メイドは語る(2)
書籍1巻発売記念の番外編。WEB版の本編中でのどこかの時期にあったであろう話です。
(SQEXノベル様より1巻が2026年6月5日発売!)
旦那様——オリバー様がお亡くなりになられ、再婚した奥様が遠い地へ行ってしまってから、私はお子様方との生活をしています。
ヴィオラお嬢様は王立学園の二年生におなりで、毎日楽しそうに――とは言えないまでも、忙しく充実した日々をお過ごしのようでした。
でも、最近は少し違ってきているようです。
◇
「ただいま、デラ」
幼年学校でのお手伝いを終えて帰ってきたテレンス様は、一番に台所にやってきてくれました。
「頼まれていた調味料を買ってきた。それから、いい油が入荷していると教えてもらったから、油も買ったよ」
たくさんの物を買ってきてくださってテレンス様は、台所のテーブルに次々と並べていきます。
まだ細身でいらっしゃいますが、もうすぐ十五歳になる男の子です。私よりもたくさんの荷物を平然と持つようになりました。
オリバー様は男性としては痩せ型でいらっしゃいましたから、テレンス様も似た体型になると思っていましたが、もしかしたらもう少したくましいお姿になるかもしれませんね。
どちらにしろ、テレンス様は奥様にそっくりの大変にお美しいお顔立ちですから、今後が実に楽しみです!
買ってきていただいだものを片付けていると、テレンス様がちらっと玄関の方へと目を送りました。
「それから、今日もお客様が来ると思う」
「お客様と言いますと……もしかして」
「うん、レイノルドさん。帰る途中で、アレンさんと話をしているのを見かけたんだ。たぶん、うちに来るんだと思う。……昨日焼いたクッキーがあるから、それでいいかな」
そう言って、テレンス様は棚からクッキーを入れている容器を取り出しました。
ガラス製で、表面にきれいな花の模様が描かれています。
体が弱いリリアナ様は、ヴィオラ様とテレンス様がいらっしゃらない日中はよく台所でお過ごしになります。そんなリリアナ様が家の中でも楽しい気分になれるようにと、テレンス様が描いてくれました。
もちろん、わざわざそんなことを口に出したりはしません。
黙って絵を描いて、黙って置いてくださるだけ。でも描く絵や模様がリリアナ様が好きなものばかりなので、すぐにわかってしまいます。
こっそり微笑んだ私は、まもなくいらっしゃるであろうお客様へと意識を向けて、ずっと気になっていることを聞いてみることにしました。
「テレンス様。レイノルド様はとても良いお方ですが、その、やっぱりヴィオラお嬢様のことを……なんでしょうか」
いくら長くご一緒しているとはいえ、ヴィオラお嬢様のことを下世話な言葉を使っていいものかと、つい言葉を濁してしまいます。
でもテレンス様には伝わったようです。ちょっと困ったように眉を動かしました。
「それは……どうなんだろうな。でもレイノルドさんは悪い人じゃないから、心配はないと思うよ」
「テレンス様は、ヴィオラ様やレイノルド様から何か聞いていらっしゃいますか?」
「別に。ただね、直接聞く気にはなれないし、聞いたこともないけど、ヴィーは何か隠しているよ」
テレンス様はクッキーをお皿に並べる手を留めて私を見ます。冷たく見えるほど整ったお顔には、大人びた苦笑いが浮かんでいました。
「ヴィーは、あれでもとても用心深いだろう? そんなヴィーがレイノルドさんとは普通に話している。だから、僕はしばらく介入しないつもりだよ」
「……それでいいんでしょうか」
ヴィオラ様は、大切な大切なお嬢様です。
そりゃあヴィオラ様はもう大人でいらっしゃいますし、未来の公爵夫人にと望まれたとしても誰よりも相応しいと思います。
でも私は恐れ多いとは思いつつも、妹のように思っています。どんな些細な危険からもお守りしたいのでございます!
そんな気合いが伝わったのか、テレンス様は笑いました。
「デラは心配性だな」
「ヴィオラ様がお泣きになっては大変ですからね! お皿洗いが得意であろうと、まぶしいほどの美青年でいらっしゃろうと、ヴィオラ様の害になるようなら家から追い出します。ええ、命をかけてでもですっ!」
「デラは強いな。その時は僕も手伝うよ!」
笑いながらそうおっしゃるテレンス様は、いつもより子供っぽくて親しみやすく見えます。
でもそれが本来の、テレンス様。
このデラがよくよく知っている、お優しい若君様なのでございます。
カラン、カラン、とベルが鳴りました。
道に面した門に付けているベルです。来訪者が鳴らしたそれは、きっとテレンス様が見かけたというレイノルド様でしょう。
応対しようと私が台所を出たところで、タタタッと二階から軽い足音が降りてきました。
「デラ、レイノルド様だったわ! 二階から見えたの。開けてきていい?」
「あらあら、それは私の仕事ですよ?」
「でも、デラはお茶の準備をしなければいけないでしょう?」
それはそうですけれど。
リリアナ様もお嬢様なのですから、門まで出向いてお客様への応対をすることは……。
そうお断りしようと口を開きかけた時、テレンス様がやってきました。
「リリアナ、お通ししておいで。ただし、門を開ける前に周囲を確認するんだぞ」
「うん、わかった! 覗き穴からしっかり見てから開ける!」
そう言って、リリアナ様は走っていってしまいました。
ずいぶんお転婆になってしまいましたね。でもお元気になっていると言うことでもあります。
にこにこと見送っていると、テレンス様が何か言いたそうに咳払いをしました。
「その、悪いんだけど、今日の夕食の支度の手伝いは少し遅くなっていいかな」
「構いませんが……ああ、レイノルド様とお話をなさるんですね?」
「……うん。勉強のことで、少し聞きたいことがあるんだ」
少し目を逸らし気味にそう言って、すぐに目を上げました。
「問題の解き方をいくつか教えてもらうだけだから、途中からになるけど手伝えると思う。だから」
「わかっておりますよ。王立学園を受験するからには、必ず良い成績を取りたいでしょうからね!」
「いや、僕は……まあ、間違ってはいないけど」
テレンス様はまた目を逸らして、小さくつぶやいています。そのお姿は、すらりと背が伸び始めた麗しき若君様と言うより、私がエルバンス家のお屋敷に勤め始めたばかりの頃の、元気で愛らしいお坊ちゃまを思い出させるものでした。
玄関の扉が、再び開く音がしました。
すぐにリリアナ様のお声と、柔らかな響きの若い男性のお声が聞こえます。リリアナ様がレイノルド様をお招き入れたようです。
テレンス様の少しそわそわした様子に気づいかないふりをして、私は台所へと戻ります。
すでにお茶のためのお湯は沸かし始めています。クッキーの準備もテレンス様がしてくださいました。
あとは、ほどよいタイミングでお茶をお持ちするだけ。お茶のカップを用意しようとして、ふと手が止まりました。
「……ヴィオラお嬢様も、そろそろお戻りかしら」
ヴィオラ様の分までお茶をお出しできるように準備をしておくべきか、今いる方々にお茶を出したあとは、夕食の支度に専念するべきか。
少し悩んでから、今考えても仕方がないと思うことにしました。
今の皆様は、厳格な貴族様式の中での生活ではありません。もっと自由に、もっと柔軟に暮らしていけばよいのです。
ですから、ヴィオラお嬢様に夢中になる方が増えていく未来が待っているとしても、その中で最も良きお方であろうレイノルド様を少しばかり優遇しても許されるはず。
ましてヴィオラお嬢様が「ご友人」として扱っているのなら……庶民の娘たちの場合と同じように、大人は厳しくもおおらかに見守って差し上げるべきでしょう。
すっかり懐いていらっしゃるテレンス様のためにも。
ただ……できれば奥様ほど派手でなければいいな、と思うくらいは許してくださいね!




