ルルは背中を向けたまま手を振ると、そのまま振り返ること無く物置小屋のゲートの中へと消えていった。


「それでは、わしらもおいとまするかのぉ〜。いくぞ、エミリア」


「あ、はい! それでは、色々お騒がせしてごめんなさいでしたぁ!」


 ペコリペコリと、太平、イク、一人ひとりに対して頭を下げると、ガルブレンの後を追いかけるように、ゲートの中へと姿を消した。

 太平は見送りながらも、自分の唇を指で触っていた。まだ、ルルの唇の感触が残っているような気がして、この感覚を一生ものの思い出として脳内ハードディスクに保存しておこうと心に決めるのだった。


「ケーキ! ペロペロするよ?」


 そんな太平の袖口を引っ張って、イクは部屋に戻ることを急かす。


「わかった、わかったって。だから袖を引っ張るな! 伸びちまうだろ」


 部屋に戻った二人を待ち構えていたのは……。


「どうだ! 見たか! 全コースのレコードを塗り替えてやったわい!」


 一心不乱にマ○オーカートをやり続けていたシバさんの姿だった……。

 


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