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【書籍化】没落令嬢の雇われ悪女な日々  作者: 藍野ナナカ
第1部

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24/53

23 噂の新展開



「ロレーダン君、今回も早かったね! ……ところで、君のことがまた話題になっているって知っているかな?」


 論文の翻訳の完成品を持っていくと、教授は嬉しそうに受け取ってから、ちらっと私の顔を見た。

 周囲からずっとヒソヒソ言われているから、また私のことなんだろうなと思っていたから、特に聞きたいとは思わない。

 でも教授はペラペラと翻訳の紙をめくりながら、一方的に教えてくれた。


「先日の夜会で、あのオディーランス君が一生懸命にご機嫌取りをしていたらしいじゃないか。うっかり君に話しかけた男を、恫喝して追い返してしまったとも聞いたよ」

「……まあ、それっぽいことはありましたね」


 教授があまりにも好奇心いっぱいだから、お茶を飲みながら小声で答える。

 ちょうど秘書さんがお菓子を持ってきた。いつものように睨まれてしまったが、視線はどことなく穏やかな気がする。

 珍しいことに、私がいても機嫌がいいらしい。


「何か、いいことがあったんですか?」

「ふふん、レイノルド卿のことで、面白い話を聞いたぞ。お前に振られた後、別の女性と恋に落ちたそうじゃないか!」

「――えっ、そうなんですか!」


 いつの間にそんなことになったんだろう。

 本当に恋をしたのなら、私のお仕事が終わったと言うことでは?

 よかった!

 でもあの日の御曹司は、ひたすら笑っていただけだし、その後も恋だのなんだのを全く匂わせていないような……?


「レイノルド卿の新たな恋の相手は、騎士たちを相手にダーツで勝った女傑だそうだ!」


 お茶を飲もうとしていた時だったから、軽くむせた。恐る恐る顔を上げると、秘書さんは勝ち誇った顔をしている。

 えっと、つまり……?


「こらこら、ロレーダン君をいじめてはいけないよ。すまないね。この男は、君が振られたと思い込んでいるんだよ」

「は、はぁ。……私、振られたんですか?」

「違うな。お前は愛想を尽かされたんだ! 男の純情を弄ぶからそう言うことになるんだぞ! 因果応報とはこのことだ! ふははははは! 逃した途端に惜しくなったのか!」

「いや、まさか、そういうことでは……それより、ダーツというのは、その」

「警備に協力した騎士たちが、夜会の一室でダーツ大会をやっていたそうだよ。彼らはいつも元気だね! それで、その大会で優勝したのが仮面をつけた女性で、その女性と馬車で帰っていくオディーランス君を見たという人が何人もいてね……いや、オディーランス君は紳士だからね! 送ってあげただけだと思うよ!」


 教授が一生懸命にフォローしようとしている。

 でも、私は頭を抱えてしまってそれどころではなかった。


(バカ御曹司の新しい恋のお相手って、私のことじゃない……!)


 よくわからないことになった。

 でもよく考えてみると、御曹司が次々に恋をしていく軽い男になったというのは、評判を落としたことにならないだろうか。

 なっているといいな。なったということで、危険手当のつくお仕事と縁が切れる……かも!?

 そう思い至って、私は少し元気になった。

 お菓子をパクパクと食べ、お茶をぐいっと飲み干す。一仕事終わった後の甘いものとお茶は、最高に美味しい!


「ごちそうさまでした。また何かありましたらお知らせください!」


 私がそう言って立ち上がると、教授は「空元気でなければいいんだが……」と心配そうにつぶやいている。対照的に、秘書さんは見たことがないほど晴れやかな笑顔で見送ってくれた。

 ……私が振られたことが、そんなに嬉しいんだろうか。

 さすがに、ちょっと複雑だ。




 秘書さんの笑顔を頭から追い出し、私の憩いの時間でもある花壇の水やりへと向かう。仕事が終わった晴れやかさに浸りながら道具小屋に入ると、ジョウロの中にまた分厚い手紙が入っていた。

 手紙事体はどうでもいい。もう慣れてきた。

 でも、うっかり好奇心で開けてしまった私は……心から後悔した。


『あなたから目移りした愚かな男に、天罰が下ることを祈ります』

『私は決して心変わりをしません。何があろうとあなたを敬い崇め続けます。ああ、今日もあなたの靴が羨ましい……』


 靴云々は、地面への嫉妬の同系列の話だろう。

 この手紙そのものは、私を慰めようとしていると思う。その心遣いは嬉しい。嬉しいのだけれど……。


「一方的に言い寄られていたはずなのに、なぜ私が振られたことになっているの!?」


 ライバルは私。

 奪われたのはバカ御曹司。

 …………うん、意味がわからない。



     ◇



 もやもやしながら帰路につき、家の扉を開ける前にため息が漏れてしまう。

 でもため息はここで終わりにする。

 扉を開ければ、私は元気で悩みのないヴィオラに戻るのだ。


「……忘れよう」


 小さくつぶやいて、私は気合を入れて扉を開いた。


「ただいま!」

「やあ、おかえり」


 元気に家の中に入った私は、玄関ホールで足を止めてしまった。

 迎えてくれたのは、妹のリリアナではなかった。

 もっと大きくて、可愛げなく顔の整った男が、満面の笑みを浮かべている。何がそんなに楽しいのやら。


「……また来ていたんですか」

「ヴィオラ嬢に会いたくてね!」

「あなたは次の恋を見つけて夢中になっているそうですから、私とは縁を切ってください」

「おっ、もう最新の噂を知っているんだね。元気がないように見えたけど、もしかして妬いてくれたのかな?」

「自分に嫉妬して、どうするんですか!」


 はぁっとため息をついてカバンを置きに部屋へ行こうとして、玄関ホールに、もう一人いることに気が付いた。

 壁の前で直立しているから、家具の一部のように見えてしまったけれど、私と目が合うとニヤッと笑う顔は爽やかで、なのにどこか暑苦しい。


「騎士さん?」

「お邪魔してるよ! ヴィオラお嬢さんに用があるから家の前で待っていたんだけど、レイノルド卿も来てね。二人で待っていたら、テレンス君が『中で待っていい』と言ってくれたんだ!」


 騎士さんは嬉しそうにいうけれど、それは「目立つ男が二人も立っていると近所迷惑になるから」という冷めた理由だと思う。

 ……でも細かい違いは、この際どうでもいいか。考えすぎると疲れるだけだ。


「それで、騎士さんのご用件とは何でしょう?」

「ヴィオラお嬢さんを誘おうと思って!」


 騎士さんはそう言ってから、ハッとしたように御曹司を見て慌て出した。


「しまった。言い方がまた悪かったかな。デートじゃなくて、ダーツ大会だよ! ぜひお嬢さんも誘ってほしいと同僚たちに頼まれたんだ!」

「ダーツ大会ですか? でも私はあくまで素人ですし……」

「あの腕前なら、次の大会も最有力候補だよ! ただ、次のは個人戦じゃなくてチーム戦でね。誰かと組んでもらわなければいけないんだ」


 それは面倒臭い。

 せっかく誘ってもらったけれど、私は不参加ということで……。


「もちろん、今度も優勝すると賞品が出るぞ。ご婦人たちの間で大人気の……エヴィ何とかと言う、有名な産地の麻で織ったストール? それを好みの色に染めることができるんだ!」

「出ます!」


 考えるより先に、言葉が出てしまった。

 エヴィレス産の麻は、最上品と言われている。

 軽くて涼しくて、麻とは思えないほど肌触りがいいので、貴族女性たちが争奪戦を繰り広げることで名高い。


 母が貢がれていたから、幼い頃は私も使っていた。使い勝手の良さは知っている。絶対に欲しい。上質な麻のストールはリリアナのお出かけの時に活躍するはずだ。

 買うとなると本当にすごいお値段になるし、少しお手頃のものがあったとしても色が選べない。オーダーできるなら、淡いピンク色にしてもらいたい。目の色に合わせて、ちょっと大人っぽい青色でもいいな。

 絶対にリリアナに似合う!


「おっ、いい反応だね! でもチーム戦だから誰かと組まなければいけないんだが、知り合いはいるか? もし心当たりがないなら、先日の対戦者たちから指名していいと思うよ」

「うーん、そうですねぇ……」


 夜会の時の対戦者たちの顔を思い浮かべてながら、私は悩んだ。

 誰と組んでも優勝は狙えそうだと思う。

 でもよく知らない人を信頼していいものか。なんせ私は、顔だけは悪女な母とそっくりなのだ。何がどう転ぶかわからない。

 それなら、女性騎士さんと組んでみようか……と考えたところで、面白そうにこちらを見ている御曹司が目に入った。

 ――私の顔に惑わない、という点で信頼できる人ならここにいる。ただし、ダーツの腕前は未知数だ。


「あのー、ちょっといいですか?」

「ん? 何かご用かな?」

「御曹司さんは、ダーツはお得意ですか?」


 私がそう聞くと、御曹司は一瞬驚いたように目を見開いた。

 なぜかまじまじと私を見たけれど、すぐにいつもの胡散臭いほど外面のいい笑顔に戻った。


「得意というほどではないけど、人並みにはできるかな」

「では、私とチームを組んでくれますか?」

「いいよ、君には先日の夜会でいい仕事をしてもらったからね。ご指名に応じよう!」


 御曹司は悪戯っ子のような顔で楽しそうに笑う。

 そんな表情も意外に嫌みがないなと思ったけれど、全ては整いすぎた顔のおかげかもしれない。

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