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全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


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2/18

エルナの記憶

悲鳴が耳に焼き付いている。


燃え盛る炎。

崩れ落ちる城壁。

血に濡れた石畳。


それは夢ではない。

何度も何度も繰り返される記憶だった。


剣を振るう兵士に倒れゆく騎士。

叫びながら逃げ惑う民達をエルナは見ていた。

王女として、何不自由なく生きてきた日々はあまりにもあっけなく終わった。


ある日、突然に国は滅びた。

空には黒煙が立ち込め、門は破られ、城は蹂躙された。

敵はただの軍ではなかった。

魔物を従えた軍勢。

人と異形が混ざり合い、すべてを喰らい尽くす。

国王である父は最後まで剣を取り祖国のために戦った。

母は祈るようにして民を逃がそうとした。

 

兄たちは……その先をエルナは思い出したくなかった。


「逃げなさい!」


最後に聞いたのは母のそんな言葉だった。


しかし、逃げるわけにはいかない。

エルナは体が動く限り戦い続けた。


その時の剣の感触は今でも手に残っている。

一太刀ごとの重み。振り抜いたときの衝撃。

断ち切ったものの感触。


エルナはただ守られるだけの王女ではなかった。幼い頃から剣を取り、大事なものを守るためにその秀でた才能を鍛え上げてきた。

それは飾りではなく誇りだった。

だから、戦った。


燃え盛る城の中で。

押し寄せる敵の中で。


「退くな!! 民達を早く安全な場所へ!!」


叫びながら剣を振るう。

一体、また一体と敵を斬り伏せる。

 

だが、数が違いすぎた。

城門はすでに破られ、敵は波のように押し寄せてくる。しかも、その中には人ではないものも混ざっている。


牙を剥く異形。唸り声を上げる魔物。

人と魔が入り混じった軍勢。


エルナは歯を食いしばる。


(まだだ! まだ、やれる!)


目の前の兵を斬り伏せ、振り返る。

だがその先にあったのは倒れ伏した味方の姿だった。

騎士も、兵も、次々と倒れていく。


「そんな…」


一瞬の動揺を敵は見逃さなかった。

横から振るわれた一撃を辛うじて受けると、衝撃で腕が痺れる。重く、そして強い。


個では勝てても集団では押し潰される。

それでもエルナは前に出た。

退けば、後ろの民が死ぬ。

それだけは許せなかった。


「来なさい!」


震える足を踏みしめる。


だが次の瞬間、視界が揺れた。

背後からの衝撃にエルナは唇を噛み締め振り返る。


ニヤリと笑う異形。

皮膚が溶け、顔も体も焼け爛れたように歪んでいる。


誰かがエルナの腕を掴んだ。


「殿下! お下がりください!」

「離して! まだ…」

「これ以上は無理です!」


その声は、必死だった。

振りほどこうとするが、体が言うことを聞かない。限界だった。気づかぬうちにエルナの体は消耗しきっていた。


「ここで殿下が倒れれば、すべてが終わります!!」


その言葉に、動きが止まる。

歯を食いしばり、悔しさで視界が滲む。

しかし、理解してしまった。

もう、私にはこの国を守りきれないと。


「……撤退する」

その一言は重かった。

王女としての敗北の宣言。

守るために戦ったはずなのに守れなかった現実。

それでも、生き残らなければならないと思った。生きて何かを繋ぐために。

だから走った。背後で悲鳴が上がる。

振り返りたかったが、振り返らなかった。

振り返れば、足が止まると分かっていたから。

 

逃げた先にあったのは救いではなかった。

追手はすぐそこまで迫り、味方は次々と倒れ、やがて一人になった。


剣を構える腕は震えている。

もう戦えない。

それでも敵は嬲るように笑いながら迫ってくる。

直感的に理解した。捕まれば終わりだと。

 

王女としてではなく、ただの戦利品として扱われる。その後のことは想像したくもない。それだけは絶対に耐えられなかった。

 

だから、エルナは崖へと走った。 


迷いはない。戦って負け、何も守れなかった。それでも、自分の最後くらいは自分で選ぶ。


エルナは振り返ることなく、漆黒の深淵へとその身を投げた。

風がすべてを奪っていく。

不思議と恐怖はなかった。

ただ、悔しさだけが残っていた。


「ごめんなさい」


誰に向けた言葉かも分からないまま、エルナは暗い闇へと落ちていった。


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