2.たからもの
街はずれには、ずいぶん年季の入った家屋があった。少し大きい地震でも来たらひとたまりもなさそうだが、どんな経緯か、ついに解体されるらしい。
この街は人口6万人程度で、北側は日本海に面している。そこで獲れる魚介類は大変おいしく、評判もよい。古い面影を残す街並みが自慢で、紅葉の名所としても人気がある。何でもそろう都会のような賑やかさはないし、車がなければ移動もままならない地方都市ではあるが、皆この街が好きで誇りを持っている。
野球人気も高い楓市なのだが、なぜか高校野球は弱く、県代表になったためしがない。それが残念なことぐらいで、不満らしい不満もない。そんな街である。
東楓駅から北に2kmほど、松山海岸付近にあるその家の解体が始まった。
2階建てのどこにでもあるような家なので、解体にはそれほど時間もかからない。壁が取り払われ、外からも中の様子がわかるようになったころ、どこかの部屋から子供の字で「たからもの」と書かれたケースが見つかった。
解体工事を請け負った船尾興業の社員である阿部拓海は、子供のものとはいえ、処分する前に中身が気になった。しかし、想像どおり子供が集めていそうなものばかりでがっかりした。そんな中で、一つだけ気になるものが目に留まった。
何かが中に入っている石のようなものだが、何なのかはわからない。石鹸を小さくしたような、それでいて少しいびつな形をした変わった石。それをそっとポケットに忍ばせた。
阿部は仕事帰りに不意にそのことを思い出し、手に取ってまじまじと見つめた。
何か謎めいたきれいなものであることは間違いない。もしかしたら金になるとでも考えたのだろう。
この半透明のきれいな石?は天然のものなのか、人工物なのか、それすらもよくわからない。中には何かが埋め込まれ、模様のように見える。ひょっとしたら化石か?とも考えたがふと我に返り、子供の宝物にそんな価値はないだろう。急に馬鹿馬鹿しくなり、帰り道の途中で捨てた。
楓市は東西約10km、南北約6kmの下弦の月のような形をした小さな街なのだが、お盆や年末年始になると帰省組でにわかに賑わいを見せる。残念ながら普段は、日本の地方都市にありがちな若者の少ない街のひとつである。
だから息子や娘が帰ってくる季節を、今か今かと待ちわびる人は多い。特に年末年始は帰省組も多く、家族水入らずで過ごしたり、旧友と集まったりと、人それぞれに楽しみがある。初詣の楓神社と笹尾神社がずいぶんと賑わうのも、いつもの光景だ。
田代さなえの二人の息子も都会に出てしまっている。手が離れて助かったとうそぶいているが、内心では年の瀬を心待ちにしている。そんなさなえである。
まだ師走には少しばかり早い、ある小春日和。この季節はなんといっても栗だ。さなえは無類の栗好きでもあった。
特に栗ご飯が大好きで、大げさでなく何杯でもおかわりできるぐらいには好きである。
「また栗ご飯かぁ〜」さなえの夫である洋二郎は諦め半分でさなえに問いかけた。
今年だけですでに5回目の栗ご飯である。洋二郎は「飯は銀シャリに限る」と言い切って憚らない。
「そう思って煮しめ炊いてるからこれで晩酌でもして」
「私が全部食べるからね〜」
洋二郎は黙ってそれに従い、よく冷えたビールを2缶冷蔵庫から取り出して待機する。
田代家でよく見られる一幕だ。
口に出したら怒られることはわかっているが、どうしても心で思ってしまう。だから痩せないんだよと。さなえがどんな服を着てもイラストが立体的に見えることを思い出し、言葉が口をついて出そうになったが、ビールとともにぐっと飲み込んだ。
洋二郎はさなえのどこに惹かれて結婚したのか。いろいろあるがその中でも料理の腕前が抜群だったことからたちまち胃袋を掴まれたのだ。
特にさなえの母直伝の和食は、小料理屋でも開けそうな味付けで絶品である。
白和えやよく味の染みた煮しめは特に美味い。
これに焼き魚まで食卓に並ぶと、そこいらの店へ行くよりよほど有難い。
さなえもそれを知ってか、特に夕飯は和食の比率が高くなるのだった。
さなえからスーパーで働こうかしらと相談があった時の話だ。
「ある程度味付け任せてもらえるお店ならいいんじゃない?絶対人気出ると思うよ」
すっかりその気になったさなえが面接の際に店長に相談すると、快諾してくれた。そうした経緯で今日に至る。
総菜コーナーでは和食一辺倒とはいかないが、何を作らせても美味いのは、これはもう才能なのだ。
売れ筋はやはり揚げ物である。
コロッケは絶品。それと同じぐらい唐揚げも人気で、毎日買い求める客もいる。
特別な調味料は使わずとも、絶妙の塩梅で酒、生姜、にんにく、塩、胡椒、醤油をブレンドする。ここに昆布出汁と少量のすりおろした玉ねぎを投入し、2度揚げでカリッと仕上げる。
人気なのも頷ける逸品であり、売り切れ必至の看板商品であった。




