17 ドレス選び
店内には、いくつかテーブルが置かれている。
その一つに座っているテレンスは、お茶を飲みながら退屈そうだ。でも全く暇かと言うとそうでもない。
リリアナが服を当てるたびに「右の薄い色の方がいい」とか「スカートにもう少しフリルのあるものはありませんか?」などと的確な反応を示している。
テレンスも貴族社会で生まれ育っているから、なかなかに見る目がある。
リリアナのおでかけ着を私が選んであげられないのは残念だけれど、テレンスなら一番似合う色とデザインを選び出してくれるだろう。
そこまではいい。
……なぜ私は、彼らから離れたところで華やかなドレスを見ているのだろう。
「夜会用なら、このくらい大胆なデザインが良いのではないでしょうか。お嬢様の髪の色によくお似合いかと」
「……だ、大胆すぎるのではないでしょうか」
主に、肌の露出の具合が。
冷や汗を流しているのに、次々にドレスを運んでくる店長さんの笑顔は変わらない。
「お嬢様には絶対にお似合いですよ」
「んー、とてもいいと思うが、彼女は露出が多めの服に慣れていないんだ。だから右端のドレスくらいに控えめなものがいいと思う」
「なるほど! 敢えて露出を抑えることで、より一層輝いて見える効果がありますね!」
「そんな効果はいったいどこから……って、なぜリリアナとお揃いじゃないドレスを選んでいるんでしょうか!」
「なぜって、君は俺と夜会に行ってくれるんだろう?」
「行くと言いましたけど、別ドレスとは聞いていません!」
「あれ、言わなかったかな。まあ、気にしない気にしない。フルオーダーのドレスではないから、そんなに高くないよ!」
……高くない、だと? それは絶対に嘘だ。
採寸から始めるドレスではないのは間違っていないけれど、勧められているドレスはどれも一点ものだし、布の手触りは記憶の中の母ロザリアのドレスに匹敵している。デザインも縫製も最高品質。
私にドレスを選んでいる店長さんの興奮気味の顔を見ているだけで、ドレスの値段が透けてくるようだ。
……ああ、なんだかいっぱいいっぱいだ。めまいがする。
そして私の前に並べられているドレスは、はっきりとした鮮やかな色ばかりだった。
「……私はやっぱりこういう色しか似合わないんでしょうか。リリアナとお揃いの色のドレスなんて、やっぱり無理なのでは……」
次々にドレスを当てられながら、虚ろにつぶやくと、店長さんが手を止めて首を傾げた。
「お嬢様にも、小さなお嬢様と同じ色は似合いますよ?」
「ははは……優しい言葉、ありがとうございます……」
「……本気でおっしゃっています? 絶対にお似合いですよ。夜会用なら、こちらの淡いピンク色は特におすすめです! 鏡をよくご覧くださいませ!」
どことなく怒ったような店長さんの言葉に押され、ドレスを体に当てた私は、しぶしぶ鏡を見た。
リリアナが悩んでいる三着のうちの一つが淡いピンク色で、それとほぼ同じ色だ。かわいらし過ぎて私には似合わない色で……。
「……あれ? 意外に悪くない、かも?」
「お顔映りの良くないピンク色はあると思いますが、こちらのドレスは布の質感がしっかりしていますので、お嬢様のような大人っぽい方にも似合います。ちょっと可愛らしさが漂いつつも、目線一つで妖艶にもなるかと。殿方が目を奪われる様子が目に浮かぶようではありませんか!」
「いいね。とりあえず着てみよう」
御曹司の一言で、私は更衣室に連行された。
そこでドレスを試着する。店長さん直々に布を絞ったり、スカートの丈を合わせたり、と丁寧に且つ大胆に修正され、気がつくと髪も軽く結われてしまった。
い、いつの間に?
呆然としている間に全て完了したようで、私は更衣室から店内へと連れ戻された。
「いかがでしょう? 雰囲気がわかりやすいように髪もアップにしてみました。当日は甘い雰囲気のお化粧をすれば完璧でございます!」
「へぇ……似合うだろうと思っていたけど、予想以上にいいな。リリアナちゃんもそう思うだろう?」
「はい! ヴィーお姉様、とってもきれい!」
いつの間にかリリアナが御曹司の隣に座っていて、目をキラキラさせながら私を見ている。どうやら休憩としてお菓子を食べていたらしい。
甘いお菓子にも負けないリリアナのかわいい笑顔に、私の心がふわっと温かくなる。リリアナが喜んでくれるなら、ピンク色のドレスも悪くない、かな……。
流されそうになった時、テレンスが小さなドレスを持ってきた。
「リリアナは、このアプリコット色に決めたんだよな?」
「うん! ……あの、この色もヴィーお姉様に似合いますか?」
「もちろんでございます! 昼間のホームパーティー用でしたら、こちらの気の張らないデザインのものがピッタリかと!」
リリアナの期待に満ちた視線に、店長さんは自信たっぷりに新たなドレスを取り出した。
ほんの少しだけ濃いめのアプリコット色で、リリアナには似合いそうだけれど、私にはちょっと……じゃないかな。
と軽く怖気付いた次の瞬間、また試着室に連れていかれてしまった。
再び店長さんの渾身のアレンジが繰り広げられ、今度は優しげなお姉さん風になる。
うーん、やはりいい腕をしていらっしゃる。
とても感心する。感心はするんだけれど。
「……二着もいらないんですが!」
「用途が違うから大丈夫だよ。テレンス君もそう思うだろう?」
「二着くらい、あっていいんじゃないの? ヴィーは学園の行事にいつも制服で参加しているから」
「まあっ! それはいけません!」
テレンスの言葉に、店長さんがなぜか激しく反応した。
驚いている私に向き直った顔は、恐ろしいほど真剣になっていた。
「こちらの夜会用のドレスは、学園行事にも使えるようにアレンジすることができます。夜会後にお持ちくださいませ。もちろんサービスでございます!」
「そ、それはありがたいんですが、でも……」
「当店のドレスをお召しいただくだけで、宣伝になりますので! こちらはサンプル布でございます。ご利用くださいませ」
「……ありがとうございます?」
何に使うかわからないまま受け取ろうとしたら、御曹司に横取りされた。
「今後のために、俺が預かっておくよ」
「はぁ」
今後って何だろう。
よくわからない。でも……本当にいいんだろうか。かわいらしいアプリコット色を、テレンスも着るんだけど。
思わずテレンスを見ると、テレンスは観念したように店員さんに布を当てられていた。
どうやらベストを作るらしい。
テレンスの髪の色は冷たい印象が強いけれど、ほんわかした色の服は美少年ぶりを引き立てると思う!
リリアナは先ほどのテレンスそっくりの表情で「右の色が似合うと思います!」と堂々と意見を店員さんに伝えていた。
きびきびしたリリアナも、最高にかわいい……!
――などと逃避をしていたけれど。
御曹司が御曹司である事実を、まだまだ甘く見ていたらしい。




