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24 魅了(チャーム)

 顎に当てられた指が、まるで氷をあてがわれているかのように冷たかった。しかし、それは不快感ではなく、太平に甘美な感覚を与えた。そして太平は、瞳をとろけさせると同時に、思考能力を失っていった。


「危ない、危ない。これ以上やり過ぎると、戻ってこれなくなってしまうわ」


 ルルは、しまったとばかりに口元に手を当てる。そして、暗示でもかけるかのように、太平の目の前で指をパチンと鳴らしてみせた。


「はっ!? お、俺は一体……」


 目に正気の光が戻った太平は、慌てて辺りを見回した。そして一呼吸付いた後に、自分が何をされたのかということに気がついた。


「ヴァンパイアに血を吸われた……。ってことは。俺は屍鬼グールになっちまうのか!?」


 屍鬼グールとは、いわゆるゾンビのことである。『ウー』だの『アー』だの唸り声を挙げて、のそのそ歩く生きる死体、《リビングデッド》を意味する。

 ゾンビになった自分の姿を想像した太平は、あまりの恐ろしさに頭から一気に血の気が失われてき、顔面蒼白となった。


「安心しなさい、屍鬼グールになるのは、性交渉をすませたことのある人間だけよ。だから、大丈夫」


「な、な、な、なななななな……! 何を言ってくれはるんどすか!」


 何故か、太平は謎の京都弁を使った。それはあきらかに心の動揺が表に出たものだった。


「え? アナタどう見ても童貞でしょ?」


 ルルはとてもデリケートな問題を、サラリと言葉にしてのけてしまった。


「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!!」


 目線は落ち着きなくあらぬ方向見て、声は半分裏返ってどもりまくり。悲しいかなこの行動が、太平が女性経験が皆無であることを如実にあらわしていた。


「うふふふ、そんなに恥ずかしがることはないのよ。良いじゃない童貞。わたしは大好きよ?」


「そ、そうですか? 大好きですか?」


 童貞が大好きな銀髪美女が目の前にる。たとえそれが、ヴァンパイアであったとしても、なんと魅力的なことであろうか。ここで太平はプライドと欲望を天秤にかけた。そして、即座にその天秤は欲望の方に傾いたのだった。


「ボク童貞です!」


 清々しい笑顔で太平は言ってのけたのだった。


「はい、素直で宜しい」


 そう言って、ルルは優しく太平の頭を撫でた。ただ撫でただけだというのに、太平はまるで頭の皮膚に生殖器でもあるかのような、身悶えするほどの快感を覚えた。

 

 ――ああ、この美しいご主人様に、一生仕えて暮らしていきたい。そして、色んなお世話をしていきたい。そう、主にお風呂で背中を流したりとか……。


 太平の欲望は、ダダ漏れのよだれとなって、地面へと流れこんでいった。

 

「ちょっとばかし、魅了チャームが効きすぎたかしら……」


 ルルが少しばかりやり過ぎてしまったと、口元のへの字に曲げた頃、太平は自分の身体が日焼けでもしたかのように、異様に熱を持っていることを感じだしていた。


「あの……なんだかすごい熱い……。いや、熱いっていうか、これ燃えてる!?」


「ああ、言い忘れていたわ。ヴァンパイアになったのだから、太陽の日差しは天敵よ? わたしのように高位の存在ならばともかく、あなたのような下等レッサーヴァンパイアならば、長時間陽の光にあたっていれば燃え尽きて灰になってしまうわよ?」


「そ、そういう大事な事は、もっと早く言ってくれぇぇ!!」


 すでに太平の皮膚の一部分は、炎を上げて燃え始めていた。太平は火傷の痛みでピョンピョンとカエルのように飛び跳ねながら、急いで自分の部屋の中へと駆け込んでいった。


「うふふふ、魔王の言ってた通り、なかなかユニークでかわいい子じゃない」


 妖艶な笑みを浮かべながら、ルルは日傘をクルリと一回転させると、ゆっくりとした足取りで太平の部屋へと向かうのだった。



 ※※※※


「し、死ぬかと思った……」


 なんとか全焼を防ぐことが出来た太平は、息も絶え絶えになりながら、燃えかけた腕を台所の流し台で冷やしていた。言われた通り部屋の中で大人しく待っていたイクは、太平がいきなり部屋に飛び込んできたことに、首を傾げながら見守っていた。


「き、傷がない……?!」


 人間であれば確実に重度の火傷を追っていたはずの腕には、傷跡一つ残ってはいなかった。

イクが横から顔を出しては、太平の腕を興味深げにツンツンと突付いてみせた。


「痛みもない……」


 ほんの少し前までの顔が歪むほどの痛みは、綺麗さっぱり完全に消え去っていた。


「それはそうよ。アタナは太陽の光に弱くなるのと同様に、ヴァンパイアの強力な再生能力を手に入れたんですもの」


「麻緒……じゃない。知らない人……」


 イクは部屋に入ってきたルルを、物珍しそうにしげしげと眺めていた。とりわけ目に止まったのが、ルルの輝くような銀髪のようで、自分の髪の毛を手にとって見て、違いを確認していた。


「髪……。キラキラしていて綺麗」


「あら、嬉しい事言ってくれるわね。アナタもとっても可愛らしいわよ」


 ルルはイクと視線を合わせるようにしゃがむと、瞳を見つめながら子供をあやすように頭を撫でた。イクはキョトンとした様子で、それを受け入れた。

 その様子を見て、ルルが小首を傾げる。


「おかしいわね……。この子には魅了チャームが効かないわ……。わたしの魅了チャーム抵抗レジストするなんて……。この子、高位の防御術式を展開しているの……?」


 勿論、イクは防御術式など展開はしていない。ルルの魅了チャームの魔力は生物に対して有効なものであって、機械であるイクには効果がないだけなのだ。


「まぁいいわ。えっと……」


 ルルは太平を指差して、途中で言葉を詰まらせた。どうやら、名前を覚えていなかったらしい。


「あ、あの、俺の名前は太平たいへいですけど……」


「そうそう、太平がいれば、当初の目的は遂行できるから」


「目的? あの、その、未だに何のために何処からやってきたのかさっぱりなんですが……」


「うん? それはそうよ。だって何も説明してないんですもの。わかったとしたら、アナタ、私の精神防壁を破って心を読んだことになるわ。まぁ、あんなに簡単に従僕にされちゃうような人間に、そんな芸当ができるとは思えないけどね」


「どうも、魔王さんの知り合いっぽいですけど、一体アナタは……」


「わたしはね……。ふわぁ〜」


 何か言葉を言いかけて、ルルは大きく口を開けてあくびをしてしまった。


「駄目だわぁ〜。やっぱりお昼ってば眠いわよねぇ」


「は、はぁ?」


「わたしたちって、夜の種族なわけじゃない? お昼は基本眠るものなのよ」


「はぁそうですか……」


「そんなわけだから……。取り敢えず夜まで寝かせてもらうわね」


「は?」


 それだけ言うと、ルルは太平の部屋の中に敷かれていた布団に倒れこんだ。そして、そのままスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまったのだった。


「はぁぁぁぁぁ!?」


「この人、イクのお布団で寝ちゃったよ?」


 自分の居場所をとられたように感じてしまったイクは、不快そうな表情を見せたて布団の上から引っ張りだそうとした。しかし、キラキラと輝く銀色の髪に目を奪われてしまい、恐る恐る銀色の髪を撫でては、満足そうに目を細めるのだった。

 そんな微笑ましいイクとは正反対に、太平の頭のなかは混乱のるつぼに陥っていた。


「どうすりゃいいんだよ。ってか、俺、ヴァンパイアになっちまったんだぞ!? これから一生太陽の下を歩けないのかよ……」


 太平は髪をかきむしりながら、落ち着きなく狭い部屋の中を右へ左へとウロウロし続ける。しかし、そんなことをしたとしても何の解決もならないことに気がついて、その場にしゃがみこんでしまった。


「ヴァンパイアとかあれだろ、すげぇ再生能力があったり、コウモリに変身できたり、永遠の命があったり、人間を超越した身体能力があったり……。あれ……? なんか、今より全然いいんじゃないか? 断然、無職で部屋に引きこもってるより、良くなってないか??」


 今の暮らしよりも、ヴァンパイアとしての暮らしのほうが、良いことに気がついてしまった太平は、悩むのをやめた。そして、このヴァンパイアとしての能力を活かして、どう生きていこうかと、前向きに捉えることにしたのだ。

 はてさて、そんな太平のことなど気に求めていないイクは、髪の毛の手触りを満喫し終えて、次のステップへと進もうとしていた。

 そう……


《味見》である。


「うーん……」


 艶めかしい吐息、ローブからはだけた真っ白い足、そして胸元には吸い込まれてしまいそうな谷間が見えていた。

 

「うん」


 狙いを付けることを終えたイクは、ためらうことなくその真っ白い足に自分の舌を這わせようとした。


「お、おぃ! お前何をやって……」


 太平はここで止めることが出来た。『やめろ!』と太平が命令すれば、イクは味見こと、ペロペロをやめたであろう。しかし、太平は敢えてその後の言葉を続けなかった。

 何故かは、言うまでもないだろう。

 お色気たっぷりの美女の生足を、幼女がペロペロする。そんなシーン、見たくないはずがないでないか! むしろ、今すぐビデオカメラを取ってきて録画したいほどであった。だが、いまカメラをスタンバイしている間に、一番いいシーンを見逃してしまう可能性もある。それを危惧した太平は、自分の眼で一挙手一投足見逃な採用に観察し、それを脳内ハードディスクに記録することを決めるのだった。

 そんな太平の思いなど知る由もなく、イクはルルの足の上に四つん這いでまたがると、まず鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。

 

「ふむ……」


 どうやら、イク的になにか思うところのあった匂いらしい。まるでソムリエのように、匂いをテイスティングし終えると、次はメインディッシュ……。そう生足である。

 イクが短くて可愛らしい舌をちょろっと出すと、そのままルルの太腿に向かってゆっくりと舌を這わせる。


「んっ……」


 イクの舌が段々と太腿から上に登って行くにつれて、ルルは悩ましい声を上げた。

 太平は瞬き一つ出来ずにいた。魅了チャームの魔力をかけられていた時以上に、太平はこの光景の虜になってしまっていた。

 さらにイクのペロペロはとどまることなく続いた。ルルの両太腿を唾液でベタベタネトネトにし尽くした後は、何を思ったか、耳たぶへと攻撃目標を変えたのだ!


「い、イク……。お前、お前すげぇわかってるよ! そう! そういうのすごく大事!」


 太平はイクの育て方を間違っていなかったと、腕を組んで満足そうに頷いた。

 遂にイクの舌先は、ルルの耳たぶへと……。

 しかも、今度は舐めるだけでなく、耳たぶをコリコリと優しく甘噛するするではないか!


「イク……。お前なんて立派に成長して……」


 太平は泣いていた。感動のあまり涙をこぼしていた。

 耳たぶをかじられたルルは、ビクッと身体を仰け反らせた。


「あん……」


 イクを払いのけるようにして、無意識のうちに身体を動かしたルルは……。そのせいで、腿の付け根のあたりまで、着衣がはだけてしまう。それどころか、胸の谷間も先端部分が見えてしまうのではないかと言うまでに露出するに至ったのだ。

 太平はこの光景を一生忘れないように胸に刻み込んでいた。

 そんなおり、太平の肩口に気配が……


「おいおい、これは完全に犯罪じゃないのか?」


 そこに音もなく唐突に現れたのは、シバさんだった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 太平は思わず大声を上げて壁際までゴキブリのように這いずりまわる。運良くこの絶叫の中でもルルが目を覚まさなかったのは。不幸中の幸いと言えた。

 

「お前は、イクになんてことをさせておるのだ! そういうことをする時は、吾輩も呼びなさい! 絶対に呼びなさい!」


 どうやらこの柴犬は、犬以外の女性にも性的興奮を覚えるようである。

 

「こ、これはあれだ! 違うんだよ! カクカクシカジカでな!」


「カクカクシカジカ言われてもわからんわい! 吾輩がわかるのは、太平が遂に性的犯罪に手を染めてしまったことぐらいだ」


「えぇい! めんどくせぇけど、全部説明してやるよ!」


 渋々と説明を始める太平を横目に、ペロペロタイムを終えたイクは……


「うーん。太平とぜんぜん違う味がした。ひんやりとしてて、ほんのり甘い中に、苦味が混ざっていて……それが舌の上でとろけるように混ざり合ってハーモニーを……」


 何処ぞのグルメ番組のレポーターになれそうなコメントを、真面目な顔で流暢りゅうちょうに語るのだった。



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