27 第三の戦いとその結果
アブロス伯爵主催のダーツ大会の日が来た。
今日もテレンスの服を着て男装した私は、モサっとしたウィッグと目元を隠す仮面をつけている。
周りを見回すと、そうそうたる参加者たちが目に入る。
派手な服装をしているのは、貴族お抱えのプロたちだろう。昔風の衣装と斜めにかけた短いマントを羽織っているのは、伝統あるダーツ流派の看板を背負ってきた人たち。もちろん王国騎士団の騎士さんたちもたくさんいる。
多分、私は場違いな子供のように見えているはずだ。
でも負ける気はない。
私には狙いたい賞品があるのだ。
優勝賞品の「黄金の杯」には全く興味はないし、副賞の「アブロス伯爵領の豪華特産品」とやらにも興味はない。
私が狙うのは、クラップス工房の万年筆か、ヒュッケル社のフルオーダーカバンだ。
どちらも貴族たちが愛用することで有名で、機能性も耐久性も最高品質。買うと御曹司から押し付けられたドレスと同じくらいのお値段がする。
でもそのお値段にふさわしい使い心地で、貴族が実用品として好むだけあるのだ。
テレンスは、来年の王立学園入学を目指している。
品質の良い万年筆は絶対に役に立つはずだし、ヒュッケルのカバンはどんな服装にも似合う。テレンスが大学院まで行ったとしても使い続けることができるだろう。
今の私たちは「貴族」とは言えない。
でも、テレンスはとても頭がいい。王立学園を卒業しておけば、間違いなく貴族と同等の安定した人生がひらけていくはずだ。実用品はできるだけ上質なもので揃えてあげたい。
私がしてあげられることは多くない。
ダーツ大会で勝つだけでいいのなら、簡単なことだ。
ふぅっと深呼吸をしていると、私とお揃いの仮面をつけた御曹司が覗き込むように私の顔を見つめた。
「ヴィーさんにしては珍しいね。緊張している?」
「……少しだけ。でも私たちは勝ちますよ。三位か四位を狙います」
「強欲なのか、控えめなのか、よくわからないなぁ」
「レイさんは自信がないのですか?」
「どうだろう。狙ってその順位が取れるのか微妙だが、万全を尽くすよ」
御曹司はニヤッと笑って手を差し出す。
私もその手をぎゅっと握った。
「頑張りましょう。……さあ、戦闘開始です!」
◇
ダーツ大会が終わった。
結論から言うと、私は狙っていた賞品を逃してしまった。
「……最悪です。どうしてあなたは、肝心な時にあんなことをするのでしょうね」
「ごめんね。つい手が滑ってしまって」
「手が滑ったのなら、その次は外してください! なぜ勝ってしまうんですか!」
そう、私たちは勝ってしまった。
決勝戦で。
「おかしいですよ。そもそも、なぜ決勝戦に出ているんです? 私が狙っていたのは三位か四位だったのに、大切な準決勝で勝ってしまうなんてどういうことですか……!」
私は頭を抱えてしまった。
その間も審判員たちの講評は続いていて、私たちの「仮面チーム」はずっと褒められている。
「大会終盤となると、過酷な試合数だったためか、各チームで正確さが落ちていった。優勝した仮面チームも、ヴィー君に疲れが見えて精度が落ちていた。しかしそうなっても、レイ氏のフォローが素晴らしかった。これぞチーム戦! 残念ながら準優勝に終わったロロブーチームも、最後までフォームが乱れず実に見事だった。さすがピレットル流の師範代と若師匠! おっと、これは内緒だったかな?」
――素性は非公開、匿名歓迎だったはずなのに、審判員が暴露してどうするのだろう。
どっと盛り上がっている観客から目を逸らし、私はため息をつきながら賞品が並んでいるテーブルを眺めた。
美しいクラップス工房の万年筆。
フルオーダーが可能だったヒュッケル社のカバン。
ああ、あれは別の人の手に渡ってしまうのだ……準優勝のエベル地方の寄木細工のテーブルセットですらないなんて。
「優勝した仮面チームには、黄金の杯とともに、アブロス伯爵領地で産出したオパールを使った指輪と首飾りが贈られます。一つずつ分け合うもよし、売ったお金を山分けするもよし! さあ、仮面チームはどうするのでしょう!」
審判員がそういうと、最後まで残って観戦していた人々が一斉に歓声を上げた。
その中を、主催者のアブロス伯爵様が私たちの前まで来て、笑顔で美しい木箱の蓋を開ける。
日が傾いて光の色が変わってきているけれど、会場内は贅沢に灯された照明で明るい。その蝋燭の光を受けて、木箱の中のオパールは幻想的に輝いていた。
副賞が高額宝石だなんて。
……あんな高そうなもの、いらない。
手に余るから、御曹司に売ってきてもらおうかな……。
放心気味だったから、伯爵様から差し出されたものを何も考えずに受け取ろうとする。指輪の箱だ。
背の高さから、私は十代前半の少年だと思われているらしい。
御曹司は立派な大人に見えるし、実際に成人している。だからより高価な首飾りを御曹司へ渡そうとするのは当然だろう。指輪だけでも、私には高価すぎるけれど。
ため息を押し殺して受け取ろうとした直前、小さな箱は横から掻っ攫われていた。
「……え?」
「アブロス伯爵。大変に申し訳ないが、彼女には首飾りを贈っていただきたい」
「それは構わないが……ん? 彼女?」
アブロス伯爵様が首をかしげた。
周囲も不思議そうに私を見たようだ。それから、ハッとしたように私の全身を見た。
「そうか、こちらのヴィー君は女性だったのか! 少年だと思い込んでいたよ!」
「彼女は弟のために、三位か四位の賞品がほしくて参加しました。でも、俺はそんなに無欲ではない。彼女のために、この優勝賞品――ヴィオラ嬢の美しさを引き立てる首飾りと指輪が欲しかったのです!」
………………は?
バカ御曹司はいったい何を言い出したの?
ポカンとしている私に、御曹司がニヤッと笑った。
それでやっと、私の視界が妙に開けていることに気がついた。それに、いつの間にか頭が軽くなっている。
ボサボサの藁のようなウィッグは、仮面と共に御曹司の手の中にあった。
「い、いつの間に?!」




