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23 ヴァンパイア。

 イクの日常


 イクの朝は早い。


「……」

 

 まだ朝日が登ったかどうかの時間にスリープモードから覚めたイクは、隣で馬鹿面をして眠りこけている太平の横にチョコンと正座をする。


「……」


 そして暫くの間、無言で太平の寝顔を見つめ続ける。


「うん。生きてる」


 太平の心音、体温、脈拍などデータから、太平が死亡していないことを確認すると、満足気に頷いてみせる。

 そうこうしているうちに、二階から『わんわん』の鳴き声が聞こえてくる。


「行かないと……」

 

 イクは物音を立てないようにこっそりと部屋を出ると、待ち合わせ相手のいるアパートの二階へと向かう。

 そして二○一号室のドアをノックすると……


「おう! 待っていたぞ!」


 そこには、ハァハァと興奮気味に息を荒げたシバさんが、リードを口にくわえて出迎えてく待ち構えているのだった。


「さぁ、レッツ散歩と洒落込もうではないか!」


 シバさんは猛烈に尻尾を振り回して、イクの周りをグルグルと数回った後、颯爽と部屋を飛び出す。

 こうして早朝の散歩へと出発するのが、この一匹と一機の朝の日課となっていた。

 散歩に飛び出すと、一気に開けた草原へと繋がる。

 この超次元荘ハイパーディメンションコーポの周囲にはなぜだか建物がなく、いまどきドラ○もんでしか見ないような、土管が置いてある感じの空き地が点々と存在している。これらの土地は全てこのアパートの大家のものであるのだが、この周辺は立地が悪いらしく誰も住み着かないらしい。


「うむうむ。やはり散歩というものは、早朝に限る。空気が澄んでおる!」


 朝早いのと、人が少ないのとで、誰ともすれ違うことがないので、シバさんはイク相手に喋りながらの散歩をすることが出来た。一応常識? というものをわきまえているシバさんは、この世界では普通の人が居るところでは、喋らないようにしているのだ。


「しかし、太平のやつも散歩にくればよいものを……。部屋でグースカと寝こけおって……。これだからニートは……」


 シバさんは最初は太平に散歩をお願いしていたのだが、『うぜえ』『めんどくせえ』『俺に利点がかけらもねぇ』と、取り付く島もないあしらいをされてしまい、それ以来イクに頼むことにしたのだ。


「寝てる太平は……かわいい」


 イクはメモリーチップに焼き付いている太平の寝顔の画像を呼び出して眺めては、嬉しそうに目尻を少し下げた。

 

「あれはかわいいではなく、だらし無いというのが正しいのだ! 覚えておくように!」


 そんな会話のやり取りを続けながら、小一時間ほどの散歩を終了すると


「それでは、また後でな!」


 良い汗をかいたシバさんは自分の部屋へと戻り、睡眠タイムへと移行する。

 イクはというと、部屋に戻りまだ眠っている太平の顔をまた暫く見つめてた後、四つん這いになって、太平の身体に覆いかぶさるようにして顔を近づける。

 そして、小さくかわいい舌を出すと、


「ペロペロペロペロ」


 犬や猫のように、おもむろに太平の頬を優しく舐め回しだす。


「うおおおおおおおおおおお!」

 

 顔を舐め回されベトベトになった太平は、驚きと羞恥のあまり毛布を跳ね飛ばして飛び起きるのだ。

これが太平の毎日の起床だった。


「おはよう、太平」


「イク! お前この起こし方どうにかならないのか!」


「それは無理。毎朝太平の味を確認するのはとても大事」


 そう言って舌をぺろりと出し、まるで指定席のように太平の膝の上にチョコンと座ってみせる。


「はぁ……。まぁ、いいか」


「うん、何も問題ない」


 そんなやり取りを終えた後、イクは頭を太平の前に差し出す。それを見た太平は、すこしばかり照れくさそうにしながらも、優しく頭を撫でてやるのだった。

 そうこうしていると、

 

「はいはーい。朝ご飯持ってきましたよぉ〜」


 と、人間の姿に变化した魔王がお鍋と炊飯器を持ってやって来る。

 こうして、太平の部屋での賑やかな朝ご飯がスタートするのである。


 ※※※※


「それでは、お仕事に行ってきますねぇ〜」


「いってらっしゃい、魔王……麻緒さん」


「いってらっしゃい」


 朝ご飯の片付けを終えた魔王は、太平とイクに見送られ、すこしばかり後ろ髪を引かれながら《ゲート》をくぐって職場へと向かうのだ。

 

「さてと、仕事でも探すか……」


 見送りを終えた太平は、テーブルの上に置かれたノートパソコンを起動させる。

 名目上は『職探し』となっているが、実際のところはただのネットサーフィンに他ならない。そんな太平を、イクは何をするでもなく膝の上に座ったままジーっと見守っている。

 そして、だいたいお昼くらい前になると


「今度こそリベンジだぞ! さぁさぁイク! 尋常に勝負、勝負!」


 シバさんが部屋へとやってきて、ゲームを始める。

 こんな感じが、イクの一般的な一日だった。


 しかしある日……。

 散歩を終えて、いつもの様に太平をペロペロと舐め回して起こしたというのに、何時までたっても朝ご飯が、いやさ魔王が部屋にやってくることはなかった。

 完全に魔王の用意する朝ごはんを当てにする生活を送っていた為に、太平のお腹は『ぐぅ〜』と鳴き声をあげ出した。

 

「太平、麻緒まおこないよ?」


「そうだな……。どうしたんだろうな……」


 少し心配になった太平は、イクを連れて隣の一○一号室を訪ねてみることにした。

 

 ピンポーン


 チャイムを一度鳴らしても、部屋の中から返事はなかった。


 ピンポーン、ピンポーン


 チャイムを二度鳴らしても、部屋の中からは物一つ聞こえなかった。

 

「魔王さーん、麻緒さーん!」


 呼びかけてみても、中からは人の気配すら感じられなかった。


「留守みたいだな……」


「麻緒どこかに行っちゃったの?」


 イクが太平の顔を覗き込んで尋ねる。

 

「そう言えば、昨日仕事にでかけてから戻ってきていないのかもしれないな……」


 魔王の仕事、それが何であるのか太平は知らない。聞いてみようと思ったことは、一度や二度ではなかったが、もし恐ろしい答えが帰ってきたら、今までと同じように魔王と付き合えなくなるのではないかという恐れから聞くことが出来ないでいた。

 

「泊まりがけで仕事……とかもあるのかな」


 出来るだけ仕事の内容を想像しないようにして、太平は一度部屋に戻ることにした。

 すでに魔王との朝ご飯は、生活のリズムに完全に組み込まれてしまっていたようで、太平はパソコンをいじりながらも何だか落ち着かない気分でいっぱいだった。


「こんなんじゃ、仕事も見つからねぇよ」


「……いつも見つからないくせに」


 最近イクは人間のように皮肉を言うことを覚えたようだった。主にシバさんの影響であることは間違いなかった。

 ぐたぐたした時間が流れ、お昼を過ぎようとした頃……

 

「あははははははははっ」


 けたたましい笑い声が、唐突に物置小屋から聞こえてきた。

 もしや、魔王が帰ってきたのでは? 

 太平は物置小屋へと向かおうとしたのだが、着いて行こうとしたイクを部屋にとどまるように指示した。それは、ドンヨリとした不快な予感を感じたからだ。

 不満気なイクを部屋に残して、太平は一人物置小屋へと向かった。

 そこに居たのは、魔王と同じように黒衣のローブを身に纏ってはいたが、ドクロ頭ではなく、普通の人間の女性の顔をしていた。そして、何処ぞの貴族が持っていそうなレースをあしらった漆黒の日傘をさしていた。


「ま、魔王?」


 太平は思わず言葉に出してしまったが、それは魔王がいつも人間に变化した姿とは違っていた。魔王が濡れ光る様な黒髪であるのに対して、この女性は透き通るような銀髪だった。身長もいくらか魔王よりは高いように思えた。

 長いまつ毛に切れ長な瞳と、すっきりとした細長い顎は、ほんわかしたイメージを与えてくれる魔王とは対照的に、とっつきにくい尖った美女の様相を呈していた。

 

「あら、魔王を知っているの? ってことは、アンタが魔王の言っていた『太平』って人間ヒューマンかしら?」


 謎の女性は、まるで太平を値踏みをするようにジロジロと見て回る。

 美女に見つめられることに慣れていない太平は、思わず身じろぎをして身体をそらしてしまう。


「あら、嫌だわ。わたしとしたことが、自己紹介を忘れていたわね。わたしの名前は『ルゥ・リラ・レルルゥ』舌を噛みそうな名前だから、『ルル』でいいわ」


 そう言って笑ったルルの口元から、八重歯……ではなく犬歯が顔をのぞかせた。


「まさか……」


 それを見た瞬間、太平の頭にある言葉が浮かび上がる。


「そう、わたしはヴァンパイヤよ。よろしくね」


 妖艶な瞳で見つめるルルは、太平の元へとゆっくりと近づく。直感的に聞きを感じた太平は逃げようとするのだが、身体が思うように動かない。ヴァンパイヤの魅了チャームの魔力が身体の自由を奪ってしまっているのだ。

 

「これは、挨拶よ……」


 そう言うと、ルルは太平にゆっくり顔を近づける。甘いバラの様な香りが太平の鼻孔をくすぐる。ルルは自分の唇を舌を這わす。それは獲物を前に舌なめずりする動作に似ていた。

 

「あっ……」


 ルルの唇が、太平の首筋に当たる。しかしそれはキスではない。そのまま口を開くと、犬歯で首元に噛み付く。チューチューという音がして、太平の血液がルルの口の中に流れ込んでいく。


「あっ……あっあぁあぁぁぁぁ」


 太平の身体に痛みではなく、得も言われぬ快楽が充満して駆け巡っては、高校とした表情を浮かび上がらせる。


「さぁ、アナタは今からわたしの従僕よ」


 首筋から口を離したルルは、太平の顎の下をピアノでも弾くかのような軽やかな指先で、優しく撫でるのだった。


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