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全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


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アルベルトの過去

血の匂いは嫌いじゃなかった。

むしろ、落ち着くものだった。

アルベルトは、かつて別の名前で生きていた。


暗い路地裏に湿ったコンクリート。

煙草の煙と安酒の匂い、そこが彼の世界だった。


人を始末する代償に報酬を得る。

それが仕事で、それが日常。罪だと思ったことは一度もない。社会に蔓延る悪を掃除する。

彼にとってはそれだけの話だった。


「終わりだな」


その日は妙に静かだった。

人気のない倉庫に呼び出された時点で何となく想像はついた。


これは仕事ではない。処分だ、と。


背後からの気配に振り返るより早く、衝撃が走る。刃が体を貫き、痛みが遅れてやってきた。


「悪いな。これも仕事だ」


聞き慣れた声だ。

仲間の声。いや、元か。

男は笑った。


「……そうか」


それが以前の彼の最期の言葉だった。

怒りも、悲しみもない。

裏切りなんて、この世界じゃ珍しくもない。

ただ少しだけ、終わるのが早かったなと、そう思っただけだった。

 

視界が暗転し、意識が沈む。


そして気づけば、男はどこでもない場所に立っていた。

上下も奥行きも何もない空間。そこにいるという感覚だけがあった。


「……俺は死んだはずだが」


声はやけに鮮明だった。

返答はすぐに来る。


『その通りだ』


どこからともなく声が響く。

男か女かすら分からない中性的な声。

感情のないその声にアルベルトは眉をひそめる。


「誰だ?」


『名乗る必要はない』


その返答にすぐ興味を失いかけるが、次の言葉で声のする場所を探す。


『お前は多くの命を奪った』


「だからどうした? 依頼を受けるかは内容次第だ。罪のない奴に手は出さない。それが俺のポリシーでな」


『理由にはならない』


淡々と断じられた言葉に、アルベルトは肩をすくめる。


「で? 地獄行きか?」


『似たようなものだ』


その言葉に、わずかに口元が歪む。

どうでもいい。今さら何を言われても、変わるものでもない。

 

『お前には罰を与える』


その響きだけが妙に引っかかった。


「……罰?」


『五十年の不死』


一瞬、意味が分からなかった。


「……どういうことだ?」


『死ぬことはできない』


短く明確な宣告が言い渡される。


『そして…』


空間が歪み、何かに引きずり込まれるような絶対的な力が体を支配する。


『最も過酷な地へ送る』


視界が崩れ、音が消える。

体が引き裂かれるような感覚。

 

赤い空の下に広がるひび割れた大地。

そして、鼻をつく腐臭。

最初の感想は単純だった。


「……ここが地獄か」


次の瞬間、何かが襲いかかってきた。

 

反応が遅れ、牙が体に食い込む。

骨が砕け、肉が裂ける。

 

そしてあっけなく、俺は死んだ。

 

しかし


「……なんだ?」


目を開けると、体は元通りだった。

痛みだけが鈍く残っている。

そしてまた襲われる。逃げ場はない。抵抗もできない。

何度も、何度も、何度も

俺は死んだ。


そのたびに戻る。痛みだけを残して。

理解したのはしばらくしてからだった。


「……罰か」


思わず笑った。

なるほど、よくできている。


死ねないというのはこういうことか。

そこからは簡単だった。生き延びるしかない。

どうせ死ねないのなら、死なない方が楽だ。


殴られ、喰われ、焼かれ、死ぬたびに少しずつ学習した。


痛みは徐々に薄れ、死ぬ回数が減り

そしてある日、ついに一線を超えた。

 

気づけば死ななくなっていた。

傷つかなくなっていた。

痛みすら感じなくなっていた。


そして今、アルベルトはただ剣を振っている。

理由はない。だが、きっと意味はある。

今できることがそれしかなくなったから。


本能的にそれを体が求めるのだ。


「……あと何年だ」


何万回と唱えた台詞。もちろん返事などない。

だが、それさえどうでもよくなった。

終わりは来る。

五十年経てば、終わる。

それでいい。そのときまでここでひたすら剣を振る。


(俺ができることは、それだけだ)


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