アビスソード
飛竜でアビスガーデンの中心を離れてからしばらくして、エルナは腕の中の結晶を見つめていた。
拳大のそれは、今もなお脈打つように魔素を放ち続けている。
「これ、どうするんですか?」
率直な疑問だった。これほどの力を秘めたものを、ただ持っているだけでは意味がない。
だが同時に、扱いを間違えれば危険すぎる代物でもある。
アルベルトは前を向いたまま答えた。
「使うに決まってるだろ」
「使うって、どうやって?」
「武器にする」
短く、迷いのない答えだった。
エルナは一瞬言葉を失い、それから思わず聞き返す。
「これを? 武器に?」
「ああ。ただし、そのままじゃ無理だ。器がいる」
「器?」
アルベルトは軽く飛竜の首を叩き、進路を変えさせる。
「軽くて、頑丈で、魔素の通りがいい金属。ここの奥にそれがある」
「そんな都合のいいものがあるんですか?」
「だから言っている」
その言い方に、エルナは苦笑するしかなかった。
◇
やがて辿り着いたのは、切り立った岩壁に囲まれた渓谷だった。地面は黒く光り、ところどころに金属のような光沢が覗いている。
飛竜が着地すると同時に、アルベルトは地面に膝をついた。
「ここだな」
指先で土を払い、露出した鉱石を叩く。
キン、と澄んだ音が響いた。
「これが?」
「ああ。アビス鋼と呼んでいる。俺が勝手に付けた名だがな。軽いのに、かなり頑丈だ」
アルベルトはそう説明しながら、素手で岩を掴む。
「ちょ、ちょっと待って、道具は…」
言葉が終わる前に、岩が砕けた。
「いらないみたいですね」
呆れ半分、感心半分でエルナはため息をつく。
アルベルトは次々と鉱石を掘り出していく。その動きに無駄はなく、まるでどこに何があるか最初から分かっているかのようだった。
十分な量を確保すると、彼は立ち上がった。
「これで足りるな」
「もう?」
「多すぎても扱いにくい」
そう言って飛竜に積み込むと、再び空へと舞い上がった。
◇
戻ってきたのは、アルベルトが拠点としている岩場の一角だった。簡素ながらも整えられた空間には、見慣れない道具が並んでいる。
「ここで作るんですか?」
「ああ」
アルベルトは手際よく炉に火を入れる。燃料も見当たらないのに、炎はすぐに勢いを増した。
「それ、普通の火じゃないですね」
「おまえのいう魔素ってやつで燃やしてる」
アビス鋼が炉に入れられ、赤く、そして白く輝き始める。
エルナは息を呑んだ。
(美しい…)
ただの金属のはずなのに、その輝きはどこか神秘的で目を離せない。
アルベルトは溶け始めた金属を取り出し、槌を振るう。
カンッ、カンッ、と規則正しい音が響く。
その一撃一撃に迷いはなく、まるで金属と対話しているかのようだった。
形が徐々に整っていく。細く、しなやかで、それでいて芯の強さを感じさせる刀身。
「きれい」
エルナは思わず呟いた。
ただ叩いているだけではない。魔素の流れが、アルベルトの動きに合わせて変化しているのが分かる。
(この人、鍛冶まで規格外なの?)
やがて刀身が完成に近づくと、アルベルトは一度動きを止めた。
「それ」
「え?」
「結晶、貸せ」
慌てて差し出すと、アルベルトはそれをじっと見つめる。
そして、指先でさらに小さく砕いていく。
「割っちゃうの!?」
「問題ない」
砕かれた欠片の中から、最も安定している一つを選び取る。
刀身の根元に、小さな溝が刻まれる。
そこへ、結晶がはめ込まれると剣はドクンと脈打った。
エルナの体がびくりと震える。
空気が変わったのだ。
魔素の流れが、一気にその剣へと集まっていく。
アルベルトは構わず槌を振るい、結晶を完全に固定する。
最後にゆっくりと刃を冷やし、静かに持ち上げた。
「ほら」
差し出された剣は、信じられないほど美しかった。黒を基調とした刀身に、淡く赤い光が流れている。根元には結晶が埋め込まれ、まるで心臓のように脈打っていた。
「これが…」
「お前専用だ。アビスソードってとこか」
軽く言うが、その価値は計り知れない。
エルナが恐る恐る剣を受け取った瞬間、今まで感じていた魔素の圧が消えた。
「え?」
むしろ、心地いい。
体に馴染むように、魔素が流れ込んでくる。
「これ、私に合わせてあるんですか?」
「ああ。お前の魔素の流れに合わせて調整した」
当然のようにアルベルトは言う。
エルナはしばらく剣を見つめ、それからゆっくりと構えた。
軽い。だが、振ればすべてを断てると確信できるほどの力がみなぎっている。
「ありがとうございます、アルベルトさん!」
自然と笑みがこぼれる。
アルベルトは軽く肩をすくめた。
「ちゃんと使いこなせよ」
「はい! 必ず」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
アビスガーデンの闇の中で、新たな力が今、静かに産声を上げた。




