↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/19

エルナの決意

剣はすぐそこにあった。

岩に立てかけられたままの簡素な剣。愛用していたものとは違う、ただの予備だ。


エルナはそれを見つめていた。


手を伸ばせば届く距離なのに動けない。

喉の奥がひどく苦い。

胸の奥が焼けるように痛い。


「つっ!」


一歩近づくだけで呼吸が乱れる。

脳裏に浮かぶのはあの日の光景だった。

燃えさかる城。倒れ込んだまま身動き一つしない無数の同士達。

助けられなかった。

いや、違う。助けなかったんだ。


「やめて…」


誰に向けた言葉かも分からない。

剣を握れば、思い出してしまう。

あの時、背を向けた自分を。


「うっ!」


胃の奥から、何かが込み上げる。

その場に膝をつき、吐き出そうとするが何も出ない。ただ、苦しさだけが残る。

涙がぼろぼろと勝手に流れ落ち、止まらなかった。


「私は…」


守るために剣を取ったはずだった。

そのはずなのに。最後にしたことは、逃げることだった。

 

それが、許せなかった。

そんな自分がどうしようもなく、許せなかった。


「もう、無理…」


そう呟いた時、ビュンと風を切る音でエルナは顔を上げる。

少し離れた場所で今日も変わらずアルベルトは剣を振っていた。


いつも通りの動き。いつも通りの速度で。

工夫も変化もない単調な繰り返し。


時計の秒針のように、決められた時間をカウントするかのように、昨日も今日も同じように繰り返される。


なぜ、あんなふうにいられるのか。

何も感じていないのか。 

それとも、とっくに感じなくなったのか。


エルナは息を呑む。

アルベルトは一度も振り返らない。

存在すら忘れたかのように何も言わず、一人剣を振っている。


空気を切るその音だけが、やけに耳に残る。

彼は何も求めなかった。ただただいつもの日常を消化している。


(逃げたのは自分だ。誰のせいでもない)


あの時、剣を手放したのは自分。

守れなかったのも自分。 

それをずっと見ないふりをしていた。


「違う」


かすれた声が出る。

守りたかった。しかし、逃げたのも事実だ。

 

それで終わりにしていいのか?

エルナはもう一度、自らに問う。


ここで剣を捨てたら何も変わらない。

何も取り戻せない。ただ、逃げ続けるだけだ。

それでいいのか、と。


答えは決まっていた。

震える手を伸ばし、剣に触れる。

冷たい感触に、またあの光景が蘇る。 

悲鳴、炎、絶望。


「っ!!」


体が拒絶し離せと叫ぶ。

手にしたところで、また同じことを繰り返すだけだと。

それでも、エルナは歯を食いしばった。


「私は」


震える手に力を込め、剣を握る。

逃げるためじゃない。守るために。

もう一度


「……もう、逃げない」


小さく、だが確かに言い切ったその言葉は不思議とエルナを奮い立たせた。

涙が止まらない。手も震えている。

それでも、剣は離さなかった。

 

その時、アルベルトの剣が止まった。

ほんの一瞬だが、確実に。

そして、何ごともなかったようにまた彼の剣は時を刻み始める。

 

不安定な足を支えながら、エルナはゆっくりと立ち上がった。

一歩踏み出し、ぎこちなく剣を構える。

 

ヒュ、と聞き取れないほど弱々しい音が鳴る。

アルベルトのそれとは比べ物にならない。

 

ただ、確かに剣は振られた。

一度。二度。

止まらぬ涙を拭うこともなく、エルナは剣を振り続けた。



朝なのか夜なのか、この場所では分からない。

それでも、エルナは少し眠れるようになっていた。


ただ横たわっているだけではなく、体を起こし外へ出る。そんな些細なことが少しずつ日常になっていた。

外では、いつも通りアルベルトが剣を振っている。


何も変わらない。エルナはその光景をしばらく眺める。

視線を落とした自分の手はまだ少し震えていた。しかし、前ほどの拒絶はなかった。


小さく息を吐き、近くに置いてあった剣を手に取る。

久しぶりの剣の重みが手に馴染まない。

それでも、エルナは剣を握りゆっくりと構えた。


足の位置、体の向き、呼吸、すべて体が覚えている。


一振りすると、軌道がぶれ力も足りない。

 

もう一度。そして、もう一度。


風を切る小さな音は鳴るも、以前のそれとはまるで違う。


それでも、エルナは黙々と剣を振り続けた。

誰に見せるでもなく、褒められるためでもなく、過去の自分を断ち切るために。

何度も何度も繰り返すうち、腕が上がらなくなった。息も荒くなり、膝が笑う。


「あと、一回…」


それでもエルナは剣を振った。

剣がわずかに安定した気がしたその時、すぐ隣で別の音が重なる。

エルナが驚いて顔を上げると、アルベルトがすぐ横に立っていた。


いつの間に来たのか、そのまま何も言わずに剣を振る。

同じ動きなのに、まるで違う。

近くで感じるそれは、風圧、速さ、重み、すべてが別格だった。


エルナは思わず見入った。

そして、自分の動きを思い出し、あまりの違いに愕然とする。比べるまでもなかった。


「俺のと違うな」


ぽつりと放ったアルベルトの言葉に、エルナはびくりと肩を震わせる。


「え?」

「同じ振り方じゃない」


それは否定ではなかった。

同じ素振りのようで同じではない。

アルベルトは自分とは違う何かを感じ取っていた。

エルナは、ゆっくりと頷く。


「はい」


アルベルトの剣は、一直線だ。

最短で、最速で、すべてを断ち切る『剛の剣』


対して、エルナの剣は受けて、流して、守るための『柔の剣』


「私は……祖国の剣は……民を守るための技なので」


自然と言葉が出た。

アルベルトは一瞬だけ動きを止め、もう一度振る。


「なるほど。だが、ここでは無意味だな」


心が少しだけ揺らぐ。

分かっている。この場所では守る対象などいない。守るだけでは食べることすらままならない。力こそ正義だ。


「それでも、私はこれしか知らないので」


これが自分の剣。祖国ローゼリアの剣だった。

アルベルトはしばらく何も言わない。

ただ、観察するようにエルナの動きを見ていた。


「今の、もう一回」


アルベルトが口を開く。


「え?」

「今の素振りだ」


エルナは戸惑いながらも構え一振りする。

アルベルトが対面に立ち、ゆっくりと剣を振る。

力はかなり抑えているだろうが、それでもとてつもなく重い。

真正面から受ければ、体ごと弾き飛ばされる。

 

だから、力を逸らす。


ギンッと、剣がぶつかる音が響いた。

衝撃はあるが、かろうじて受け流した。


アルベルトの剣がわずかに軌道を外れる。

彼にとっては蚊が止まるほどの一撃であったのかもしれない。

しかし、エルナには今まで受けた誰の剣よりも重く全身が泡立つほどの衝撃であった。

一瞬静止した後、アルベルトは剣を引く。


「ふむ。なるほどな」


エルナは息を整えながら剣を下ろした。

あれほど軽く振っているように見えたのに、腕がまだ痺れている。

まともに受けるなんて到底できない。

でも、ローゼリアの剣術が通用することは分かった。


アルベルトはじっとエルナを見る。

その視線はこれまでと違っていた。

無関心ではなく、わずかに興味がある。

そんな表情だった。


「面白い」


ぽつりと、そう言った。

エルナはわずかに目を見開く。

この男が他人にそんな言葉を向けるとは想像できなかったからだ。

アルベルトはそれ以上何も言わず、また剣を振り始めた。


同じ音。同じ動き。

だが、ほんの少しだけ先ほどとは違って見えた。

エルナも、もう一度剣を握り、並ぶように構える。


異なる二つの剣が同じ空間で響く。

壊す剣と、壊さない剣。

交わることのなかったはずのそれが、いま同じ場所で振るわれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。