22 君は何をしているのかな?
「……ヴィオラ嬢。君は何をしているのかな?」
楽しくダーツに熱中していた私は、背後からかかった声にハッと振り返った。
そこにいたのは、私のドレスとお揃いのピンク色のバラをつけた人だった。
額に前髪が乱れかかっている以外は完璧な貴公子ぶりで、わずかに眉をひそめた表情は整った顔立ちを引き立てている。
御曹司だ。
……うっかり存在を忘れていた!
手から計算中の得点表が落ちてしまい、近くにいた騎士さんがすかさず拾ってくれた。
「どうぞ、レディ!」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、残り一回で優勝が決まります。集中ですよ!」
「そちらの君も、レディの邪魔をしないでくれ。……あっ、オディーランス公爵家の御曹司でしたか! 失礼しました!」
盛り立ててくれていた騎士さんたちが、私に声をかけてきた相手が誰かに気付いて顔を強張らせる。
しかし、騎士さんたちは勝負事にはどこまでも真剣だった。すぐに表情を改めて、ずらりと御曹司の前に立ち塞がった。
「レディは優勝がかかった大事な時なんです。どうか、妨害行為はお控えください」
「……いや、妨害はしないよ。ただ何をしているのかと……まあいいか。なんとなくわかったから。レディ、ここで待っているから、存分にどうぞ」
「あ、はい」
私が頷くと、御曹司はさっさと近くの椅子に座ってしまった。
……なんだか、ちょっと呆れられている気がするけれど、気にしてはいけない!
私は目元を隠している仮面の位置を調整して視界を確保し、運ばれてきた小さな投げ矢を手にした。
これまでの合計点数は、対戦相手より私の方が上。
次の一投で十八点を取れば勝ちが決まる。外れても、二投目で補えばいい。
ふうっと息を吐き、集中する。
目指すは十八点のエリア。
狭くて難度が高くても、私は狙うのみ。優勝賞品である特大フルーツ盛り合わせを手に入れるために!
私が構えると、室内は静まり返った。聞こえるのは本会場から聞こえる楽師たちの演奏だけだ。
大丈夫。私は落ち着いている。
だから――負けない。
「……おおおお!」
カツン、と小気味良い音がした直後、騎士たちが一斉に立ち上がった。
「勝負あり! 優勝は『仮面のレディ』です!」
「おめでとうございます!」
「悔しいが、いい腕だった。ぜひ再戦を願いたい!」
「ねえ、この後に時間はある? よかったら打ち上げに来ない? 男どもが目障りながら、私たちだけの女子会にしましょう!」
騎士の皆さんが私を讃えてくれた。
親しげに誘ってもらると、ちょっとくらっとくる。でもそんな誘惑に負けそうな私を、爽やかすぎる完璧な笑みを浮かべた御曹司が正気に戻してくれた。
「レディ。帰りの馬車の準備はできているが、どうする?」
「……あ、はい。帰ります」
「よろしい。優勝賞品はそれかな? 俺がお持ちしよう」
御曹司はテキパキと動いてくれた。
騎士たちがおずおずと差し出したフルーツがたっぷりと入ったカゴを持ち、まだ仮面をつけたままの私の背を押して部屋を出た。
夜会はまだ続いているようだけれど、もともと途中で抜けて帰るつもりだったから、全ては予定通り。
でも……逃げられないように私の手をつかんでいて、歩きながらずっと黙っているということは、やっぱり怒っている、よね?
「あの、御曹司さん」
「……叔母の長すぎるお喋りからやっと逃れられたと思ったら、君は壁のところにいない。だから俺もけっこう慌てたんだよね」
「す、すみません……」
「また女性たちに囲まれているんじゃないかとか、変な男に絡まれていないかとか、どこかの部屋や暗がりに連れ込まれているんじゃないかとか、いろいろ走り回ったんだよ」
「ご、ご、ご迷惑をおかけしました……!」
「それなのに、君は元気いっぱいにダーツに興じていた。王国軍の騎士たちは君を守ろうと俺の前に立ちふさがるし……本当に、何と言えばいいのか……」
御曹司の言葉が途切れた。
これは……やっぱり怒っているようだ。
でも私だって、一応、身の安全には気を配っていた。知り合いの騎士さんがいたからダーツ大会に参加したんだし、顔を見られて変な噂にならないように、飛び入り参加用に用意されていた仮面をつけたし……!
心の中でいろいろ言い訳をしている間に、夜会会場の外に出た。
車寄せでは御曹司の馬車が待っていて、すぐに乗り込む。御曹司も無言のまま座席に座った。
向かい合って座ったというのに、目が合わないし会話もない。私がますます緊張している中で、馬車が動き出した。
馬車は通りを進んでいく。
目元を隠していた仮面を外して、恐る恐る御曹司の顔を見る。ずっと窓の外を見ていた御曹司は、やっと私へと目を動かした。
エメラルド色の目と視線が合った途端――御曹司は、ぶはっ、と吹き出して笑い出した。
「君はすごいな! さすがにダーツ大会で優勝するなんて思わなかった! なんだよ優勝って! 相手は現役の騎士たちなんだぞ? そこまでダーツが得意とは思わなかった!」
「それは、幼い頃から母の取り巻きに教えてもらったので……」
「レディ・ロザリアの取り巻きか! それでバロイック流派の投げ方だったんだ! いいよ、最高だよ、ヴィオラ嬢! いつも『力こそ正義』と言って親父にもへつらわない騎士たちが、みんなキラキラした目で君を見ていたじゃないか! 実力で騎士たちを崇拝者にしてしまうなんて、レディ・ロザリアを超えているなぁ!」
「え、えっと……?」
「そういえば俺、君を探して部屋という部屋の扉を全部開けたんだけどっ! かなり危険な組み合わせも見ちゃったよっ! 親父は頭が硬すぎてゴシップの利用は嫌うから……ああ、もったいない!」
驚いた御者さんが小窓から覗いてしまったくらいに大笑いしながら、御曹司は言葉も途切らせない。
器用ですね。……でも、ちょっと笑いすぎ。
心配させた私が悪かったと思うし、怒らせたのではなかったのは良かったと思う。
でも座席でひっくり返りながら笑っている姿は、誰もが憧れる公爵家の御曹司というより、幼年学校に通う元気な子供たちのようだ。そのくせ、上質な夜会服が似合っているから意味がわからない。
笑いながら「今夜の俺は嫉妬深いダメ男に見えたはず!」と嬉しそうな姿にうんざりして、私はこっそり目を逸らした。
結局、御曹司は私の家に着くまで、ずっと笑い続けていた。
……明日は笑いすぎの筋肉痛で苦しめばいいと思う。




