終 うちの姉はダメかもしれない
くるくる回っているリリアナを見ながら、私は呆然とつぶやいた。
「いったい何の話なの?」
「……ヴィーは時々、世間では当たり前のことを全く知らなかったりするけど、まさか、ここまでなんて……」
テレンスに教えてもらおうと思ったのに、頭を抱えている。
でも、うんうん唸りながら、ちらっと私を見てくれた。
「あのね……結婚式の後に、新郎が新婦を抱えて新居に行く話は知ってる?」
「昔の風習よね? ……えっ? まさか、祭りでもそんなことするの?」
「本当は関係ないけど、まあ俗習というか、何年か前に人気になったお芝居に、そういう場面があったんだよ」
ああ、それで靴屋の主人が何度も確認していたのか……いや、私には関係ないよね……?
最近生まれた俗習なら、私が知らなくても問題ないよねっ?!
顔が引きつるのを感じる。
でもテレンスの顔色はまだ悪い。すがるようにじっと見つめると、テレンスは落ち着きなく目を泳がせた。
「……それと、もう一つあって……」
「まだあるの!?」
「花祭りの花飾りも……いや、ヴィーは何も知らずにやったんだし、言うのはやめようかなぁ……」
とうとう、テレンスは頭を抱えたまましゃがみ込んでしまった。
二歳年下の弟をここまで悩ませるような、そんなすごいことなのだろうか。……心臓が大暴れしていて、私も座り込みそう。
「い、言ってよ!」
「うーん……アレンさん、ヴィーに教えてあげてくれますか?」
すっかり弱りきったテレンスが、騎士さんを見上げる。
自立心の強い美少年に頼られて悪い気はしないようで、騎士さん――アレンさんはちょっとくすぐったそうな顔で胸を張った。
「仕方がないなぁ! あー、おほん、ヴィオラお嬢さん、自分の花飾りを贈り合うのは、恋人同士でやることが多いんだよ。君たちは仲がいいし、やっぱりそういう仲だったんだな!」
「はぁっ!? 違いますよっ! 私たちは、ただの……!」
ダメ男認定されて公爵家から離れたい御曹司と、金で雇われた偽悪女の、お仕事だけの関係……なんて言えない。
リリアナの前では、絶対に!
ごまかすために、私は笑顔に見える表情を作ろうと頑張った。
「……ただの、ダーツ仲間ですよ?」
「うんうん、そう言うことにしておくよ。ねぇ、リリアナ嬢?」
「そうですね!」
騎士さんはニヤニヤしているし、リリアナはニコニコと笑っている。
何を期待しているのか……いや違うからね? お仕事のことは内緒だから言えないけれど!
意外にいい人だな、なんて思った過去の私に説教したい。やっぱりあのバカ御曹司は油断できない!
幸い、御曹司の花飾りを受け取っていない。気を持たせて突き放す悪女的な行動として噂になるだけなら、いつも通りだ。
仕事として報酬を請求すれば、損にはならない……はず。
私が気持ちを切り替えようと苦労していると、台所からデラが出てきた。
「お帰りなさいませ。リリアナ様、お祭りは楽しかったですか?」
「楽しかったわ! パレードもね、すぐ近くから見ることができたの!」
「それは良かったですねぇ。お茶の用意をしますから、食堂へどうぞ。夕食もすぐにご用意しますよ」
「あ、僕も手伝うよ」
直前まで「うちの姉はダメかもしれない」とつぶやきながら床にうずくまっていたテレンスが、すっくと立ち上がった。
「アレンさんも食堂へどうぞ。……リリアナ、ヴィーと一緒に着替えておいで」
「はぁーい」
いつものキリリとした顔に戻ったテレンスは、アレンさんを案内しつつ、リリアナにも気を配る。この切り替えの速さも含めて、テレンスはやっぱり有能だ。
リリアナは私と一緒に服を着替えにいく。
階段を上る足取りは、少し疲れが見えていた。
それでも脱いだ服をいつもより丁寧にハンガーにかけている。
精神的に衝撃を受けたばかりだった私は、リリアナが世界で一番かわいいから完全に復活した。
足取り軽く食堂に入ると、すぐにデラがお茶を用意してくれた。
「疲れた時は、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲むのが一番でございますよ!」
笑顔のデラは、慣れた手つきでお茶にミルクと砂糖を入れてくれる。
父はよくそうしていたし、私たちもいつもそうしてきた。だから間違ってはいないし、デラには善意しかない。
リリアナは「甘くて美味しい!」とごくごくと飲んで、ホッとした顔になっている。
だから見ているだけで幸せになれる、はず、なのだけれど。
「ミルクティー……」
この色は――今はあまり見たくなかった……。
騎士さんにお茶のおかわりを振る舞ったデラは、湯気を上げるカップを前に動きを止めている私に気付いて首を傾げた。
「ヴィオラお嬢様もお疲れのようですね。お砂糖はもっと多めに入れしましょうか」
「……こ、これで十分よ」
「そうですか?」
「今日は、甘さが控えめのミルクティーを飲みたい気分なのよね!」
私は無理やり笑顔を作って、ぐいっと一口飲む。
リリアナ用より砂糖は控えめになっているはずなのに、ミルクティーは十分に甘かった。
思っていたより疲れているのか、とろりとした甘さは体にしみる気がする。思わず肩の力が抜けた時、ミルクティーと同じ色の髪をした人が脳裏に浮かんでしまった。
嫌味なほど整った顔と、胡散臭い明るい笑顔。
あの御曹司が何を考えているのか、私にはよくわからない。
ああ、せっかく頭から追い出していたのに。
いつも振り回されて、うんざりする。
不貞腐れながら、もう一口ミルクティーを飲む。豊かな香りと甘さがまた口いっぱいに広がって、今度こそささやかな幸せに浸ることができた。
ふうっと息を吐くと、花祭りの出来事も次々に蘇っていく。
最後にちょっとあったけれど、今日はとても楽しかった。リリアナは目を輝かせてかわいかったし、テレンスものびのびといろいろなものを見て回っていた。
だからいつになく私も楽しくて……と浮かれた気分も戻ってきた時、私をまっすぐに見つめた緑色の目を唐突に思い出した。
『今日は、君に楽しいと思ってもらえたかな』
『とても楽しいです』
『そうか。……それはよかった』
あの時、真剣な表情はすぐに嬉しそうな笑顔に変わった。
柔らかくて嘘くささがなくて、いつもの御曹司とは別人のように隙だらけだった。
(あの人も、あんなに無防備な顔をするのね)
懐かしい気がしたのは、子供のように無邪気に見えたからだろうか。
あの時の落ち着かない気分までぶり返したから、気を紛らわせようとミルクティーを一気に飲み干して、騎士さんと話しているリリアナを眺める。
喉の乾きは収まったし、気持ちも和らいだ。祭りの疲れは完全にどこかへ飛んで行った気がする。
ただ———口の中の甘ったるさは、いつまでも残ってしまった。
【第1部 終】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第1部完結、第2部はしばらくお待ちください。
本作はSQEXノベル様より書籍化します。
詳細は後日お知らせします。
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