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全てを諦めた元殺し屋と全てを失った小国の王女はともに空を目指す  作者: シマリス


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アビスソード

飛竜でアビスガーデンの中心を離れてからしばらくして、エルナは腕の中の結晶を見つめていた。

拳大のそれは、今もなお脈打つように魔素を放ち続けている。


「これ、どうするんですか?」


率直な疑問だった。これほどの力を秘めたものを、ただ持っているだけでは意味がない。

だが同時に、扱いを間違えれば危険すぎる代物でもある。

アルベルトは前を向いたまま答えた。


「使うに決まってるだろ」

「使うって、どうやって?」

「武器にする」


短く、迷いのない答えだった。

エルナは一瞬言葉を失い、それから思わず聞き返す。


「これを? 武器に?」

「ああ。ただし、そのままじゃ無理だ。器がいる」

「器?」


アルベルトは軽く飛竜の首を叩き、進路を変えさせる。


「軽くて、頑丈で、魔素の通りがいい金属。ここの奥にそれがある」

「そんな都合のいいものがあるんですか?」

「だから言っている」


その言い方に、エルナは苦笑するしかなかった。



やがて辿り着いたのは、切り立った岩壁に囲まれた渓谷だった。地面は黒く光り、ところどころに金属のような光沢が覗いている。

飛竜が着地すると同時に、アルベルトは地面に膝をついた。


「ここだな」


指先で土を払い、露出した鉱石を叩く。

キン、と澄んだ音が響いた。


「これが?」

「ああ。アビス鋼と呼んでいる。俺が勝手に付けた名だがな。軽いのに、かなり頑丈だ」


アルベルトはそう説明しながら、素手で岩を掴む。


「ちょ、ちょっと待って、道具は…」


言葉が終わる前に、岩が砕けた。


「いらないみたいですね」


呆れ半分、感心半分でエルナはため息をつく。

アルベルトは次々と鉱石を掘り出していく。その動きに無駄はなく、まるでどこに何があるか最初から分かっているかのようだった。

十分な量を確保すると、彼は立ち上がった。


「これで足りるな」

「もう?」

「多すぎても扱いにくい」


そう言って飛竜に積み込むと、再び空へと舞い上がった。



戻ってきたのは、アルベルトが拠点としている岩場の一角だった。簡素ながらも整えられた空間には、見慣れない道具が並んでいる。


「ここで作るんですか?」

「ああ」


アルベルトは手際よく炉に火を入れる。燃料も見当たらないのに、炎はすぐに勢いを増した。


「それ、普通の火じゃないですね」

「おまえのいう魔素ってやつで燃やしてる」


アビス鋼が炉に入れられ、赤く、そして白く輝き始める。

エルナは息を呑んだ。


(美しい…)


ただの金属のはずなのに、その輝きはどこか神秘的で目を離せない。

アルベルトは溶け始めた金属を取り出し、槌を振るう。


カンッ、カンッ、と規則正しい音が響く。

その一撃一撃に迷いはなく、まるで金属と対話しているかのようだった。


形が徐々に整っていく。細く、しなやかで、それでいて芯の強さを感じさせる刀身。


「きれい」


エルナは思わず呟いた。

ただ叩いているだけではない。魔素の流れが、アルベルトの動きに合わせて変化しているのが分かる。


(この人、鍛冶まで規格外なの?)


やがて刀身が完成に近づくと、アルベルトは一度動きを止めた。


「それ」

「え?」

「結晶、貸せ」


慌てて差し出すと、アルベルトはそれをじっと見つめる。


そして、指先でさらに小さく砕いていく。


「割っちゃうの!?」

「問題ない」


砕かれた欠片の中から、最も安定している一つを選び取る。

刀身の根元に、小さな溝が刻まれる。

そこへ、結晶がはめ込まれると剣はドクンと脈打った。


エルナの体がびくりと震える。

空気が変わったのだ。

魔素の流れが、一気にその剣へと集まっていく。


アルベルトは構わず槌を振るい、結晶を完全に固定する。

最後にゆっくりと刃を冷やし、静かに持ち上げた。


「ほら」


差し出された剣は、信じられないほど美しかった。黒を基調とした刀身に、淡く赤い光が流れている。根元には結晶が埋め込まれ、まるで心臓のように脈打っていた。


「これが…」

「お前専用だ。アビスソードってとこか」


軽く言うが、その価値は計り知れない。

エルナが恐る恐る剣を受け取った瞬間、今まで感じていた魔素の圧が消えた。


「え?」


むしろ、心地いい。

体に馴染むように、魔素が流れ込んでくる。


「これ、私に合わせてあるんですか?」

「ああ。お前の魔素の流れに合わせて調整した」


当然のようにアルベルトは言う。

エルナはしばらく剣を見つめ、それからゆっくりと構えた。

軽い。だが、振ればすべてを断てると確信できるほどの力がみなぎっている。


「ありがとうございます、アルベルトさん!」


自然と笑みがこぼれる。

アルベルトは軽く肩をすくめた。


「ちゃんと使いこなせよ」

「はい! 必ず」


その瞳には、確かな決意が宿っていた。

アビスガーデンの闇の中で、新たな力が今、静かに産声を上げた。

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