30 怒りのレーザービーム。
「ふふ〜ん、面白い子ね」
ルルは太平の口と融合しかかっている聖剣ドラゴンスレイヤーを回収して宝玉に戻す。
「あら、かっこいい顔になっちゃって……」
太平の顔は、強度の火傷で崩れ落ち、さらには頭蓋までが露出しかかっていた。普通であれば目を背けたくなるどころか、吐き気すら催すレベルのグロテスク差だというのに、ルルはその姿を見て、美術品を愛でるような美しさを感じ取っていた。
「うふふ」
ルルは太平の身体を優しく抱きかかえる。そして溶けてしまってる頬に、ほほ笑みを浮かべてなぞるように手を添える。太平の肌はまだ熱を帯びていて、ルルの手のひらにその暖かさが伝わってくる。
「頑張ったご褒美をあげないといけないわね」
左手を頬に添えたまま、ルルは太平の唇に自分の唇を重ねた。ルルの口内からはボンヤリとした蛍火のような光が見え、それが太平の中へと注がれていく。これはただのキスではなく、ルルの膨大な魔力を太平の体内へと注ぎこむ為の儀式であった。
魔力を受けた太平の身体は、みるみるうちに力を取り戻し、その再生能力を発揮しだした。見るも無残であった顔は、次第に何処にでもいそうな平凡な男の顔、すなわち太平の元の顔へと戻っていったのだった。
「これでよし! 後、意識は……そのうち戻るでしょ」
ルルは太平の身体をベンチに寝かしつけると、周りの惨状に目を向けた。遊園地のメリーゴーランドは赤竜バルカンの魔法の余波を喰らって大破し、園内に植えられていた植物たちは枯れ木になるどころか、完全に燃え尽きてしまい跡形もなくなっていた。
「戦いは結界で周りに気が付かれないようにはしておいたけれど、この損害だけはどうしようもないわね……」
ルルは二秒ほど頭を悩ませたのだが……。
「まっ、悪いのは竜族なわけだし、わたしはなんにも悪く無いわ。うんうん、何も悪くなぁ〜い。だから、気にしない、気にしないっと。夜中に怪獣が暴れたとでも思ってくれればいいでしょ。この世界の人間ってそういうゴシップ的なお話大好きそうだしね」
我関せずとばかりに、状況を放棄するのだった。
※※※※
「え……。ここは何処だ?」
時間にして十数分後、太平が気がついたのは空の上だった。
「やっと目が覚めたのね、ねぼすけさん」
そう言ってルルは太平の鼻の頭を指先で弾いてみせた。
「イテッ!? って、あれ? 顔が治ってる!? それに腕も……ある!」
自分の身体が元に戻っていることを確認した太平は、自分の今置かれている状況をなんとなく理解した。
「終わったんですね?」
「そうよ。よく頑張ったわ。本当にこのまま眷属として使役したいくらいよ」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
ルルに抱えられている体勢のまま、丁寧に頭を下げてみせる。
「残念だわ。あなたを人間に戻さなきゃいけないなんて」
「ボクも残念ですよ……って、え!? 戻れるんですか人間に!」
「だから言ったでしょ? 不完全なヴァンパイアだって。わたしだって魔王の知り合いを眷属にするわけにもいかないから、そこらへんは調整しておいたのよ」
太平に赤竜バルカンと戦えるだけのヴァンパイア能力を与えながらも、聖剣ドラゴンスレイヤーで消滅してしまわないように人間性を残す、このバランスにルルはかなりの苦心を凝らしていたのだった。
「まぁそれはアパートとやらに戻ってからね」
「はい! ……でも、ちょっと惜しいような気もするなぁ……」
体の一部分を欠損してもすぐに復活する能力、人間を遥かに凌駕する身体能力、それはまるでスーパーマンのような力であり、男の子の憧れでもある。それを手放すことは、惜しいと思うのは無理もなかった。が、昼は太陽に焼かれるわ、夜な夜な血を求めて彷徨わなければならいわ、さらにまたしてもこのような命がけの戦いに巻き込まれないとも限らない。これを天秤にかけてみれば、我が身が可愛い方に、あっさりと傾くのは当然と言えた。
こうして二人がアパートのそばまでやってきた時、不意に強烈な光が二人を照らしだした。
「サ、サーチライト?!」
それはアパートの庭から、空を見上げているイクの目から発せられる光だった。
「遅いよ……」
イクは太平たちが帰ってくるまで、直立不動で空を見上げながらアパートの庭で待っていたのだ。その視線から放たれる光は、まるでサーチライトのように夜の空を照らし出していた。
そしてこのイクの光を目にした太平とルルは、同時に顔を見合わせてあることを思い出した。
「ケーキ!」
命がけの戦い故に、二人はイクに買ってきてあげると約束したケーキのことを、完全に失念してしまっていたのだ。
「ヤバイ……ケーキを買ってきてないことがわかったら……」
太平は赤竜バルカンと戦った時以上の恐怖を覚えていた。
「え? なに、何ガタガタ震えてるの? あの子ってそんなに恐ろしい存在なの?!」
「うーむ、ヴァンパイアの体だから耐え切れる……かなぁ」
ケーキを買ってこなかったとわかった時に、イクの怒りのレーザービームに果たして自分は耐えうることが出来るのか……。太平は頭を悩ませるのだった。
「赤竜を倒した男が、なんでこんな小さい女の子にビビっちゃうのかしら? わたしにはさっぱりわからないわ」
この一分後、地上に降り立ったルルは、太平の言葉の意味を身を持って知ることになる。
※※※※
「な、何なのよ! この子!」
ルルは今までに一度も見せたことのない焦りの表情を見せていた。
それはケーキを買い忘れたことを伝えた瞬間、イクの指先から放たれた高出力のレーザーが、ルルの魔力結界をいとも簡単に貫いて、近くの山肌に大きな穴を開けたからである。
ルルはどうにか身体に当たるのを回避したのだが、あの赤竜バルカンの魔法の炎の中でも無傷だった衣服は大きな穴を開けられてしまっていた。
「ケーキ買ってくるって約束だったのに……」
このレーザーが太平に向けられなかったのは、約束をした相手がルルだったからに他ならない。しかし本気で身体に当てにいっていないところが、イクの優しさといえるだろうか。
「この世界の幼女はこんな力を持っているの……」
大穴の空いたドレスを魔力で修復しながら、ルルは太平に耳打ちをした。
「いや、この子はちょっと特別で……」
イクの事を説明しようと思った太平だったが、太平自身イクの生い立ちや、何者であるのかなど、何一つ知らないことに気がついただけだった。
「取り敢えずの解決方法としては、大急ぎでケーキを買ってくることしか……」
「そうね、もうそれしか方法はないわね。んで、ケーキ屋さんって何処に在るの?」
「えっと……って、うわぁぁこの時間じゃどの店も閉まっている!!」
「八方塞がりじゃないのよ! こうなったら、わたしが力を使って対抗するしか……って、魔王に力は使うなって言われてるのにぃ〜。なんでこうなるのよぉぉォォ!」
「太平……ケーキ……ケーキは?」
元から虚ろな目であるイクだったが、今の虚ろな目には狂気が含まれているようにしか、太平には思えなかった。
絶体絶命、そう思われた時、アパートの物置小屋から大きな光が放たれた。
「ほっほっほ、ケーキならば、このおじいちゃんがあげようではないか」
物置小屋から現れいでたのは、口ひげを蓄えた威厳の有りそうな一人の老人。そしてその後から、長身で見目麗しい男とも女とも分からない中性的な人間が一人と、小柄で『すみません、すみません、どーもすみません』とペコペコと頭を下げ続ける少女が一人。
「あ、アンタ……地竜王!! なんでここに!?」
ルルが指差したのは、ひたすら頭を下げ続けている少女だった。




