43 花祭りの当日
ついに花祭りの日になった。
正確に言えば「花祭り」というのは俗称で、正式には「祈りの花の日」だ。
かつてスラヴィオル王国は、大国に攻められて滅亡の危機に陥ったことがあった。絶望的な状況で出陣する兵士たちに、若き王女が花を送った。この時の戦いで奇跡的に勝利し、戦勝の祝いも兼ねた「花を飾る祭り」が生まれた。
でも今は、そんな悲壮な思いのこもった由来はほとんど意識されない。
季節のいい初夏に、たくさんの花を飾った山車が王都の大通りをパレードする、にぎやかな祭りとして定着している。
王宮では本来の「祈りの日」として静かな儀式が執り行われるそうだけれど、ほとんどの貴族たちは庶民と一緒に大通りのパレードや出店などを楽しむ。
私も幼い頃から花祭りに親しんできた。王立学園生になってからは中間試験後のお楽しみで、試験の結果が出揃いつつあるとか、そんなことは些細なことでしかない。
特に今年は、リリアナが目をキラキラさせていることの方が重要だ。
「あれは何?」
「あの花は何か意味があるの?」
「あの人たちの服、きれい!」
大通りを歩きながら、とても楽しそうだ。
リリアナは体が弱くて、人が多い場所ではすぐに疲れて熱を出していたし、長く歩くこともできなかった。今までの花祭りは、家の周りを少しだけ歩くだけで終わっていた。
でも、リリアナは少しずつ体が丈夫になっている。
急に気候が変わると熱を出してしまうけれど、それ以外ではそんなに病気にならなくなったし、たくさん歩けるようになった。
私の手をぐいぐい引っ張りながら、祭りの飾り付けを見ている姿は、世界で一番かわいいと断言できる。
「ヴィーお姉さま、あの飾り付け、とてもきれいね!」
「そうね。リリアナはすごくかわいいわよ」
「もう、私のことじゃなくて、あの柱のことなのに!」
ちょっと頬を膨らませているのも、かわいくてかわいくて……スカートに追加でつけた黄色のリボンが、とっても似合っている。
あのリボンはお茶会に同行した「特別手当」で買ったものだ。
リボンにしてはちょっと高かったし、スカートに縫い付けるために夜更かしもしてしまったけれど、元気で明るい色がリリアナの血色をとても良く見せてくれる。
「お洒落って、こんなに楽しいものだったのね!」
「……ヴィーの『お洒落』はリリアナだけが対象だから、世間一般のお洒落の楽しみとはちょっと違うような……」
「あら、テレンスを飾りつけるのも楽しいわよ」
「そっちはどうでもいいかな。それより……これはどういう状況なの?」
テレンスが深刻そうに声をひそめて聞いてくるから、私は周りを見た。
「花祭りの見物だけど?」
「そうじゃなくて、周りのおっさんたちだよ! レイさんはともかく、おっさんたちは騎士じゃないの?!」
「えっと……そう、かもしれない?」
私の返事に、またテレンスは呆れた顔をした。その冷たい目は心が折れるからやめて!
でも、私もよくわかっていないのは本当だ。
今、私たちは八人で行動している。
ロレーダン家の人間が三人。
それに御曹司と、いつもの顔馴染みの騎士のアレンさんと、さらに三人のガッチリ体型の人たち。この三人も王国軍の騎士だと思う。初めての夜会の日、即席のダーツ大会で競った人たちだから。
ということで、テレンスが言っているのは「なぜ四人もの騎士が私たちと一緒に行動しているのか」である。
御曹司は本職に心当たりがあると言っていたから、こういうことだったんだなと理解はできる。
ただ……顔馴染みの騎士さんもその他の騎士さんたちも、私服で祭りに来ているとは思えないほど厳しい顔つきで、周囲を見る目はとても鋭い。
私たちとの同行は表向きの口実で、本当は私服での潜伏任務中だと言われれば、テレンスだって納得できるだろう。
この謎の状況のおかげで、どんなに混んでいる場所でも快適に進んでいける。私たちに好奇心丸出しの目を向けた人たちは、直後に表情を強張らせて道を開けてくれるのだ。
……深くは考えないようにしよう。
リリアナが疲れずにすむから、それでよし!
「さあ、花飾りを選ぶわよ!」
リリアナと一緒に、花の質の良さそうな出店へと向かった。
花祭りには、小さな花束状の飾りを身につけるのが定番だ。
自分で作る人もいるけれど、出店で出来上がったものを買うのも楽しい。今回は「好みの花を選んだら作るよ!」と出店のお兄さんが言ってくれたから、リリアナ用はピンク色尽くしにした。
小さなバラも入っていて、リボンももちろんピンク色だ。
テレンスは「なんでもいい」と素っ気ないから、リリアナと同じかわいいピンク尽くしで、リボンだけ青にした。
騎士さんたち用は花のピンク率を低めにしてリボンは白。
御曹司用は迷ったけれど、騎士さんたちと同じ花種と白リボンで、ピンク色には大輪のバラを使って華やかな雰囲気にした。
ちなみに私もリリアナと全く同じものにする。
リリアナ好みのピンク尽くしは「悪女」と言われがちな私にはかわいすぎるかもしれないけれど、リリアナが「かわいい!」とはしゃいでいるからいいのだ。花飾りくらい、好きなものを選んでもいいはず。
……母ロザリアなら、リボンは赤にしただろうな。かわいいピンクの中の赤色は目立つから。
「みなさん用です!」
まとめて買った花飾りを、リリアナが騎士さんたちに渡す。
騎士たちは厳しい表情をちょっとだけ緩めてくれた。
テレンスは「ピンクか……」とつぶやいたけれど、選ぶときに何でもいいと言ってしまったから、そのままつけた。
最後は一番面倒な人用だ。これだけはリリアナに押し付けるわけにはいかない。
「これは御曹司さんの分です」
「……え、俺のも買ってくれたの?」
暇そうにしている御曹司に差し出すと、御曹司は本当にびっくりしたような顔をした。
騎士さんたちに渡している時点で予想しなかったのだろうか。
一応、護衛を手配してくれたし、お礼の気持ちとして。でもそれを口にするのは癪に触る気がする。
「何というか、騎士さんたちとお揃いで……そう、迷子札代わりです!」
「迷子札?」
御曹司は、また目をまん丸にする。
でもそれは一瞬だけで、すぐにいつもの余裕たっぷりの笑顔になった。
「ヴィオラ嬢からいただけるのなら、この上なく光栄だよ!」
さっそく、店の鏡の前でつける位置や角度を吟味している。
どんな位置につけても、この御曹司なら問題にはなるまい。そして予想通りに、ほんの少し斜めに付けた姿を見て、周囲の人々が花飾りをつけ直し始めた。もちろん御曹司と同じ「斜め付け」だ。
「……こうして流行が生まれるのね……」
呆れるような、当たり前のような。
思わずため息をついてしまった。でもテレンスは頑なに真っ直ぐにつけていて、それはそれで、一部の女子たちに頑ななまっすぐ付け派を生んでいる。
弟の将来有望さに感心してしまった。




