28 ガツンと頼む!
顔と髪があらわになった私の前で、御曹司は流れるような動きで片膝をついた。
「君の意思を無視したことを許してほしい。いつかは左手の薬指にはめて欲しいと夢見るが、そこまで無謀なことは望まない。ただ、俺の気持ちを受け取ってほしいんだ」
野太い歓声が起こる中、私の指に豪華なオパールの指輪をはめる。
はめた指は、右手の人差し指。
まあ、これならギリギリ許容範囲かな……なんて思うわけないでしょうっ!
「こんなもの、私は……!」
絶対にいらないから!
そう叫ぼうとした私は、アブロス伯爵様が妙に優しい眼差しをしていることに気がついてしまった。
私と目が合うと、伯爵様はさらに慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「お嬢さん。異性として好きかどうかは別として、男が全てを出し切って勝利を捧げたのだから、勝利の女神として笑顔で受け取ってあげてはどうかな? その後で、それをどう扱うかは君の自由だからね」
自由と言われましても……すぐに売ってもいいのでしょうか。
それに決勝での勝利も望んでいなかったのに。
うんざりとため息をついていると、伯爵様はぼさっと乱れた髪で半分隠れていた私の顔に気がついたようだ。目をまんまるにした。
「おや? もしかして君は、レディ・ロザリアのご息女かね?」
「……はい」
気がつく人はいると思っていたから、素直に認める。
途端に、伯爵様は目を輝かせた。
「やっぱりそうか! ではレディ・ロザリアがいつも連れていた子だね? こうして見るとそっくりじゃないか! なるほど、ならば君のためにレイくんが必死に頑張ったのは頷けるな!」
素性が完全にバレてしまった。……最悪だ。
周囲は、まだ私がどういう素性かはわかっていないようだ。女だったというだけで盛り上がっている。
――ああ、気が重い。
このままで終わってほしい……。
「ヴィオラ嬢。これは特別手当の対象だ。だから、ガツンと頼む!」
まだ私の前で片膝をついている御曹司は、私にだけ聞こえる声で囁く。
そして「特別手当」と聞いた瞬間、不貞腐れていた私の頭が切り替わった。
バカ御曹司のせいで望む賞品を逃してしまった。「お仕事」として特別手当を受け取らなければ、大損である。
密かに息を吐き、改めて御曹司に視線を向ける。私を見上げる顔は、周囲とは別種の期待に満ちていた。
(つまり……お母様の真似をしろってことね?)
私は伯爵様から渡された箱を開け、中の首飾りを取り出す。
金具は難しくなかったから、自力で首につけることができた。それから服の中に入れ込んでいた髪を取り出して、きっちり編んでいたのも解いていく。
三つ編みの癖がついた髪は、いつもより華やかに私の肩にかかった。その髪を軽く背へと払い流し、私は右手の指輪をしげしげと眺めた。
「とてもきれいな指輪ね。――似合っているかしら?」
微笑んでみせると観客たちが息を呑み、騒々しい笑い声が消えた。視線が私に集中しているようだ。
この手の反応は、母ロザリアが微笑んだ時によく起こっていた。つまり……見苦しくはなかったようだ。よかった!
恐る恐る御曹司へと目を向けると、御曹司はまだまだ期待に満ちた顔をしている。
もしかして……この後に、さらに派手にやれ、と?
えー、これ以上はちょっと……いや、特別手当分は頑張りますけど。ガツンといきますよ!
「レイさん。素敵なものをありがとう」
「喜んでもらえて、光栄だ」
「でも、この指輪は受け取れません。手を出してくださる?」
にっこりと笑い、指輪を外す。
周囲に見せびらかすようにつまみ、ゆっくりと指を開いて御曹司の手の上にぽとりと落とす。もちろん御曹司は意図を察していたから、しっかりと受け止めてくれた。
「お、お嬢さん?」
「アブロス伯爵様。これは私たちの勝利の証です。だから、指輪は彼が持っているべきではありませんか?」
「……ふむ。そういうことなら仕方がない。残念だったね、君。……って君は、オディーランス家のレイノルド君ではないか!」
またまたいつの間にか、御曹司も仮面を外していた。
……本当にいつの間に!?
アブロス伯爵様は「レイノルド君ならその腕前は納得だが、あのレディのご息女では相手が悪かったな!」などと言いながら御曹司の肩をバシバシと叩いている。
音を聞くだけでかなり痛そうだ。御曹司は表情を変えないけれど。
とにかく。これで丸く収まった、ということにしておこう。……もう帰りたい。
「ヴィオラ嬢。せめてお送りする栄誉をいただけますか?」
「そ、そのくらいなら」
さり気なくアブロス伯爵から離れた御曹司は、完璧なタイミングで提案してくれた。
だから、この会場を出るまではお芝居に付き合ってあげることにした。歩いて帰るのは億劫になってしまったし。
今日は……いろいろ疲れた。
こうしてダーツ大会は終わった。
思っていた方向ではなかったけれど、一応、仕事としてはいい内容になったと思う。
しかしダーツ大会が終わった今、特別手当として受け取った大金に震えたり、賞品の首飾りの豪華さに絶望したり紛れ込んでいた指輪に頭を抱えたり、心身ともに受けた疲れに浸ったりする余裕は、今回はあまりない。
中間試験まで、残り日数はわずかである。
「……大丈夫。対策プリントはもう作っているし、落ち着いて対処すれば問題ないはず!」
それに中間試験が終われば、その後は待ちに待った花祭りの日がある!
そう考えて、自分を奮い立たせることにした。




