1. 銀玉と幸運の石
「おおっ、中村さんも来てたんだ。どう?調子は?」
「せっかく今日はラッキーナンバーの8の付く台をゲットしたのに散々ですよ」
「田中さんこそ調子はどうです?」
中村辰雄と田中雄一。歳は3つ違うが、ともに銀玉愛好家である。
田中は今年で45歳になるというのにいまだ独り身で、自由気ままに暮らしている。
二人は同じ学校に通っていたわけでも、職場が同じだったわけでもない。出会ったのは、この行きつけのパチンコ屋「タイガー」だ。
かれこれ2年ほど前の話だ。田中は喫煙ブースで煙草を燻らせながら目をつむり、今日の投資金額を頭の中で諳んじていた。
その時入ってきたのが中村だった。
中村はおもむろにショートホープを取り出し、咥えてからポケットをまさぐっている。
おそらくライターを忘れたのだろう。田中はそう思ったと同時に素知らぬ顔を決め込んだ(負けているときに他人を思いやるゆとりは持ち合わせていない)。
「すみません、ライター貸してもらえますか?」
田中は突然の一言に反射的にライターを差し出した。
「あれ?つかないな」
何度か着火しようとするがなかなか火がともらない。
「火力を最弱にしてるので」
田中は一応、その理由らしきことを告げた。
ライターを返してもらい、その日はそれっきりであったが、なぜか憎めない、愛嬌のある男の顔立ちが印象に残り、それから何度となく見かけるようになって、いつしか同じ負け組仲間になったというわけである。
「オレも全然だめだね。今日はついていないよ」
「噂の幸運の石とかいうのでも手に入ったらこんな店倒産するぐらい出してやるのに」
「田中さん、それどんな石なんです?」
「あれ?知らないの?この街の若い子たちの間で噂になってるよ」
「多分というか、ただの都市伝説だとは思うけどね」
中村はこの日の夜、インターネットで情報を探った。元来のオカルト好きということもあり、この手の話には滅法弱い。
調べてみると、こんな話が見つかった。
楓市には都市伝説というか昔から伝わる怖い話が2つある。この街に住む人なら一度や二度聞いたことはあるはずのよくある話。
一つ目は廃ホテルである。Victory Hotelという勝利を願って命名されたであろうホテルが倒産して廃墟となった悲しい歴史があるのだが、朽ち果てたネオン看板は「V」の文字を残して崩落している。いつしか「Vホテル」と呼ばれるようになったこのホテルは、肝試しの格好のスポットであった。年月がたつうちに、ここでの体験談?に尾ひれがついて、もともとはどんな話だったのか、もはや誰もわからない。
二つ目は松山海岸だ。この海域は遊泳禁止だが、人が少ないこともあって確かに海はきれいで、景色もよい。
岩だらけの危険な海岸で、ここで命を落とす者も多く、いつしか泳いでいると海底に引きずり込まれるという話が広まった。
そこに第3の都市伝説めいたものが近年出回っているらしい。それが幸運の石の話だった。
この街に全部で20個ぐらいある。いや全部で5つだ。この街の人にしか幸運をもたらさない。2個以上持つと不幸になる。どこかの神社で手に入れた。持っている者同士が引き寄せられる。勾玉みたいなもの。私も見つけた。もらった。宝くじが当たった。好きな人と結ばれた。
どれが本当でどれが嘘かわからないが、中村にとってどうでもいいことであったが、この石を手に入れれば勝つのでは?その思いのほうがはるかに強くなっていた。
そんなオカルトめいた話に目のない中村は、地元の商業高校を卒業してから、同じく地元の印刷会社に就職し、今日まで経理畑で辣腕をふるっていた。
翌日、仕事が一段落したところで部下の池上里穂に聞く。
「最近耳にする、この街にある幸運の石?謎の石?の噂って知ってる?」
「知ってますよ!私の母の知人の友達が宝くじ当たったらしいですよ!どこかの河原で拾ったみたい」
「私も見つけられたらな〜」
「主任はそんなのに興味あるんですか?」
「バカいえ、物事はほとんどすべて科学的に解明されてるからね、オカルトな話は楽しむだけだよ」
その日の夜もさらに検索を重ねたが、新たな手掛かりはついぞ得られなかった。
田中は大学に進学したが、ほどなくして授業料を遊びに使い込んでしまい、やむなく中退した過去を持つ。その反省からか、就職してからというもの質素倹約を旨として、慎ましく生きている。
矛盾するが唯一の趣味がパチンコだ。たまに勝つと気分が高まる。この快感が忘れられない。勝ったあとは行きつけの場末の焼肉屋と決めている。反対に負けたときはやむなくスーパーとなり、これで収支のバランスは保っているはずだと、自分に言い聞かせている。
普段も専らスーパーで済ませることが多い。今日も仕事帰りに立ち寄ったが、まだ半額シールが貼られていないことに気づく。
田中はしばし考えて、特に意味もなく店舗巡回に切り替えて時間を潰したが、こればかりは仕方のない待ち時間である。
そうこうするうちに、惣菜コーナーの重鎮である田代さなえが、売れ残った惣菜に順番に半額シールを貼り始めた。
ようやく目当てののり弁(450円)に半額シールが貼られた。
ほとんど同時に手に取る。無論弁当だけでなく喉を潤す発泡酒がないと始まらない。急いで目当ての発泡酒も手に取り、レジに向かおうとしたが、今日は自分にご褒美だと踵を返し、好物の「かにかま」も買い求めた。
本日のディナーはかなり豪勢である。今日は特に何かを成し遂げたわけではなかったが、ときには自分に甘くすることも必要だと言い聞かせてレジに向かった。
そもそも田中が幸運の石の話を聞いたのは、この田代のおばちゃんからである。
愛想のよい田代は、お客さんに誰彼構わずよく話しかける。ほとんど毎日来る田中とは顔見知りで、パチンコ好きという話もどこかでしていたのだろう。それを覚えていたのか、「幸運の石っていう噂の石を手に入れたら、もっと勝てるかもしれないよ!」と教えてくれたことがあった。
ここで得た情報を中村に教えてあげたのだ。




