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20 酒は飲んでも飲まれるな。

 

 二人きりになった勇者と太平。

 部屋の中にはシーンという書き文字がよく似合うほどに静まり返っていた。

 《気まずい》これほどこの言葉に会うシーンもそうな無いだろう。

 固まった空気の中重病あまりの時間が過ぎ、沈黙に耐えかねて勇者が口を開いた。


「いや、あれだ。まぁ、その――すまねぇな。何か勘違いさせちまったみたいでよぉ」


 勇者からしてみれば、幼女や駄犬にどうみられようがどうでもいいのだが、太平はそうではない。ただでさえロリコンのレッテルをはられかけているというのに、今度は同性愛者の称号すらも得てしまったのだ。


「終わりだ……。もう俺のアイデンティティが崩壊だ……。俺の人生が終わりだ……」


 ズボンを履き終えるた太平は、またしてもその場に四つん這いに這いつくばるのだった。


「安心しろ。お前の人生なんざ、とっくに産業廃棄物並みにボロボロじゃねえか? な? そうだろ無職」


 これは勇者からしてみれば、慰めの言葉を言っているつもりなのだが、言葉を言われた本人がそう取るはずもなく……太平は肩をプルプルと小刻みに震わせた。

 

「そんなことよりも、聖剣だよ! 俺の聖剣デュランダルを探すほうが先決だろうが!」


 勇者の《そんなこと》この一言が、太平の堪忍袋の緒を断ち切った。


「うるせぇ! そんなことだと? 俺が無職なのが、そんなこと呼ばわりだと! こちとら必死なんだよ! 実家の親にも顔向けできねえんだよ! 聖剣だぁ? 聖剣なんかで面接が受かるのか? 受からねえだろ! そんなに聖剣が大事だったんなら、金庫に鍵でもかけてしまっときゃ良かったんだ!」


「お、おう……」


 ドラゴンすらひと睨みで怯ます勇者が、血相を変えた太平に思わず怯んでしまった。

 無職のヒステリーは、ドラゴンを凌駕する。勇者は知る必要のない知識を手に入れてしまった。

 

「好きで無職してるんじゃないんだよ! そりゃな、選ばなきゃ仕事の一つや二つはあるだろうさ……。でもな、待遇のいいところで働きたいんだよ! 完全週休二日制で、定時に帰れて、ノルマもなく、女の子もいる所で働きたいんだよ!」


 ――駄目だこいつ……。


 定職というものについたことのない勇者であっても、太平がダメ人間であることは即座に理解できた。そして、このダメ人間はとても面倒くさい事も同時に理解した。

 

「わかった。よぉ〜くわかった。そうだな、お前の人生も大変なんだよな。うんうん、大変大変。だれだって好きで無職なんてしねぇよな。そ、それは今ここらへんにおいておいてだな」


 勇者は荷物を床に置く動きをしてみせる。興奮している相手と接するときには、こういうわかりやすいボディランゲージが大切なのだ。


「それに、お前のケツの穴になんて聖剣はないよな? あるわけない。第一そんなところに刺さってたら、汚くてもう使えねえしなぁ。あっはっはっは」


 勇者は笑って場を和ませようとしたのだが、太平は涙と怒りの交じり合った何とも言えない表情のまま、嗚咽なんかを漏らしたりしていた。


 ――マジでめんどくせー。


 とは言え、こちらの世界で聖剣の捜索を頼めるのは太平以外にいなかった。そもそも魔王に聖剣を探してもらうなどありえないし。駄犬に探してもらうのもありえない。さらに幼女に頼むなどこれまたありえないのだ。そうなると消去法で、無職で暇を持て余している太平しかいないという結論が導き出されるわけである。

 

「わかった。聖剣を見つけ出してくれた暁には、これをやろうじゃねか」


 そう言って勇者はダメージジーンズのポケットの中から、三枚ほどの硬貨を取り出した。太平はチラッと横目で差し出されたぶつを覗き込んだ。


「チッ……。三百円で俺の気が治ると思うな……」


「おいおい、何言ってんだ。よく見てみろよ?」


「たとえそれが五百円玉だとしても、千五百円くらいで俺が……」


 と、そこまで言いかけて言葉が止まった。

 この硬貨、なみなみならぬ輝きを発しているではないか。


「まさかこれ……」


「ああ、純金で出来てる。いわゆる金貨ってやつだ」


 勇者が硬貨を一枚太平の顔の前にちらつかせてみせる。

 

「俺の世界の硬貨だが、金としての価値はこちらでも同じはずだぜ?」


 ここで太平はある一つの疑問が溶けた。

 この勇者、どこで得た金で酒を買い漁っているのか、とんと謎だったのだ。もしや、自慢の腕力で脅し取っているのではないかとすら思っていたのだが、こうやって換金して金を得ていたとは……。

 

「まぁざっとこちらの価値に直すと、一枚十万円ってところかな。つまり三枚で三十万円だ」


 太平の頭のなかでそろばんがはじき出される。

 

 ――三十万円あれば、数ヶ月は無収入でも生きていける。欲しかったアレやコレも買えてしまう……。


「いやまぁ、聖剣探しを手伝いたくないってんなら、別に俺はいいんだぜ」


 勇者は意地の悪そうな笑みを浮かべると、金貨をポケットへと戻そうとした。


「ちょっと待ったァァァ!!」


 太平は野球選手さながらのスライディングを決めて、必死になってその手にすがりついて、ポケットに仕舞うのを阻止した。


「困っている人を助けるのは、人としてアタリマエのことじゃないですか! お手伝いさせていただきましょう! これはお金に目がくらんだわけではなく、善意です! 善意なんだからな!」


 太平の両目にはクッキリと《金》の文字が浮かび上がっていた。


「任せてください! この俺にかかれば聖剣の一本や二本、たちどころに探しだして見せますぜ!」


 勿論この言葉に根拠など無かったし、その言葉を鵜呑みにするような勇者でもなかった。勇者の取ってみれば、探しまわる雑用係が一人確保できたくらいとしか思ってはいなかった。

 

「ふふふふふ、昔名探偵ホームズを二冊ほど読んだ、俺の灰色の脳細胞が火を噴くぜ!」


 どこぞから取り出した虫眼鏡を片手に持ち、部屋の至る所を意味もなくドヤ顔で覗き込む太平の姿を見て、勇者は苛つきを覚えたのだったが、それは胸の中に秘めておくことにした。今は使える手駒は大事にしておいて、全ては聖剣が見つかってから発散すれば良いのである。

 

「コホン。それではまず、聖剣を無くした日のことを、出来るだけ細かく説明してもらえますか?」


 太平の言葉があまりにもまともだったので、勇者は拍子抜けしてしまった。もっとアホなことをやらかすと思っていたのだ。


「んとだな。聖剣がないのに気がついたのは今朝で。最後に聖剣を持っていた記憶があるのは、昨日お昼くらいだな」


「とすると、昨日のお昼から、今日の朝前での間に消失したけわけだ」


 太平はメモを取りながら、当たり前のことを、さも自分が発見したかのように偉そうに言ってみせた。


「そのお昼の事を詳しく」


「そうだな、その日は勇者に仕事がお昼前に終わって、こっちに帰ってきてこりゃ真っ昼間から酒が飲めるぞってな具合で、一升瓶片手に一人で酒盛りをはじめてだな……」


 勇者業に半ドンがあるのかよ! と、突っ込みたかったが、太平はぐっと我慢した。


「んでだな、気がついた時には朝になっててだな。何故か俺は、このアパートの庭で大の字になって寝てたんだ。そん時にゃもう聖剣は無くなってた。不思議だろ?」


 浴びるように酒を飲んで、アパートの庭で寝こける勇者のほうが不思議だよ! と、喉元まで出かかったが、なんとか飲み込むことができた。そんなことを言った日にゃ、五体満足で要られるわけがないからだ。

 泥酔した勇者に近づいて聖剣を奪うというのは、ライオンの檻の中に入る事と同じくらいの危険度をはらんでいる。なにせ泥酔した勇者は加減が効かない。いやさ、泥酔していなくても加減などしないのではないかと思うのだが、それはそれでキッチリと死なない程度に加減してくれているのだ。実際太平は、泥酔した勇者に腕を切り落とされた経験がある。

 そんな勇者から聖剣を奪うことの出来るもの……。もし犯人がこのアパートに居るとするならば、二人に絞られる。

 一人は、絶大なる魔力を持つ魔王。そして、もう一人は鋼のボディに百万馬力? の幼女型超古代兵器のイクである。

 しかし魔王にも、イクにも聖剣を盗みだす動機がない。

 イクは聖剣が何であるかすらわかっていないだろうし、魔王は魔王で夕食のおかずを何にするかには興味があっても、聖剣なんてものにはまるで興味がない。それは魔王としてはどうかと思うのだが、実際そうなのだから仕方がない。

 日頃の鬱憤を晴らすために、一番聖剣を盗みそうなのがシバさんなのだが、泥酔勇者に近づくという愚の骨頂をおかすとは思えない。もし、それをしていたならば今頃シバさんはお空の星になってしまっているはずである。

 

 ――とすると、残るのはこの俺だけ……。いやいや、俺は聖剣を盗んだりなんてしていない!


 こうなると導き出される答えは一つ。

 聖剣は誰かが盗んだのでも、無くなったのでもなく……。


「アンタが勇者としての資格を失って、呼び出すことができなくなったんだよ!」


 太平は勇者に向かってビシっと指を指して言い放った。

 勇者はその言葉を、にへらと笑って受け止めると、無造作にその指差した指を掴んで、有無をいわさずポキっと折ってのけた。


「ヒギャァァァァァァァッ」


 太平はあまりの痛みに部屋中をゴロンゴロンと転げまわる。部屋の端から端までを三往復した所で、その転がりはやっと動きを止めた。


「しゃあねぇな」


 勇者はボロ雑巾のように転がっている太平を、汚物を摘むようにして立ち上がらせると、その折れた指に回復魔法をかけた。見る見るうちに折れた骨は元通りになり、痛みも消え去っていく。

 

「いきなり何するんだよ! ふざけんなよ!」


「はぁ? そっちこそ、ふざけたことぬかしてんじゃねえぞゴラァ! 誰が勇者としての資格を失っただぁ! この俺様ほど勇者の資格にふさわしい人物は世界広しといえどいやしねぇだ!」


「どこの世界の勇者が、一般人の指を問答無用で折るんだよ!」


「治してやっただろ? 感謝しとけよ」


「折られなきゃ、治してもらうこともなかったよ!」


「あぁ、うっせえなぁ。今度は首の骨の一本でも折ってやろうか……」


 眉間にしわを寄せた勇者は、ボキボキと手を鳴らしてみせては、ゆっくりと太平に近づく。


「く、首の骨は一本しかないから! 折れたら死ぬから!」


 太平はゴキブリが逃げるように、カサカサと部屋の隅まで猛スピードで退避した。

 

「そ、そういう一般人に暴力を振るうところが、勇者失格って言うんだよ!!」


「なるほど、少しだけ納得したぜ」


 太平は壁にへばり付くほど間合いをとって、勇者との会話を続けた。出来ることならば、この場から飛び出してしまいたいのだが、いかんせんここは太平の部屋である。飛び出したとしても、また戻ってこなければならないのだ。それに、部屋から逃げ出そうとする太平を、勇者が見逃すはずもなかった。

 

「あ、あとあれだ! お酒だ! あきらかに酒の飲み過ぎ! 昼間っから意識無くすまで酔っ払う勇者が何処に居るんだよ!」


「……まぁ確かに、すこしばかり深酒が過ぎたかもしれねぇ……。だが、そんな事で勇者としての資格が失われるとか……。ありえないだろ?」


「実際聖剣は無くなってるでしょうが!」


「……まぁそうなんだけどさぁ」


 酒の飲み過ぎ。

 こればかりは、勇者も思い当たるフシが数えきれないほどあった。気がついたら全裸だったり、聖剣を振り回して辺り一面切り裂いたり、一升瓶にチンチ○を突っ込もうとしていたり、などなど酒に酔っての大量のご乱行の記憶があるのである。

 そして、それが勇者らしからぬと言われれば、確かに勇者としては逸脱した行為だと、本人にも自覚することが出来た。


「するとなんだ……。酒を減らせば、聖剣をまた呼び出せるようになるっていいたいのかよ……」


「減らす? そんなもんじゃ足りない! 酒を断つんだよ!」


「……まさか、この俺様に禁酒をしろっていうんじゃねぇだろうな!!」


「そのまさかだよ!」


 その瞬間、太平の右手上腕があらぬ方向に曲がった。勿論、勇者の仕業である。


「ウギィィィィィィィ!」


 太平は今度は床を転げまわったりはせずに、垂直に飛び上がっては天井にしこたま頭をぶつけて、そのまま床にうずくまって号泣した。

 渋々と回復魔王をかけて太平を治してやった勇者は、強引に立ち上がらせて太平に壁ドンをかませると、


「俺に酒を絶てって言うことは、死ねってことに等しいんだぞ! つまりは、お前……俺に死ねって言ってるわけだな?」


「へ、へへっへ。偉そうなこと言って、勇者のくせに、禁酒の一つもできないんだ……。そ、そんな覚悟じゃ……聖剣は戻ってきませんよ!!」


「くそっ!」


 勇者の拳が太平に向けて放たれる。太平は『ああもうダメだ。お母さん、先立つ不幸をお許し下さい』と、心の中で遺書めいた言葉をつぶやいたのだが、その拳は太平の頬をかすめただけで、あたってはいなかった。かわりに、太平の部屋の壁に、手の形の穴がポッカリと開いていた。

 

「わかったよ! やってやろうじゃねえか! この勇者様に出来ねぇことなんかありゃしねえだよ! おう、酒なんか余裕でやめてやらァな!」


 売り言葉に買い言葉とはこのことで、血の気の多い勇者は太平の挑発に乗ってしまったのだ。

 

「今すぐ部屋に戻って、酒を全部捨ててきてやるぜ!」


 そう啖呵を切ると、ノッシノッシと鼻息荒く大股で歩きながら、太平の部屋を後にしたのだった。

 一人部屋に取り残された太平は、腰が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込むと、天井を見上げながら、


「い、生きててよかったぁ……」


 と、命のあるのを実感して、安堵の息をつくのだった。


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