外界への道
ここに来てどれほど経っただろう。
エルナはボンヤリと歪んだ空を見上げていた。
あの向こうに、外がある。
「……どうやったら出られるんですかね?」
エルナの問いに、アルベルトも隣に立ったまま空を見上げる。
「ここから。アビスガーデンから、外に」
少し考えた後、アルベルトは視線を上げたまま答える。
「壁を超えるしかない」
当然だと言わんばかりに彼は言う。
「やっぱり……」
エルナも予想はしていた。
周囲は断崖絶壁。地上からの脱出は不可能。ならば、飛び越えるしかない。
だがそれは同時に最大の問題でもある。
あの空にはドラゴンとワイバーンがいる。さっき見た光景が脳裏をよぎる。まともに通れるとは思えない。
「でも…」
エルナは言いかけて止まる。
アルベルトがいる。ペットのワイバーンもいる。さすがの飛竜も仲間を襲ったりなんてしないのでは?
ただ、彼ならこの断崖絶壁を越えていくなんて訳ないはずなのに、なぜ?
その考えを読んだかのようにアルベルトが口を開く。
「悪いが、俺は無理だぞ」
その言葉に、エルナは驚いた表情で彼を見つめた。
「え?」
「俺が行けるのは途中までだ」
「途中?」
意味が分からない。でも、彼の顔は真剣だ。
アルベルトが少しだけ視線を落とす。
「行ったことがある。何度もな」
「上まで?」
「このまま飛んでいけばこの地獄から解放されるんじゃないかってな。そりゃあ、考えたことはある」
「それで?」
エルナは遠のく希望に一縷の望みを託して質問した。
「飛竜に乗って上に向かった」
腕を組み上空を仰ぎながら、アルベルトは淡々と語る。
「最初は普通だ。だがな、ある高さで止まる。進めなくなる」
エルナの表情が強張る。
「突風が吹いてるとか、ワイバーンの体力が続かないとか?」
「違う」
「押されるんだ」
「押される……?」
「見えない何かにな」
それは、自然現象ではない。
明らかに『意図』があるもの。
アルベルトはまた空を見上げる。
「それ以上は行くなってことだ」
「それって、この間言っていた…」
アルベルトは目を閉じ、軽く頷く。
「罰だろ。俺に与えられた」
その声に特別な感情はない。ただ受け入れているだけだ。
「50年の不死はここで償えってな」
「外に出られない。それが条件っこと?」
エルナは拳を握る。
「じゃあ……」
言葉が震える。
「ずっと…ここに…?」
「ああ。それが俺の運命だ」
そのつもりだった、脱出などとうに諦めている。辺りに生暖かい風が吹きつける。
(こんなところに、五十年…)
エルナは、ゆっくりと顔を上げる。
「私は…?」
申し訳なさそうに問うと、アルベルトが初めて視線を向ける。
「お前は知らん。ただ、縛られてはいない。壁を越えられる可能性は十分ある」
断言ではないが、否定でもない。
エルナの胸が強く鼓動する。
(私は…外に…出れる…?)
行けるかもしれない。この地を出て、ローゼリアの人達を探せるかもしれない。
だが、同時に別の感情も浮かぶ。
「でも、アルベルトさんは…」
彼も本当は出ていきたいはず。それなのに自分だけが出ていくことにエルナは躊躇いを感じた。
「俺はここだ」
当たり前のように、そう告げる。
そこに迷いはない。
分かっている。彼が生きていることは罰。
簡単にどうにかなるものではない。
死してもなお地獄のような監獄に閉じ込められ、苦役に耐えながら、無限の死に耐えながら死を切望する。
想像しただけで胸が締めつけられる。
私なら絶対耐えられない。
エルナは視線を落とし、ゆっくりと剣を握る。
でも、自分は選べる。
自分がもし外界とこの場所を行き来できるようになれば、彼ももっと快適な暮らしが送れるかもしれない。エルナはそう考えた。
「私はやっぱり外に戻ります」
その思いに、アルベルトは言葉を発しなかった。
「必ずここを出て…」
少しだけ言葉が詰まる。
「そして、また戻ってきます」
しかし、その眼差しは希望に満ちていた。
理由は違えどアルベルトにもこんな目をしていた時期があった。絶対生き抜いてみせると。
無限の死に耐え続けるのではなく、どんな苦役も克服してやるという前抜きな意思を持った時期が。
アルベルトはじっとエルナを見つめる。
(俺と違うのはそれが自分に対してなのか、他者に対してなのかということか。俺はただ地獄のような状況から抜け出したかっただけだった)
「好きにしろ」
アルベルトはいつもの台詞を吐く。
アビスガーデンの空は今日も歪んでいる。
その空の向こうを見ている者がいる。
そこへ届かない者もいる。
二人は同じ場所で、違う未来を見ていた。




