26 連勝
私は、武術などの実技は得意ではない。
その代わり外国語を複数習得した結果、学術論文から民話や冒険物語まで、さまざまなジャンルの文章を翻訳して代価を得ることができるている。
翻訳の仕事は、基本的に誰にも会わずに済むことがいい。下手に関わると、悪女だった母そっくりの顔のせいで、いつの間にかトラブルになっていたりするから。
そんな私が、ダーツだけは得意としている。
体を大きく動かさずにすむから、というのはあるけれど、幼い頃にダーツを教えてくれた人がいたからだ。
いわゆる母の取り巻きで、教えてくれた人たちは古くからの武人家系だったらしい。
だから私の投げ方は、武人たちの間で正統とされるバロイック流派のもの。
母が帰る気分になってくれるまでずっと暇だったから、ダーツの的があるとひたすら矢を投げ続けていたこともある。
その後はしばらく期間が空いたけれど、幼い頃に叩き込まれた正統派のフォームは今も完璧らしい。
少々トラブルに巻き込まれかけたけれど――控えめに言っても、最高品質のストールはほぼ確実に私のものだ!
「仮面のヴィーくんは、またミスなしだぞ!」
「いや、まだだ。相手だってミスターパーフェクトと呼ばれた男だからな!」
「それをいうなら、前の試合も最終盤になればなるほど精度が上がる男だったが、あっさり負けたじゃないか。ミスターパーフェクト氏も、人間である限り……ああ、やっぱり!」
「ついに、はずしたかっ!」
周囲からどっと歓声が湧き上がった。
たっぷりとした腹回りと、派手な帽子がトレードマークの対戦者は、的に刺さらずに落ちていく矢を見ながら、がっくりと膝をついている。彼のチームの仲間は慰めるように肩を叩いているが、彼も放心しているようだ。
その姿を尻目に、私が最後の締めのつもりで矢を投げる。
投げ矢は、残りの点数と等しい点数エリアにしっかりと刺さった。
「仮面チームの優勝です!」
審判たちが私たちに祝福の握手をしに来る。
祝福の言葉を受け、みんなの前で優勝メダルと副賞の染色前のストールを受け取った。期待通りの肌触りに、一気に気分が上がる。
優勝の喜びを噛み締めつつ、そのまますぐに職人さんと色の打ち合わせを始めた。
周囲は大宴会が始まった。
でもお酒が飲めない私は興味がない。賑やかな声を聞き流し、しっかり色を吟味して一番リリアナに似合いそうな空色に決めた。
かわいらしさも、ちょっと背伸びした大人っぽさもある、最高の色だ。
「完成品の受け取りはいつにしますか? 次のダーツ大会の日までには完成しているはずですが」
「……次のダーツ大会?」
「ええ、アブロス伯爵様が主催される大会ですよ。もちろん参加なさるでしょう? 次の賞品用に、腕のいい細工職人たちが雇われたと聞いています。確かこの辺に……ああ、これですね」
染色職人さんは大会要旨を見せてくれた。
受け取った私は、悩んだ。
でも悩んだのは一瞬だ。次の大会は八位まで賞品が出るらしい。賞品の一覧を見た私は、すぐにくるりと振り返った。
そこには美味そうに麦酒を飲んでいる御曹司がいた。
庶民風の服を着た姿で、鼻の下に泡をつけている。一つ一つはよくある光景なのに、有象無象とは隔絶した色気が漂っているのはさすがと言うべきか。
さっきから頻繁に女性たちがウロウロしているなと思っていたけれど、この御曹司のせいだったらしい。ジョッキが空になったらお代わりを渡そうと、一部でピリピリと緊張感が高まっているようだ。
オディーランス公爵様のご子息も庶民的な麦酒を飲むんだな、と思わず見ていると、御曹司は手の甲でぐいっと泡を拭ってニヤリと笑った。
「俺に見惚れてくれたのかな?」
「……泡をつけた顔が間が抜けているなぁ、と思っただけです」
「うんうん、君にそうやって冷たい目で見られると理想のダメ男に近付いているようで、とてもいい気分になるよ。仮面越しというのも、独特の味わいがあるね!」
……何を言っているのか、さっぱりわからない。
でもこれ以上御曹司を見ていると、さらに喜ばせるだけのような気がしたから、目を逸らしながら咳払いをした。
「えっと、御曹……レイさんは、来週末はお時間はありますか?」
「ああ、またダーツ大会があるんだってね。君が参加するなら付き合うよ」
「ありがとうございます」
ほっとして素直に礼を言う。
御曹司はそんな私を見て、首を傾げた。
「でも、君……大丈夫なのか?」
「大会の規模が大きいから、参加者も各流派の師範代クラスが来るでしょうね。貴族お抱えのプロも参加すると思いますが、優勝は最初から狙っていないので」
「優勝以外はいけると思っているのは、さすがだね! でも俺が心配しているのは、そういうことじゃないんだよなぁ……」
「え?」
では、いったい何を心配しているのだろう。
私も首を傾げると、御曹司はちらっと周囲を見てから立ち上がり、ぐっと体を寄せて囁いた。
「君なら余裕かもしれないが、再来週から、中間試験が始まるよ?」
「……あ」
そうだった。
今、参加を検討しているダーツ大会は来週末だ。その二週間後は花祭りがある。これは覚えていた。
でも花祭りの前には、王立学園高等部では中間試験がある。普段から手は抜いていないとはいえ、いい成績での卒業を目指している私としては、定期試験での成績は重要だ。
次のダーツ大会に出場すると、試験前の週末はそれで潰れてしまうだろう。
私は手元のチラシに視線を落とした。
主催者が上位貴族であろうと、猛者たちが集まる大会であろうと、そこは私にはどうでもいい。ただ賞品がとてもいいのだ。
試験勉強と天秤にかけても、辛勝するくらいに。
「……中間試験なら、たぶん大丈夫だと思います。うん、きっと大丈夫!」
「君がそう言うのならいいんだけどね」
御曹司は姿勢を戻して、手に持っていたジョッキをぐいっと煽って麦酒を飲み干した。
……麦酒って、そんなに美味しいんだろうか。




