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21 勇者の過去。


「何でこうなった……」


 自分の部屋へと持った勇者は、ドアに頭を押し付けて両手をダラリと垂らした。勢い任せで太平に禁酒を宣言してしまったことを、大いに悔いたのである。

 

「常識的に考えて、俺に禁酒なんて出来るわけがねぇだろうが……」


 勇者は改めて自分の部屋の中を見渡してみる。

 中身の入っているもの無いもの関係なく、無数の酒瓶が所狭しと転がり、部屋中がアルコールの臭いでむせ返っていた。

 一歩歩くと一升瓶を蹴飛ばしてしまう。まさにアルコールまみれの部屋。そんな状況の部屋に住んでいて、禁酒など出来るはずがない。

 無理だ、禁酒なんて無理! 勇者はガックリと首をもたげた。

 

「しかしよぉ……。聖剣が無いのは大問題なんだよな……」


 飲んだくれたせいで聖剣呼び出せなくなっちまったぜ! なんて、あっちの世界の仲間にどう説明が出来ようか……。それ以前に、あちらの世界では勇者のアル中っぷりが知れ渡った日には、評判ガッタガタである。

 

「俺は何でこうなっちまったんだろうなぁ……」


 勇者は一升瓶を部屋の隅に寄せて座る場所を作ると、あぐらをかいて座り込んだ。

 

「全部、俺の生まれが悪いんだ……」


 勇者は生まれた時から勇者だった。血筋が、そうなることを定めてしまっていたのだ。

 勇者は自分の過去を振り返る。


『あなたは勇者になるのよ』


 血の繋がらない母親は、まるで呪詛の言葉のように耳元で囁き続けた。

 幼少時代は、当たり前のように剣術の修業に励み、周りからの評判を気にして生きてきた。青年になってからは、自ら進んで人のためになるように、魔物のと戦いに明け暮れた。

 自分のやりたいことよりも、周りに望まれていることをしなければならなかった。だから、将来を自分で選択することは許されなかった。『定められた勇者というレールを外れて、思うように生きることは罪悪である。この世界を救う事のできるのははお前しかいないのだから』そんな言葉の鎖にがんじがらめに縛り付けられてしまったのだ。

 馬鹿をやって羽目をはずしたかった。

 女の子相手に、エッチなこともしたかった。

 立ち小便だって、野糞だって平然とやってのけたかった。

 街中で『おちんち〜ん!!』と絶叫してみたかった。

 だが、そんな事をやろうものならば、『えーあの勇者がこんなことを……』とか『勇者様はそんなこと言わない』とか『勇者にあるまじき行為だ!』とか、瞬く間にその話は世界中に広がってしまうことだろう。なにせ、勇者はこの世界で一番の有名人なのだから……。

 こうして抑圧され続けた感情は、次第に勇者の身体を蝕みつつあった。

 聖剣を手に入れた勇者は、魔物相手にその鬱憤を晴らすかのように、剣を振り下ろし続けた。

 だが、遂に精神の均衡は限界にまで陥ろうとしていた。

 その時である……。偶然にも、異世界へと続く《ゲート》を見つけたのは……。


「この世界の人間は、誰も俺を知らない。勇者の存在すら絵物語の中のものだと思っている。……つまり、俺は……俺は自由だァァァァァァァッ!!」


 天を仰いで勇者は腹の底から叫び声を上げた。

 こうして、自分の世界では勇者らしい勇者を演じ続け、こちらの世界では自分を思いっきり表に出して生きる。そんな二重生活を始めたのだった。

 そしてまず最初に勇者が行ったのは……酒だった。

 こちらの世界の酒は、自分の世界のものよりも技術が進んでいるらしく、はっきりいって段違いに美味いのである。

 こうして、溜まりに溜まったものを開放した勇者は、見事に飲兵衛の道をたどることになったのだ。

 

「そんな俺が、こっちで酒をやめちまったら……。またストレスが溜まっちまうんじゃええか……」


 勇者は腕を伸ばして酒瓶を手に取る。芳醇で芳しい香りが鼻にツーンと漂ってきては、思わず涎が垂れてしまう。気が付かないうちに、勇者はその瓶を傾けて口元へと……。


「やべぇ! 無意識のうちに飲んじまうところだった……」


 この酒に囲まれている状況では、本人の意識のあるなしにかかわらず、飲んでしまうに違いなかった。

 

「となると、この愛すべき酒達を、処分しなきゃいけねえってことに……」


 勇者は酒瓶を揺らして、中のアルコールが揺らぐのを見て嬉しそうに目を細めた。打ち寄せるアルコールの波は、甘美な波長を刻んで目を楽しませてくれるのだ。

 愛している。そう言ってもいいほどに、勇者は酒が大好きだった。それを捨てるということは、最愛の相手と別れる事と同義である。

 生まれてこの方、人前で泣いたことなどない勇者の瞳に、自然に薄っすらと涙が浮かび上がる。


「聖剣デュランダル……。清酒○正宗……。どっちも俺にとってかけがえのないもんだ……」


 方や世界を救う聖剣。

 片や勇者の精神を保つ清酒。


 どちらか一方がかけてしまっても、もう勇者は勇者でいられなくなってしまう。

 

「そうだ! 俺は選ぶことなんか出来ねぇ! 酒を飲みつつ勇者として資格のある存在になってやる! それしかねえんだよ!」


 二者択一。勇者の辞書にはそんな言葉はなかった。二兎を追う者は二兎を得なければいけないのだ!!


「出来る! 俺ならば出来る! なぜならば俺様は勇者だから!」


 そう言うと景気付とばかりに、手に持った一升瓶をグビグビっとあおっては、ぷはーっとアルコールくさい息を吐き出すのだった。

 つまるところ、勇者というものは傲慢かつゴーイングマイウェイな存在なのだ。



 ※※※※


 その頃、隣の部屋の太平たいへいはというと……。

 勇者が荒らしまわった部屋を掃除していた。


「よくもまぁ、他人の部屋をこうもあらしまわれるもんだよ……」


 勇者といえば、知らない人の家に上がり込んでは、壺の中やタンスの中を漁ることで有名である。きっと、あの飲んだくれ勇者にもその血が流れているに違いない、と太平は勝手に納得した。

 

「さてと、天気もいいことだし、ついでに布団でも干すか……」


 太平が敷布団を持ち上げた時、見えてはいけないものが目の中に飛び込んできた。


「え……」


 太平は自分の目を疑った。そして、これはきっと幻に違いないと、一度目を瞑り、三秒ほどおいてから再び目を開いた。

 しかし、それはそこにあった。


「いやいやいやいや……」


 太平は、いないいないばあの要領で、一度顔を両手で隠してみては、恐る恐る顔を出して見なおしてみる。

 それでも、それはそこにあった。


「ええええええええええ!!」


 太平の敷布団の下にあったもの……それは神々しい輝きを放つ《聖剣デュランダル》それだったのだ……。

 

「どうしてこんなことに……」


 わけがわからなかった。

 それにこの布団は、太平ではなくイクが使っているもの。そう、太平はイクに布団を譲り、自分は毛布で寝ているのだ。もし自分がこの布団で寝ていたならば、こんなゴツゴツしたものが下にあればすぐに気がつくことだろう。しかし、イクは幼女型超古代兵器である。ゴツゴツした感触など意にも介さないに違いない。

 とすると、この布団の下に聖剣を置いたのは一体誰なのか?

 太平は急いで真実を導き出さなければならない。何故ならば勇者がこの部屋に戻ってきて、この光景を目撃したならば、即座に首の骨をへし折りかねないからである。

 焦りのせいか、太平の身体にはベトついた嫌な汗が滴り落ちる。

 太平の脳みその中で、ハムスターが必死に回し車を回しては、フル回転させている。だが、答えは導かれだせないままだ。

 

「こうなったら……」


 この部屋に聖剣デュランダルなんて無かった。見なかった。存在しなかった。これで押し通すしかない! つまり、この聖剣をどこぞに捨ててしまって証拠を隠滅する。その後のことを考えている余裕など無い。

 大急ぎで太平は聖剣の柄に手をかけると、勢い良く持ち上げ……ようとしてあまりの重さに尻餅をついてしまった。


「何だこれ!? 尋常な重さじゃねえぞ……」


 持った感触から言って、軽く数十キロ、下手をすると百キロ近くあるのかもしれない。こんな重さの金属はこちらの世界には存在しないだろう。こんな超重量の剣を振り回しているからこそ、太平の骨をポッキー折るくらいに容易くへし折れるのである。

 この時、太平の頭にひらめきが浮かび上がった。

 

「犯人がわかったかもしれない!」


 聖剣デュランダルを持った時に、既に犯人は二人に絞られたのだ。

 そう、この超重量の聖剣をここまで運べるものは、二人しかいない。

 一人は、幼女型超古代兵器であるイク、そしてもう一人は……勇者その人である。

 となれば、イクをとっ捕まえて話を聞けば、自ずと真犯人は判明する。だが、イクは何処かにでかけたまま戻ってきていない。

 太平は決断を迫られた。

 勇者が部屋に戻ってくるまでに、この聖剣をひきずってでも何処かに隠すか。イクを急いで探し出してくるか。

 頭から煙が出るほどに、太平の頭はメビウスの輪のようにこんがらがってしまった。そして導き出された答えは……

 

「そうだ、旅に出よう……。日本海の見えるひなびた旅館に泊まって温泉に浸かろう……」


 悩み続けた太平の脳みそは、現実逃避という終着駅へと到着してしまったのだ。

 朦朧とした表情で、近くにあった衣服を旅行かばんに詰め込みだした時。


「ただいま」


「吾輩のお帰りであるぞ!」


 何というタイミングの良さか! イクとシバさんが揃って帰ってきてくれたのだ。

 


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