44 祭りの楽しみ方
みんなでお揃いのピンクの花飾りをつけ、大通りを歩く。
リリアナは両側にずらりと並んでいる出店に目を奪われているようで、ずっとキョロキョロしている。
私はこっそり笑い、それから前を見てはっと息を呑んだ。
「リリアナ、あの店を見て! きれいな鳥がいるわよ!」
「わぁ、きれい! あれはインコじゃないかしら? 本で見たわ!」
予想通り、リリアナは興味津々だ。
止まり木で器用にヒマワリのタネを食べている鳥は美しく、周囲にやはり目を輝かせた子供たちが集まっている。
リリアナも近くで見たいはず。
でも……今でも視線がかなり集まっているのに、この状態であの中に入っていくと、あそこにいる人たちに迷惑がかかってしまいそうだ。
私が一瞬迷っていると、そばで小さなため息が聞こえた。
「二手に分かれよう。ヴィーはこの辺で人目を引きつけてくれる?」
テレンスがそう言うと、騎士たちのうち二人が小さく頷く。そしてリリアナの手を引いたテレンスと一緒に行ってしまった。
ありがたいけど、騎士さんたちは分散していいの? 極秘任務は?
首を傾げた時、顔見知りの騎士さんがはぁーっと長いため息をついた。
「あー……胃が痛い。いつもの護衛任務の方が気が楽だなんて、あり得ない……」
「えっ、大丈夫ですか?」
「覚悟はしていたけど、君たち、本当に目立ちすぎる。王太子殿下のお忍び警備より緊張するし、気が休まらない。パレード開始まであと何十時間あるんだよ……!」
「えっと、あと一時間もないと思いますよ?」
あまりにも悲壮な顔で嘆くから、つい励まそうとそう言ってしまう。
騎士さんがどんよりと顔を向けてくる前に、バカ御曹司がニヤニヤしながら騎士さんの肩を叩いた。
「ヴィオラ嬢、彼らはそのくらい重い時間を過ごしているんだよ。いやぁ、本職がいてくれるのは実に頼もしいね!」
「……あのなぁ、オディーランスのお坊ちゃん、こうなるように仕向けたのはお坊ちゃんだよな?」
「人聞きが悪いな。俺は何もしていませんよ?」
「俺にお嬢さんたちの話をしたじゃないか! 知ってしまったら放置できるわけないだろう!」
「そんなこと言って、俺が言わなくても、祭りの日はヴィオラ嬢の様子を見にくるつもりだったのでは?」
「当然だな。浮かれた馬鹿どもがふらふら寄って来ていたら、軽く締めてやるつもりだった。……だが、まさか三人揃って出掛けるなんて思っていなかった! うちの上官も聞きつけていた! お嬢さんたちにちょっとでも何かあったら、我々全員、全国の盗賊討伐が終わるまで王都に戻れなくなる未来しかないっ!」
……どうやら騎士さんたちは、私たちの護衛のためだけに一緒にいてくれるらしい。
せっかくの非番だろうに、予定していたかもしれないデートなどの邪魔をして申し訳ない。
「騎士さん、ごめんなさい!」
「ん? ヴィオラお嬢さんは気にしなくていいよ。おかげできれいな格好のお嬢さんたちを一番近くから鑑賞できているからな!」
騎士さんは明るく言ってくれたけど、やっぱり顔色が悪い。
いわゆる空元気だと思うと申し訳なくて……でもリリアナがあんなに楽しそうにしているから、こうして歩いて回れることは良かったと思っている!
「騎士さんたちのために、私ができることは何でも言ってくださいね!」
「えっ……いや、そんなことを言うのはやめよう? 俺だから大丈夫だが、男にそんなことを言ったらもれなく勘違いするぞ? そこのお坊ちゃんに睨まれる状況になりたくないからな?! ついでに言うと、うちの上官には『何でも』なんて絶対言うなよ! レディ・ロザリアへの手紙や贈り物を押し付けられるのは間違いないからなっ!」
騎士さんはものすごく慌てているけれど、私の両肩に手を置いた顔はとても真剣だった。
……上官様のことは、置いておくとして。
どうやら「ありがとう」と言うしかないらしい。
花飾りだけでは絶対に釣り合わないだろうから、貧乏性な私には落ち着かない……のだけれど。
着飾ったリリアナはかわいい。これだけは普遍で、護衛がいてくれるのはありがたい。
だから「ありがとう」の一言で国家の中枢に属する人々を自在に動かしていた母の接し方が正しかったとか、そんなことは考えないようにするべきだ。
テレンスと鳥を見に行ったリリアナは、とても楽しそうだから!
◇
「まあ、その子がヴィオラさんの妹さん? そっくりね!」
パフデール侯爵家の桟敷席に向かうと、笑顔の侯爵夫人に歓迎してもらえた。
今日の侯爵夫人も、優しげで「お母様」という雰囲気だ。
どこを歩いてもジロジロ見られて落ち着かない気分だったから、侯爵夫人の静かな品の良さにうっとりとしてしまう。
でもすぐに気を引き締めて、礼儀通りの丁寧な挨拶をした。
「お言葉に甘えてご挨拶に参りました。この子が妹のリリアナです。さあ、リリアナ、挨拶を……」
「ふふ、堅苦しい挨拶はそこまでにしましょうか。さあ、リリアナさん、こちらへどうぞ。疲れているなら、パレードが始まるまで横になっていてもいいのよ?」
「い、いいえ、大丈夫です。レディ・パフデール」
リリアナは少し緊張しながらお辞儀をして、丁寧に答えようとしている。
――ああ、やっぱり今日のリリアナは最高にかわいい。
しみじみと浸りたかったけれど、テレンスの咳払いが聞こえてしまったので、慌てて顔を引き締めた。
それに、まだパフデール侯爵様への挨拶が終わっていない。
どこにいらっしゃるだろうかと、こっそり周りの様子を伺ってみた。
王都での祭りは大通りと、王都の中にぽっかり開けた大広場が会場となる。大広場や大通りに面した建物は桟敷席として利用されるのが伝統だ。
このパフデール侯爵家の桟敷席も大広場に面した場所にあり、窓際にいればちょうどパレードがよく見える高さの二階だった。
何階がいいかと言うのは、それぞれの好みだ。三階以上の高いところから全体を見通すのが好きと言う人もいる。
私の父は、高いところから見たい人だったと思う。でも母の好みに合わせて二階の桟敷席を押さえていた。
たぶん母は、パレードを楽しむためというより、自分が美しく見える場所が良かったのだ。
父は、本当に優しい人だった。ロザリアという女を心から愛していたから、男性たちを引き連れて出歩いても少しも怒らなかった。
幸いに、というべきか、母が生んだ三人の子は、母にしか似ていない私はともかく、テレンスもリリアナも父の遺伝子を感じさせる。
それが逆に七不思議のように社交界で囁かれていたらしい。
――父のことを考えると、懐かしさと同時に、どこか重苦しい気分になる。
それを振り払おうとリリアナに目を向けた。飲みやすいように水で薄めた果汁ジュースを飲んでいて、私と目が合うと嬉しそうに笑う。
落ち込みかけた時には、リリアナのかわいらしさが心に染みる……!
その幸せな光景の中に、御曹司が割って入ってきた。
「あ、ヴィオラ嬢、今、俺を邪魔だと思っただろう?」
「……そんなことはありません」
「いいなぁ、君のそういうわかりやすさ。害虫が飛んできたくらいに思ったよね? それでも必死で話しかける俺は、ダメっぽく見えているといいな!」
バカ御曹司は今日も楽しそうだ。
でもそのおかげで、重くて深刻な気分が霧散した。虫は虫でも、益虫扱いしてあげていいかもしれない。
「それで、虫けらのように見られたくて、私の邪魔をしたんですか?」
「いや、なんとなく?」
……えっ。何となくでリリアナ鑑賞を邪魔するのは、ちょっと許せないかな。
でも、リリアナが椅子に座ってゆっくり大広場を見ることができているのは、御曹司が伝手を私に紹介してくれたからではある。
だから私は大人になって、円滑な会話を試みることにした。
「御曹司さんは……」
「レイと呼んでよ」
「……レイノルド卿のご実家は、桟敷席は二階ですか。三階ですか」
「硬いなぁ。まあいいか。うちはだいたい二階だよ。でも、じいさんは四階だったな」
「四階! 頭のてっぺんしか見えないのでは」
「うちのじいさん、祭りの日はだいたい若い愛人を侍らせていたからね。窓辺にいれば見えそうで見えない感じで愛人を見せびらかせるし、ちょっと奥に行きたい気分の時は……おっと、こういう話はレディに失礼だったか」
気付いていただいて恐縮です。
まあ、そういう貴族の方が多いし、先代オディーランス公爵様なら愛人の十人や二十人、侍らせてこそって気もする。そんなことを考えていたら、バカ御曹司がぐいっと顔を寄せてきて囁いた。
「実は、愛人を見せびらかす以上に、庶民の頭のてっぺんだけが見えるのがよかったらしい」
「……どの辺が?」
「虫やゴミが集まっているように見えるのが心地好い、とか言っていたな」
…………うわぁ。
その心地好さは理解できませんが、さすが先代公爵閣下は違うなぁ!
現公爵様は女が公爵位を継ぐことを望まないくらいに頭が固いようなのに、先代様はかなり性格が違うのが伝わってくる。
御曹司が思いきりよく「ダメ男」を目指しているのは、やりたい放題だった先代様を見てきたからのようだ。きっと周囲も違和感を持つことはないのだろう。
呆れていいのか感心していいのか迷っていると、間近にある無駄に整った顔が楽しそうに見えて、慌ててその顔をぺっと押し払った。
「顔が近過ぎます」
「そうかな? あ、パフデール侯爵が来たよ。俺は挨拶に行くけど、一緒に行く?」
「一緒には行きたくないけど、挨拶はします! ……でも、なんて言えばいいのかしら」
「俺に任せて。さあ、こっちだ!」
御曹司が手を引っ張るから、私は悩む時間もなかった。




