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全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


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12/15

剛と柔

木刀を構えたまま、アルベルトは深く息を吐いた。


「借りる、か」


先ほどのエルナの言葉が頭の奥に残っている。

力でねじ伏せるのではなく、相手の力を利用する。

今までの自分とは真逆の発想だった。


(ひたすらやるしかねぇな)


「来い」

「はい!」


迷いのない返事と同時に、エルナが踏み込む。

アビスソードが唸りを上げる。

重く、鋭く、それでいてしなやかな軌道。


(また速くなった)


アルベルトは一歩だけ踏み出す。

今までは正面から受けていたから弾いていた。


(なら、ぶつからなきゃいい)


迫る刃に対して、わずかに軌道をずらす。

木刀を当てる角度を変え、力の流れを横へ逃がす。


次の瞬間、コッと軽い音が鳴った。

それは今までの衝突音とは明らかに違う、静かな接触。エルナの剣が滑る。

アルベルトの木刀に沿うように、力を失いながら外へ流れていく。


「…!」


エルナの目が見開かれる。

体勢は崩れていない。弾かれてもいない。

ただ、自然に力が抜けた。

その隙に、アルベルトの木刀がぴたりとエルナの肩に触れていた。


「今の…」


エルナが呟く。

アルベルト自身も、わずかに目を見開いていた。


(今の感触…)


手応えがない。だが確かに、相手の力を殺した。


(いや、違うな)


「殺したんじゃなく、流しただけだ」


アルベルトはゆっくりと木刀を下ろすと、ふっと息を吐いた。


「できた…のか?」


その声にはほんのわずかな驚きが混じっていた。

エルナが一歩近づく。

その表情は、ぱっと明るくなっていた。


「今のです! 今のがローゼリアの剣です!」

「……こんなもんか?」

「こんなもんじゃありませんよ! これは基本です」


思わず声を張り上げるエルナ。


「でも、初めてであそこまで綺麗に流せるなんて……すごいです!」


アルベルトは眉をひそめる。


「そうか?」

「はい!」


エルナが力強く頷く。


「普通はもっと崩れます。もしくは無理に流そうとして逆に弾いてしまいます。でもアルベルトさんは…」


少し言葉を選ぶように間を置いてから、にこりと笑った。


「センス、すごくいいです」


その言葉に、アルベルトは一瞬だけ言葉を失う。


「……チッ」


わずかに視線を逸らし、頭をかく。


「ガラじゃねえな、褒められるのは」


だが、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。

エルナはくすりと笑う。

そして、少しだけ真剣な表情に戻った。


「ローゼリアの剣術は、守りの剣です」

静かに語り始める。


「相手に勝つことよりも、守ることを優先します」

アルベルトが黙って耳を傾ける。


「たとえ力で及ばなくても……勝てなくても、守ることはできます」


エルナは自分の手を見つめる。

その声には、どこか過去を思い出すような響きがあった。


「だから私は、この剣が好きなんです」


ゆっくりと顔を上げる。

アルベルトはしばらくそれを見つめていた。


「……なるほどな」

その声には、確かな納得があった。


「じゃあ次だ」

「へ?」


アルベルトは木刀を軽く回し、きょとんとするエルナに向かって、ニヤリと笑った。


「今度はお前が受ける番だ」

「え…?」


嫌な予感がしたのか、エルナの顔がわずかに引きつる。


「ローゼリアの守りの剣ってやつで、どこまで耐えられるか見せてみろ」


アルベルトの空気が変わる。

先ほどまでとは明らかに違う圧。


「ちょ、ちょっと待ってください、その顔!」

「安心しろ、殺しはしない」


軽く言いながらも、その気配は獣のそれだった。


「……たぶんな」

「たぶんって何ですか!?」


思わず声を上げるエルナ。

だが逃げることはしない。

ぎゅっと剣を握り直し、構える。


(でも…)


ほんの少しだけ、笑みが浮かぶ。


(アルベルトさんが認めてくれた?)


「いきます!」

「来い」


地面が弾けた。

アルベルトの踏み込みは、まさに剛。

圧倒的な力の奔流がエルナへと襲いかかる。

守りの剣がそれをどう受けるのか。

新たな鍛錬が始まった。


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