51 今日の思い出に
本日3/27は3話更新していきます。ご注意ください。
結局、私は途中から歩くことに成功した。
靴屋が店を開けていて、押し問答の末に、普段用の靴を買ってもらったのだ。
ただ……靴屋の主人は、何度も「本当にお売りしていいんですか?」と御曹司に聞いていた。
あれは一体なんだったのか。
首を傾げているうちに、自宅を囲む無個性な壁とその向こうの繁すぎた木が見えてきた。あと少しで門の前に到着するなと思った時、御曹司が私を呼び止めた。
「ヴィオラ嬢。さっきの靴代の代わりに、君の花飾りをほしいんだけど」
「私の花飾り? この祭り用のですか?」
「うん、今日の思い出に」
花飾りは出店で買ったものだ。
テレンスとリリアナはもちろん、御曹司や騎士さんたちの分も一緒に買ったら、お店の人が大きく割引してくれた。
靴代の代わりには遠いけれど……ただ貰いよりまし、なのか?
「こんなものでよかったら」
私が外して差し出すと、御曹司は甘く微笑んだ。
「君がつけてくれる?」
ピンを使ったものだから、人につけてあげるのは緊張する。
……まあ、そのくらいのサービスはしてもいいかな。リリアナで慣れているし。
そう思ったのだけれど、御曹司は背が高い上に服も違う。
勝手が違ってなかなかうまくいかない。襟元に顔を寄せて、手元をしっかり見ながら再挑戦してみた。
「……よし、こんな感じかな?」
なんとか見苦しくない位置につけることはできた。
でも、よく見ると花びらの端が少し萎れ始めている。二つの飾りを重ね付けして華やかになったように見えるけれど、公爵家御曹司の上質な服には似合わないかもしれない。
なのに、御曹司はとても嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。とてもいいよ! ……ところでヴィオラ嬢は、祭りに関する俗習は詳しくないよね」
「まあ、そうかもしれません」
父と一緒に桟敷席に座る以外は、母に連れられて歩いたことがあるだけだ。最近は家で過ごすことが多かったし、何が俗習かも知らない。
素直に認めると、御曹司はまた、にこーっと笑った。
「君のそういうところは、かわいいと思うよ」
「……物知らずですみません」
「褒めているんだよ。知っていてこれなら、レディ・ロザリアを超えているからね!」
この御曹司は、何を言っているのだろう?
首を傾げている間に、前を歩いていたテレンスとリリアナと、リリアナを最後まで抱き運んでくれた騎士さんは門の中に入っていく。他の騎士さんたちは先に帰るようで、私に手を振って去っていった。
騎士さんたちを見送ってから、私も門をくぐろうとする。
でも御曹司は足を止めたまま動かなかった。
「名残惜しいけど、今日はここで失礼するよ」
「……えっ、珍しい。いつも勧めてもいないのにお茶を飲んでいくのに!」
「そうしたいんだけどね。実はこの後、親父主催の夜会に顔を出すことになっているんだ。面倒だと思っていたけど、この花飾りを見せびらすことができると思えば悪くないかな」
「そんなものをつけて行ったら、恥をかくのでは……」
「君からもらったんだ。自慢しない方がもったいないよ。――では、また後日。リリアナちゃんとテレンス君によろしく!」
そういうと、御曹司は本当に歩いて行ってしまった。
珍しいことがあるものだ。
でも、あの人は公爵家の御曹司。もしかしたら、本当はとても忙しい日だったのかもしれない。
◇
家の中に入って鍵をかけていた私は、強烈な視線を感じて振り返った。
玄関ホールにリリアナとテレンスがいて、こちらをじっと見ている。騎士さんも「おお……」とつぶやいたようだ。
閉めたばかりの扉の鍵はしっかりかかっている。外も静かだから、何もおかしなことはない、と思う。
ということは、異変が起こったわけではないようだ。
「みんな、どうしたの? 何もおかしなことはないと思うんだけど」
「いや、何というか……」
テレンスが困ったように口ごもる。
一方、リリアナは私に駆け寄って、楽しそうに目を輝かせた。
「ヴィーお姉様、もしかして、お姉様の花飾りはレイノルドさんにあげたの?」
「え? ええ、靴代の代わりにほしいと言うからあげたわよ」
靴代には全然足りないし、忙しい中で時間を作って祭り見物に付き合ってくれたのなら、ますます釣り合いが取れないけれど。
と、続けようとした時。
「きゃー! レイノルドさんはそんな言い訳をしたの? かっこいいっ!」
リリアナが、くるくると踊るようにはしゃぎだした。
祭り見物の後でまだこんなに元気なのは、とても微笑ましい。
でも……言い訳って何?




