魔法?
焚き火の煙がゆっくりと空へ溶けていく。
静かな時間だった。
エルナはアルベルトの向かいに座りながら、その様子を見ていた。
「アルベルトさんって……魔法、使わないんですか?」
突然の言葉にアルベルトはわずかに眉をひそめる。
「魔法?」
聞き返す声音にエルナは目を瞬かせた。
「もしかして、知らないですか?」
「知らんな」
あまりにも自然な返答に一瞬言葉を失うが、すぐに理解した。ここは外界と隔絶された世界、常識が違うのだと。
「この世界には魔法があります」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「大気には魔素が含まれていて、それを使って様々な現象を起こすんです」
アルベルトは黙って聞いている。
興味があるのかないのか分からないが、話は遮らない。
「火を出したり、水を生み出したり、治療もできます」
「ほう。それは便利だな」
興味なさげな返答にエルナは少しだけ苦笑する。
「ええ、とても!」
そして、少しだけ視線を落とす。
「ただ、ここは特別です」
「何がだ?」
「魔素の濃度が……異常なんです」
空を見上げると、肉眼でもはっきり分かるほど大気が歪み、空気が淀んでいる。
「外とは比べ物にならないくらい、濃い」
だからこそ、魔物も異常に強い。
だからこそ
「あなたも」
エルナがアルベルトを見る。
「その影響を受けているはずです」
「……俺が?」
少しだけ興味を示した表情で視線を動かす。
「はい。無意識にこの高濃度の魔素を取り込んでいるんだと思うんです。それが、身体能力の強化や、耐性の異常な成長に繋がっている可能性があります」
アルベルトはしばらく黙る。
自分の力の理由など、考えたこともなかった。
ただ生き延びるためにやれることをやってきただけだ。
「そうか」
特に否定もしなかった。理由がどうであれ今の自分があるのは必死にもがき続けてきた結果だった。
エルナが少しだけ微笑む。
「試してみますか?」
「何をだ?」
「魔法を」
そう言ってゆっくり立ち上がると、アルベルトの前へ歩み寄り、手をかざす。
「クリーン!」
小さく詠唱すると、淡い光がアルベルトを包みこみ、一瞬の静寂の後、すぐに光は消えた。
「終わりです」
「何が変わった?」
エルナは少しだけ困ったように笑う。
「体の汚れや、匂いを取り除く魔法です」
アルベルトが自分の手を見ると確かに違った。体や服に長年こびりついていた血や汚れが、完全に消えている。
「落ちるんだな……」
ぽつり呟いたそれが正直な感想だった。
エルナは少しだけ吹き出す。
「はい、落ちます!」
そのやり取りは、この場所には似合わないほど少しだけ穏やかだった。
やがて、エルナは真剣な表情に戻る。
「私、考えていたんです」
一旦言葉を切るとアルベルトを見つめ、続ける。
「ここで、力をつける」
はっきりとした口調で目を輝かせながらエルナは言う。アルベルトはその表情に不思議な懐かしさを覚えた。
遠い過去。前世の記憶。
こんな顔をした奴らが前にもいた気がしたからだ。
「そして、外に出る方法を見つける。外に出たら…」
その静かな決意にもう迷いはなかった。
「探したいんです。家族を。ローゼリアの人々を。もしかしたら、まだ誰か生きているかもしれない」
確証もなく、希望でしかない。
それでもゼロではない。
「だから、強くなりたいんです」
エルナはアルベルトをまっすぐ見つめ、剣を握る。その視線は以前とは違っていた。
迷いではなく、強い意志がそこにはあった。
アルベルトはしばらく何も言わず、エルナをただ見つめる。
「好きにしろ。俺には関係ないことだ」
いつもの言葉だが、少しだけ違う。
その口元は僅かに歪んでいる。
それは無関心ではなく、何をしてやればいいか分からない自分へのもどかしさだった。
エルナは小さく頷く。
「はい。もう好きにしてます」
終わりを待つ者と未来を探す者。
歪んだ空の下、二人は同じ場所に立っている。
かつて終わりを求めて身を投じたエルナの変化をアルベルトはただ見つめていた。




