49 お手をどうぞ
道の真ん中で片膝をついた御曹司は私を見上げた。
「その麗しき姿で自ら動くとは。ヴィオラ嬢、君は美しいだけでなく、誰よりも高潔な女性だ!」
まるで舞台俳優のセリフのようだ。
声は無駄に通りがよく、口元は微妙に歪んでいる。これは、絶対に笑いを堪えているな。
(一体何が始まったの? ……あ。もしかして、また演技が始まっている!?)
今更ながら、自分が目立っていると気が付いた。目立っているのなら、バカ御曹司がこの機会を見逃すはずがない。
どうしよう。
ここでは「悪女」はやりたくないのに……リリアナに見られたくないからっ!
そう青ざめかけた時、周囲から湧き上がるような拍手と歓声が起こった。
おそるおそる周りを見ると、笑顔の人々が手を叩いていた。
「お嬢さん、すごかったぞ!」
「騎士様より早く動くなんて、素晴らしかったわ!」
「おいおい、すごい美人じゃないか! どこのご令嬢様だ!?」
「ドレスも素敵……きれいな人は何を着ても似合うのね!」
庶民の若い女性たちは私のドレスを見て目を輝かせ、年配の女性たちは「よくやったね!」と言いながらニコニコと頷いている。
男性もたくさんいるけれど、その笑顔は大道芸人への賞賛と似ていて、嫌な気分にはならない。
ただ、出店の前でお酒を飲んでいる集団からは、下卑た口笛が聞こえた。
「あんな美人の靴をぶつけられるなんて、あいつにはご褒美だったな!」
「俺にも投げてくれ!」
……ちょっと意味がわからない言葉が聞こえた気がするけれど、それでもそんなに気持ち悪くはない。
だって私を単純に褒めてくれているから。
みんな笑顔で、私の行動を深読みすることもない。
こんなにまっすぐに見られるのは久しぶりだ。……知らない人に、こんなに笑顔を向けられたのも、子供の頃以来かもしれない。
慣れなくて、挙動がおかしくなってしまう。
視線をさまよわせて……まだ御曹司が膝をつけたままなことに気が付いた。
「あの、いつまでそんな格好を……」
「ヴィオラ嬢、君に靴を捧げる栄誉を、俺に与えてほしい」
「…………は?」
爽やかな笑顔の御曹司が、魔法のように靴を取り出した。
体の影に隠していたらしい。まるで宝石を捧げるように、ひったくりの足に直撃した私の靴を両手で差し出している。
探してきてくれたのは、ありがたい。
でも、この状態で差し出されても……私にどうしろと?
呆然と靴を見ていたら、騎士さんがこほんと咳払いをした。
「お嬢さん。俺でよかったら、お手をどうぞ」
今度は、騎士さんが笑顔で腕を差し出してきた。
……つまり、腕につかまって靴を履け、と?
公爵家の御曹司様が片膝をついているこの状況、私はおかしいと思うのに、騎士さんはそう思わないらしい。
……もしかしたら、さっさと場を収めたいだけ、とか?
きっとそうだ。
そうに決まっている。そうじゃないと意味がわからない。
仕方がないから騎士さんの腕に手をかけて、バカ御曹司が差し出す靴へと足をそろりと出した。
「おおっ……!」
「足もきれい……!」
周囲がまたざわついたけれど、もう無視してちょうどいい位置にある靴に足を突っ込んだ。
しっかり履いて、軽く足踏みをしてみる。
特に問題はないようだ。つい夢中で投げてしまったけれど、靴は安くはないからよかった。
さあ、この場から逃げよう!
――と安心して歩き出した直後に、靴の踵がバキッと折れた。
「へっ?!」
「おっと、危ない」
ぐらりと体が揺れたけれど、ちょうど立ち上がった御曹司が支えてくれた。
「見せてもらうよ。……あー、これはポッキリいってるね。修理で直るかなぁ?」
騎士さんが靴を拾い上げ、根元で折れた踵を見せてくれた。
うーん……修理で直るとは思うけれど、大規模な交換になるかもしれない。
「お兄ちゃんは金持ちそうだし、美人なご令嬢に新しい靴を買ってやれよ!」
麦酒を飲んでいたおじさんが無責任なことを言っている。
それはもう、この御曹司は公爵家のお坊ちゃんだし、今日のドレス一式も買ってくれた人だけど。靴くらいは自分で……。
「もちろんだ。俺の全財産をかけてでも、ヴィオラ嬢に似合う靴を贈ることを誓おう!」
「いや、そんな全財産をかけた靴なんていりませんから!」
「美人なお嬢さん、こういう時はにっこり笑って『ありがとう』って言うんだよ。あたしも昔は男たちに貢がせたもんさ!」
「あんたの昔は知らんが、言ってることは正しいぞ! 何よりお嬢さんは抜群に別嬪だ!」
どこかのおばさんが豪快に言えば、どこかのおじいさんもニコニコと笑っていう。
……私はおもちゃになっている気がする。祭りの余興と思われているかもしれない。
逃避気味に空を見上げていると、小走りに戻ってきたリリアナが私の手をぎゅっと握った。
「ひったくりを捕まえたって聞いたわ! やっぱりヴィーお姉さまはすごいのね!」
「捕まえたのは騎士さんたちよ」
そう訂正しつつも、キラキラした目で見上げられると気分が一気に上昇する。
でも、一緒に戻ってきていたテレンスは首を振った。
「あの、テレンス?」
「……ヴィーは、やることが派手すぎるんだよ」
溜め息混じりの言葉は呆れているようだ。
私を見る目も冷たくて、私は一気に冷静さを取り戻してしっかり反省した。
周囲の歓声はまだやまない。
――確かに目立ちすぎたようだ。この場を離れよう!
バッグを受け取った老紳士が、嬉しそうにしているのも見れたし、それで十分だ。
ふと視線を下に向けると、靴を履いていない足が目に入った。
(裸足のまま歩くのは無理よね。とりあえず革か麻の袋を分けてもらって……)
現実的な計画を立てようとした次の瞬間。
私の体は、ふわりと浮いていた。
いや、浮いたのではない。抱き抱えられている。
慌てて顔を上げるとすぐ近くに御曹司の整った顔があった。




