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【書籍化】没落令嬢の雇われ悪女な日々  作者: 藍野ナナカ
第1部

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29 不正の疑惑


 スラヴィオル王国の王立学園は、初代国王によって創立された。

 貴族の家に生まれても、無学では時代に置いていかれる。民を富ませることもできない。新たな科学が生み出されれば、できるだけ早くそれを取り入れるべきだ。

 そういう狙いが学園の理念である「ノブレス・オブリージュ」の中に含まれている。


 実際に、最新の科学――とまではいかないけれど、それに近い新しい常識を学ぶ時間があるし、選択科目には植物学や畜産学、灌漑方法を学ぶ土木学から初歩的な医学を学ぶ疫病学などが含まれている。

 休日はきらびやかなドレスに身を包む令嬢たちも、意外に真面目に土木学や畜産学に取り組んでいて、庶民出身の学生はイメージが違うと驚くと聞いている。


 私は現状では庶民だけれど、貴族には領地経営の知識がある方がいいと知っているから、同級生たちの真剣さに驚くことはない。

 将来ペットを飼う可能性も考えれば、畜産学は役に立つかもしれない。土木学は……必要になる可能性は低そうだ。


 でも、知識として灌漑技術を知っておくと将来的に役に立つかもしれないし、土木学や畜産学といった貴族出身の学生に人気のある科目をまとめたプリントを作って匿名で販売すると、ちょっとした稼ぎになる。

 土木学や畜産学は卒業までの期間で受ける選択科目だから、他学年からも需要がある。学年固定の科目よりよく売れるのだ。


 今日も、私が作った対策プリントを令嬢たちが真剣に写している。

 まとめプリントは自習室に置いておく。見ただけで覚えてしまう猛者なら無料で利用できるけれど、書き写すための貸し出しにはお金を求めている。

 これはハロルド教授に教えてもらった方法で、実家が豊かではない学生たちの「伝統的な小遣い稼ぎ」なのだとか。

 お金を払わない悪質な学生もいるけれど、富んだ者が貧しき者に還元するのもノブレス・オブリージュ。誇り高い貴族ならお金を作者の設定より多めに払うし、勝手に持ち出そうとすれば自習室の監視官に叱られることになる、らしい。


 とにかく、王立学園の授業は学生しか出席できないから、試験に関しては王族であっても楽はできないらしい。

 護衛などが「学友」として入学するという抜け道はあるし、「優秀な友人」と一緒に授業を受ける「呑気な貴族子女」も存在するのだけれど、試験は本人しか受けられないから、授業ノートを受け取る以外の利点はないと思う。

 こういう実力主義なところも、建国当時の気質を伝えている。


 真剣に対策プリントを書き写している令嬢たちは、制作者が私だなんて想像もしていないだろう。私もそこはどうでもいいと思っている。

 いくら普段からしっかり学んでいるとはいえ、私は特待生。

 より良い成績を残したいからそれなりに試験勉強はする。翻訳のお仕事はお休みしなければならないから、この手のまとめプリントは重要な収入源なのだ。

 今回もそれなりに稼げそうだ。

 窓の外からこっそりのぞいて満足していると、令嬢の一人がふと手を止めて顔を上げた。


「そういえば、あの噂はもうお聞きになりました?」

「噂って、アブロス伯爵主催のダーツ大会のことかしら」

「ええ、それよ! レイノルド様が指輪を捧げようとしたなんて、信じたくないわ!」

「でもレイノルド様はともかく、あの人が優勝だなんて……ねぇ?」

「また、何か不正をしたのかしら。対戦相手を買収したとか?」

「対戦相手はすべて男性だったという話ですから、きっと色仕掛けをしたのよ。あの人の母親は、そういうのがお得意だそうですもの!」


 プリントを書き写す作業に疲れていたのか、令嬢たちは私の噂を盛んに話して笑っている。

 ……お弁当を食べるために人気のない場所を探したら、自習室の前の茂みの影がちょうど良かった。ついでに、好奇心でこっそりのぞいてしまったのだけれど、それがよくなかったようだ。

 救いは、お弁当は全て食べ終わっていたこと。美味しく食べることができてよかった。食べている最中だったら、食欲を失っていただろう。


 でも……食べ終わったら、すぐに立ち去るべきだった。やっぱり顔を暴露されたのは痛い。

 バカ御曹司、恨みます。

 こっそりため息をついた時、誰かが立ち上がる音がした。


「――あなた方。つまらない憶測は控えるべきよ」


 冷ややかで美しい発音の声が聞こえた。思わず茂みの陰からもう一度自習室を覗くと、鮮やかな金髪が見えた。

 カーディル伯爵令嬢アリシア様だ。

 美しい令嬢は、私の噂をしていた令嬢たちをジロリと見た。


「あの人が優勝したダーツ大会は二つ観戦しました。ロレーダンさんはフォームの美しいダーツの名手でしたわ」

「で、でも、買収はしていたかもしれませんわよ!」

「ロレーダンさんとレイノルド様のチームは、我がカーディル家が密かに抱えているチームとも対戦しています。悔しいですが、完敗だったわ。我が家のチームは誇り高い者たちです。色仕掛けなどに惑わされるような未熟者ではありません」


 ……えっ? そうだったの?

 私は対戦したチームを思い出そうとしたけれど、試合数が多かったから特定できない。いい服を着た貴族お抱えのチームっぽいところは多かったし、バカ御曹司のような本物のお貴族様が庶民風を装っていたから。

 私が悩んでいる間に、カーディルさんはさらに続けた。


「それに、レイノルド様もロレーダンさんも変装をしていたわ。レイノルド様のことは薄々察していた人は多かったようですが、ロレーダンさんは完璧な男装でした。あの愛想のいい少年が女性だったなんて、試合中は誰も気付かなかったはずです」

「男装っ!?」

「まさかそんな……」

「ダーツ大会での連続優勝は、間違いなく実力だったと断言できます。……ウィッグを外す瞬間を見たのに、しばらく信じられませんでしたもの」


 カーディルさんの言葉に、令嬢たちは気まずそうな顔で口を閉じた。

 逃げるように私の作ったまとめプリントを書き写す作業に戻り、カーディルさんも再び座って勉強を始めたようだ。

 やがて、写し終えたらしい令嬢たちがそそくさと自習室を出ていく。カーディルさんも昼休みの勉強を終えたのか、片付けを始めた。


 窓の外で息を潜めていた私は、ふうっと息を吐いた。

 私も午後の授業がある。試験前の大切な授業だから遅れないようにしなければ。

 そう思うのに、顔が勝手に緩む。

 だって……カーディルさんが私を庇ってくれたから。

 カーディルさんは四年生で、本来なら私とは接点がないはずの人だ。どこかのバカ御曹司のせいで最悪の印象だったと思う。

 なのに、私のダーツの腕を褒めてくれた。事実無根の色仕掛け説を否定してくれた。


「……公平な人なのね」


 お弁当を布巾で包みながら、嬉しくてつい顔が緩んでしまう。

 ――その時。


「あ、あなた、そんなところで何をなさっているのっ?!」


 悲鳴のような声が聞こえ、慌てて振り返った。

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