4.蓮華の記憶
やがて冬も終わり、笹尾川の桜が咲き始めた。笹尾神社は紅葉の名所として知られるが、春は近くの桜並木も見事なものだ。
4月初旬、浜田と由香里が笹尾神社に参拝した。由香里が近くの桜を見たいと言って聞かないので、一緒についてきたついでというわけだ。
普通はこんな時ぐらい「由香里と幸せになれますように」と手を合わせそうなものだが、大漁祈願である。
境内を少し散策していると、70歳ぐらいだろうか、こちらに背を向けてうずくまっているおばあさんを見かけた。
体調が悪いのだろうか?二人はすぐさま駆け寄り声をかける。
「大丈夫ですか?どこか具合でも?」
「ありがとう、大丈夫」
「それならよかったですけどびっくりしました」
二人は安堵した。
「でも疲れたならあそこで少し休憩なさっては?」
由香里が近くのベンチを指さしながら促す。
おばあさんは「ありがとう」と言ってヨロヨロと移動した。
「あのあたりにあったと聞いたんだけどねぇ」
歩きながら誰に語るともなく独り言を漏らす。
「なにかお探し物でも?」
「うん、孫がね」
「はい」
「石の話を教えてくれたの」
「何の石です?」ほとんど二人同時に聞き返した。
「ほら、幸運をもたらすとか噂になっているとかいう石のことで」
「孫の話を聞いていると、なんだか心当たりがあるような気がして確かめにね」
「でもそれらしいものはないなと思って」
浜田はもしやその噂というのは自分も持っている石のことでは?と思いながら、話の先を促した。
話を聞くほどに、あの石に間違いなさそうだと思えた。
特徴があまりにも似ている。
おばあさんは、先ほど探していた場所に目をやった。
「でも、どうしてその石を探しているんですか?」
「あれは石じゃないんだけどね。なにか樹脂みたいなものを固めたようなものだと思う」
「そうだったんですね。おばあちゃんが作ったとかどこかで拾ったとか?」
「ううん、そんなんじゃない。私が小さいころに見た記憶が一気によみがえったの。あれは私より少しお姉さんの奈穂子ねーちゃんの宝物だった」
浜田はこの石の由来が気になった。由香里も浜田に負けずお人好しなところがあり、二人でベンチに腰かけて話を聞くことにした。
「その奈穂子さんは、どんな方だったんですか?」由香里の問いかけに、おばあさんは話を続けた。
「奈穂子ねーちゃんは私がまだ小学生のころ、近くに住んでいたからよく遊んでもらってたの。お父さんは何かを作っている町工場の社長さん」
「奈穂子ねーちゃんは体が丈夫じゃなかったみたいでね、よく休んだりもしてたけど体調のいい日は遊んでもらったりして、それは楽しかった思い出」
境内からは笹尾川の桜並木が見える。神社の木々の向こうに淡い花が広がり、何とも言えない風情があった。
足を止めて桜を愛でる人も多く、いつもより参拝客の姿が目立つ。
「おばあさん、寒くはないですか?ここは日陰になってしまって」
由香里の一言で、珍しく浜田は機転を利かせた。近くの自販機で温かいお茶を買って戻り、おばあさんに差し出した。
「ありがとう。さすがにちょっと寒いね」と、おばあさんは笑った。
「それでね、奈穂子ねーちゃんが、この石みたいなものを見せてくれたことがあって。お父さんが仕事の合間に作ってくれたんだって。私も2個もらったから覚えている」
「奈穂子ねーちゃんは蓮華の花が大好きでね。よく二人で摘みにいって冠作ったりしてね。懐かしいな」
「お父さんはいつも忙しそうにしていた人だったから、遊んでやれる時間もなかったんだと思う。だからというわけじゃないだろうけど、体の弱い娘を気にして、仕事の合間に作ったみたい。奈穂子ねーちゃんの大好きな蓮華の花弁を中に入れてね」
「ひとつは四角に、もう一つは十字に模様を入れてね」
「合わせて正面から見ると『叶う』と読めるんだよって教えてくれた」
浜田は泣いている。わかりやすい人間だ。由香里は泣いてはいないが、なぜあそこにしゃがんでいたのかが気になり、尋ねてみた。
「あのあたりの写真だったよって孫が教えてくれたから、もしかしてまだあるのかなって。でももうなかった」
「そういう事情だったんですね。もうあのニュースが出てからはかなり時間もたったし、誰かが持って帰ったのかもしれないですね」
「うん、まぁあの宝物にそんなご利益があるのか知らないけど、誰かの役に立ってるのならいいけどね」
おばあさんは、お茶の容器を両の手で包み込んだ。
「少し温まりましたか?」
「うん、ちょっと手が冷たくなってたから気持ちいい」
「それで奈穂子ねーちゃんも、私が中学生になるころにはどこかへ行っちゃったから、それっきり。今はどこでどうしてるのかもわからない。もらった宝物も、いつの間にかどこへしまったのかわからなくなって、もう手元にはないの。だから、もう一度だけでも見たいと思ってね」
「あの宝物が見つかればひょっとして奈穂子ねーちゃんに会えるのかな?とか考えたりしたらいてもたってもいられなくなってね」
浜田は自分が警察官であることを名乗り、実はそれらしきものを一つ持っていると伝えた。もしかしたら何かのきっかけでもう少し見つかるかもしれない。その時はまた、笹尾神社のこの場所でと約束し、おばあさんに別れを告げた。
この季節は蓮華が咲き誇っている。派手ではないが可憐で、それでいて何か存在感のある、そんな華である。
おばあさんと別れた二人は、思いの詰まった宝物を何とか集められないかと思案した。今は浜田の分しかない。中には四角に並べたらしき花弁が入っている。少なくとも、十字のものが一つあればそろうのに。




