借りる剣
乾いた音が、何度も響いた。
木刀と剣がぶつかるたび、空気が震える。
エルナの手にあるのはアルベルトが打った
『アビスソード』
その刃は魔力を帯び、振るうたびに軌跡が歪むほどの圧を放っていた。
対するアルベルトは、ただの木刀。
本来なら勝負にならないはずだった。
「……ちっ」
アルベルトの眉間に深い皺が刻まれる。
振り下ろされるエルナの一撃。
速度も威力も申し分ない。むしろ以前とは比べ物にならないほど洗練されている。
「また、弾いちまったか」
低く吐き捨てる。
受け流そうとしたはずの一撃は、鋭い音を立てて弾かれ、エルナの体勢を大きく崩させていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて距離を取るエルナ。
「いや、お前が謝ることじゃない」
アルベルトは木刀を肩に担ぎ、苛立ちを隠そうともせず舌打ちする。
(違う…こうじゃない)
力でねじ伏せることなら、いくらでもできる。相手が魔物だろうが人間だろうが関係ない。
だが今、アルベルトが求めているのはそれではなかった。
「もう一度だ」
「は、はい!」
エルナが構え直す。静かに息を吸い、吐く。
次の瞬間、彼女の姿がぶれる。
踏み込みと同時に放たれる斬撃。
一直線ではなく、わずかに軌道を揺らし、相手の対応を狂わせる柔の剣。
アルベルトは木刀を滑らせるように動かす。
弾くのではなく、受け流す。
相手の力を逃がし、崩す。
頭では理解している。
理屈も、動きも、何度も見てきた。
「……くそっ」
ガンッと鈍い衝突音が響き、またしてもエルナの剣を弾き返した。
エルナの身体が後方へ弾かれる。今度は辛うじて踏みとどまったが、その表情には悔しさが滲んでいた。
「駄目だな」
吐き捨てるように言い、木刀を地面に突き立てる。
「どうやっても殺す動きになる。力を逃がすつもりが全部叩き潰しちまう」
アルベルトは苛立たしそうに拳を握る。
「加減してるつもりでも、身体が勝手に最短で壊す方を選びやがる」
それは長年積み重ねてきた戦いの結果だった。
効率的に敵を倒すための最適解。
それが、今のアルベルトの剣だ。
だがそれは同時に、ただ強いだけの剣。
「つまらねえな」
ぽつりと呟く。
それとは違う剣術があると、今はっきり理解していた。
しばしの沈黙のあと、エルナが一歩前に出る。
「アルベルトさん」
「あん?」
「私の剣、見ていてくれますか?」
アルベルトは何も言わず、体の向きを変える。
エルナは静かに構え、深く穏やかに呼吸を整え、そして流れるように動いた。
振りは遅いが、その軌道は滑らかで無駄がない。
まるで水が流れるように、剣が空間をなぞる。
アルベルトの目が細まる。
エルナはそのまま、誰もいない空間に向けて剣を流し続ける。
受けて、流して、返す。
その一連の動きは、攻撃というより循環に近かった。
やがて動きを止め、アルベルトへと向き直る。
「私の祖国、ローゼリアの剣術は…相手に勝つための剣ではありません」
「ほう」
「相手の力を、利用する剣です」
その言葉に、アルベルトの眉がわずかに動く。
「力でぶつかれば、強い方が勝ちます。でも」
エルナは自分の剣を見つめる。
「流せば、強さは関係ありません」
「……」
「相手が強ければ強いほど、その力はそのままこちらの力になります」
ゆっくりと顔を上げる。
「だから私は、受け止めません。弾きません。ただ、借りるんです」
その言葉は、静かでありながら確かな重みを持っていた。アルベルトはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「なるほどな」
木刀を拾い上げ、軽く振る。
「借りる、か」
風が唸る。
「今まで全て力でねじ伏せてきた俺には一番縁遠い発想だな」
だが、その口元はどこか楽しげだった。
「分かった。もう一回だ」
「はい!」
今度は、ただの打ち合いではない。
壊す剣と、流す剣。
相反する二つが交わる時、新しい何かが生まれようとしていた。
アルベルトの目に、わずかな変化が宿る。
それは苛立ちではなく
「面白くなってきた」
純粋な、探求の光だった。




