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【書籍化】没落令嬢の雇われ悪女な日々  作者: 藍野ナナカ
第1部

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19/53

18 牛肉50人分


 私の母ロザリアは絶世の美女だ。

 どんな場に出ても人々の中心になっていたし、誰よりも輝いていた。


 ……でも、今はなんとなくわかってきた。

 母ロザリアが輝いていたのは、我が国最高と讃えられた美貌のせいだけではない。

 華やかで高価なドレスと、周囲に集まる煌びやかな人々と……母の肌の上で輝いていた宝石の威力だったのだ。


「宝石だ……」


 母を唐突に思い出してしまったのは、目の前の宝石のせいだ。

 大粒で、キラキラと輝いていて、周囲を繊細な金細工が囲んでいる。――いわゆる首飾りというものである。

 貴族の夜会といえば、ドレスと化粧と宝石。どれが欠けてもいけないのに、私はすっかり失念していた。

 だって私は没落令嬢として地味に生きることに専念してきたのだから!


「……すごく……高そう……」

「感想がそれでは、貢ぎ甲斐がないんだけど?」

「む、無理……ドレスならまだ制服の延長と思えばよかったけど、宝石は絶対に無理です! いったいいくらするんですか! この首飾りも、ミゼーラ産の牛肉五十人分くらいしそうで怖いんですが!」

「ほぼピッタリですね。お見事でございます」


 そう言ってニコニコと笑う男性は、とても上品な外見をしている。

 この男性は宝石商人らしい。

 ドレスのお店にも男性店員さんがいるんだな、それにしては私たちに全く話しかけないから事務専門のひとなのかな、などと思っていたけれど。どうやら、ドレス選びの過程を全て見てから、一番似合いそうな宝石を勧めるつもりだったようだ。

 いやいや、宝石なんて、いくら高価でも食べられないんですよ!


「安心してくれ。ここにあるものは予算内だ。もちろん君のためなら予算オーバーしても気にしないから、好きなものを選んでいいよ? ――ああ、一つだけ。夜会なら華やかなものがいいから、地味なものは不可だ」


 退路を断たれてしまった。

 ……いらない。こんなまぶしくて食べられないものはいらない。流用もできない華やかなものなんて……あ、リリアナにも似合いそうなものなら……。


「リリアナちゃんにあげるとしても十年後だから、君の好みを優先するべきだと思う」

「ば、バレている!」

「ついでに言えば、夜会の後にどう扱っても君の自由だ。売れば……どこ産の牛肉五十人分だったかな?」

「ミゼーラ産でございますよ、レイノルド様」


 バカ御曹司と宝石商人が和やかに話しているのを聞きながら、私はまばゆい首飾りから目を逸らして視線をさまよわせた。

 ちなみにリリアナは疲れたように見えたから、夕食の支度を口実に、テレンスに先に連れて帰ってもらった。……私も帰りたい。


 でも、御曹司はともかく、宝石商人さんが吟味して選んでくれたのだ。ため息をつくのは失礼だろうなとこっそり押し殺していると、ふと奥のテーブルに目が止まった。

 宝石商人さんが首飾りなどを入れていたケースが並んでいる。選外になったもののようだ。淡いピンク色のドレスと色が合わないのだろう。


 でも一つだけ、妙に気になる首飾りがあった。

 首飾りのデザインとしては、シンプルで地味な部類だ。でも、使っている宝石の色が深い。そしてなぜか懐かしい。

 宝石に郷愁を誘う効果があるなんて聞いたことがないのに、妙に気になって仕方がない。

 ついじっと見ていたら、宝石商人さんに気付かれてしまった。


「お嬢様、何か気になるものを見つけましたか?」

「いえ、あの……」

「気に入ったものがあれば、夜会用でなくても贈るから……ん? もしかして、あの青紫色の?」

「気に入ったとかじゃなくて、目に入っただけなので……!」


 御曹司に簡単に見抜かれて焦った次の瞬間、宝石商人が勢いよく立ち上がった。


「さすがお目が高いっ! ご覧になっていたのはこれですねっ!」

「え、ええ、それではあるんですが……」

「お会いしてみて、お人柄が穏やかでいらっしゃるから除外しておりましたが、さすがあの方のご息女! 実を言いますと、これはあの方が『娘が大きくなったら買ってあげたい』とおっしゃった品でして! それ以来、どなたにもおすすめしたくなくなったと申しますか、大きさのわりに値も張りますからお買い上げくださる方もいなかったのですが。まあ、私も誰にも売る気はありませんでしたがね! しかし宝石商人としての誇りに賭けて申し上げると、この深くも華やかなお色味はあの方やお嬢様の目の色とよく似ているがゆえに、抜群にあなた方の美貌をより引き立てるものだと断言いたしますっ!」


 あっという間に首飾りを持ってきた宝石商人さんは、一気にまくし立てた。あまりの熱弁ぶりに思わず体が逃げてしまって、椅子の背にびたりとくっついてしまう。

 でも、落ち着いて考えよう。

 つまり、この商人さんに余計なことを言ったのは……。


「……『あの方』とは、私の母のことですか?」

「もちろんでございます!」


 食い気味に肯定されてしまった。

 でも、そうか。だからだったなのか。やっと思い出した。

 懐かしく感じたのは、母の宝石箱に似たものがあったからだ。母の宝石はもっと小さかったけれど、色合いはそっくりだった。

 ただし、似ているのは色だけだ。

 こちらの方が大きいから、お値段は母の指輪の何倍もするはず。こんな高そうなもの、御曹司はきっと喜んで……おや? 御曹司が静かだ。


 やっとそう気が付いて、隣に座る男を盗み見る。

 相変わらず馬鹿馬鹿しいほど顔のいい御曹司は、予想に反して笑っていなかった。まるで悩んでいるようだ。……何を?

 真剣な表情はすぐに消えた。私に目を向けた時には、いつもの無駄に明るい笑顔になっていた。


「君の目に止まったものなら、買わないわけにはいかないな。これにしよう!」

「でも、今、何か悩んでいませんでした?」

「もちろん悩んだよ! ドレスのデザインを少し変えてもらった方が良さそうだからね! 頼めるかな?」

「お任せくださいませ。完璧にアレンジさせていただきます」


 店長さんの鼻息が荒い気がする。

 宝石商人さんは……ただの母の熱狂的な崇拝者になっているからよくわからない。でも妙にハイテンションになっているのは、商人らしくもある。

 まるで、とても大きな商談がまとまったかのようだ。

 並べられた首飾りには全て値札がないけど……。


「……あ! これ、ものすごく高いのでは!?」

「大丈夫。ちゃんと払えるから」

「予算内と言ってくれないんですね!?」

「払い方を変更するだけだよ。……少しいいかな?」

「では、奥の部屋をお使いください」


 店長さんがすかさず案内に立ち、その後を御曹司と宝石商人さんが続く。残されてしまった私は、別の店員さんに新しいお茶を淹れてもらった。



 本当は、お茶を飲んでいる場合じゃないと薄々わかっていたと思う。

 でも、庶民感覚が根付いた私はもう疲れ切っていた。

 だから現実を正視することができず、全力で逃避してしまった。

 ――――後悔している。

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