45 ヴィーちゃん
「久しぶりだね、ヴィーちゃん! 昔からロザリアさんに似ていたが、びっくりするほどそっくりになったね!」
私が丁寧なお辞儀をする前に、庶民では普通の、貴族としては異質な「気のいい近所のおじさん」のような笑顔で私を迎えてくれた。……パフデール侯爵様が。
緊張しながら「初めまして」というつもりだったから、私は咄嗟に言葉が出なくて固まってしまった。
いや、その前にバカ御曹司が「彼女が俺が夢中になっている女性です!」と言った時点で、挨拶の言葉が頭から飛んでいたかもしれない。
とにかく、気が付いたら侯爵様の向かいの椅子に座って昔話を拝聴している。
……これでいいんだっけ?
「オリバーとはオムツの時代からの付き合いだったんだ。奥手なあいつが、自分で選んだ女性と結婚すると言い出した時は驚いたものだよ。しかも相手があのロザリアさんだからね! 周囲は金で買ったなんて言っていたようだが、あいつにそんな器用なことができるわけない。そもそもとして、あのロザリアさんがエルバンス伯爵家の財力で買えるわけがないじゃないか! 当時の男どもがどれだけ財宝を積み上げようとしていたか、想像できるだろう? はっはっは!」
うっかり頷いていいのか迷うようなことを言って、パフデール侯爵様は渾身の冗談を口にしたかのように楽しそうに笑っている。
どうやら、私の父とパフデール侯爵様は幼馴染だったらしい。なるほど。それで侯爵夫人も私に優しいのかもしれない。……いい人たちだ。
侯爵様は私のことも生まれた時から知っているそうで、私のことを「ヴィーちゃん」と呼んでくれた。
そういえば、この朗らかな笑い方は記憶にあるような……あ、テレンスを抱き上げようとして、構いすぎで嫌がられていた人かもしれない。
「しかし、さすがヴィーちゃんだね。下手に私が関わると野心的な連中に目をつけられるかもしれないから、遠くから見守るしかできなかったんだが、まさかオディーランス家のレイノルド君の心を奪うとは! 結婚祝いは何がいい? そうだ、私が密かに所有している西部地区のワイン園をプレゼントしちゃおうかな!」
「……奥様が聞いていらっしゃいますが、いいんですか?」
「お、おっと、ワイン園のことは彼女にも秘密なんだ。聞こえていないことを祈ろう」
絶対に聞こえていると思うし、侯爵夫人はもっと前から知っている気がする。
……じゃなくて!
「このバカ……レイノルドさんとは、結婚する予定はありませんから!」
「おや、そうなのか? 君たちは昔も今も仲良しなのかと嬉しかったんだが……残念だ。うちには娘がいないからテレンス君は諦めるとして、あのかわいい妹ちゃんとうちの末息子を婚約させてみないかね?」
「昔からって、私たちは王立学園で会っただけで……いやそれより、妹はまだ七歳です!」
「ん? うちのケイレスは十五歳だし、ちょうどいいと思うよ?」
気さくな侯爵様は不思議そうな顔をした。
貴族なら、婚約はそのくらいの年齢でもおかしくないのだろうと思い至る。でも私たちはほぼ庶民なのだ。
「ありがたいお言葉ですが、リリアナは庶民として育っていますので、そう言うのはまだ早すぎるかと……」
「そうかー。あの子は愛嬌があってかわいいし、水色の目がオリバーを思い出してほのぼのするから、いい縁談だと思ったのだが。……だが確かに君たちは、貴族の堅苦しい枠から外れて生きているね。無理強いはするつもりはないのだよ。気を悪くしないでほしい」
侯爵様は申し訳なさそうだった。
本当に悪意なく、父と同じ目の色のリリアナをかわいいと思ってくれたらしい。
かわいいという認識には異論はない。でも、いきなり婚約云々なんて心臓に悪い。
「しかし、君たちは大丈夫かね?」
侯爵様は少し声をひそめた。
「最近、王都で少々きな臭いことを聞くようになっている。君たちは若い子だけで暮らしているそうだが、大丈夫なのかね?」
「……大丈夫、と思います」
一応、私が住んでいる区画は治安がいい。
ご近所さんたちはリリアナのことを気にかけてくれるし、騎士さんたちもよく巡回してくれる。いつも誰かが家にいるから、リリアナが一人になることはない。
でも来年はテレンスが学園に入る予定だから、それは少し心配かもしれない。
心の奥に押し込んでいた不安が蠢いてしまって、笑顔が上手く作れない。それを隠そうと、目を伏せながらお茶を飲む。
侯爵様もお茶を飲んでいたけれど、すぐにカップをテーブルに置いて少し身を乗り出した。
「ヴィーちゃん。これは今思いついたんだけどね、リリアナちゃんを初等部に通わせるのはどうだろう」
「王立学園の初等部ですか? それは、あの、金銭的な余裕があまりないので……」
「これはまだ、案が出ているだけなんだけれどね。もっと若いうちから人材を集めて育ててはどうか、という話がある。初等部にも特待生枠を作ろうというわけだ。今年は間に合わなかったが、来年か再来年あたりには実現できるだろう。王立学園の総長は私の後輩だ。オリバーの子たちのためなら、積極的に働きかけておくよ!」
侯爵様は頼もしいことを言ってくれた。
……でも、これ、母の取り巻きの男の人たちと似ている。母の名前が父の名前に代わっただけのようだ。
人の良さしか取り柄がないと笑われていた父にも、こんな熱心なお友達がいたんだな……やりすぎの匂いがするけれど!
「あのー、お気持ちだけで十分です」
「え、そうかな」
「リリアナが勉強好きとは限りませんから」
「ふむ、それもそうか。では、気が変わったらいつでも編入できるように、庶民も対象にした中途編入制度を整えておこうかな。君たち三人で生活できる広い部屋も寮に作っちゃう? ……地方出身者にもいい人材はいるはずだから、家族ごと移住できるファミリー向けの寮はありだな!」
……侯爵様、個人的な贔屓を一般向けの制度に昇華させるの、上手いですね。
きっと、ものすごく有能な人だ。でも身贔屓も強い気がする。称賛していいのかがわからなくて、なんとなく反応に困る。
侯爵様はにっこりと笑う。
何を言ってもよくない気がして、私は無言で笑い返すしかない。




