【第五章】 ジュラシックアース ②
2026年3月20日に完結します。
おそらく、個人的な理由で、この小説の公開は2026年4月1日から一時的に非公開にします。
☆カ・イ・ト
―回想―
〜ルミナール船、出航前〜
「――本当に、ここぞって時だけよ」
薄暗い船内で、フェザーは小さなケースをルビィの手に置いた。
中には、無色透明の錠剤が3つ。
「効き目は、超身体能力の解放。でも、時間も副作用も……正直、試作段階で読めない」
「じゃあ、使わない方がいい薬ですね」ルビィが言った。
フェザーは一瞬だけ笑った。
「だから“ここぞ”なの」
ケースがカチリと閉じ、記憶は途切れた。
◆現在・ジュラシックアース地表。
灼熱の太陽と湿った空気が、肺にずっしりとのしかかる。
「……静かすぎない?」ルビィの呟きに、すぐ横のアンデルが痛む脚を気にしながら答える。
「こういう時ほど、一気に来るんだよ、ドカッと」
少し離れた大柄なSWAT隊員が苦笑した。
「冗談きついっすよ。もう心臓に悪いっす」
グリムが冷静に声を返す。
「情けないな、ガスト。まだ何も起きてないだろ」
そのとき、シロッコが銃を構えた。
「持ち場を離れるな――やつらが来るぞ」
言い終わるより早く、地面が揺れた。
襲撃
森の奥から咆哮が重なる。
「数、多っ……!」
誰かの叫びが飛ぶ。
中型恐竜が波のように押し寄せてきた。
10、20……いや、それ以上。
「撃て!」
光線銃の閃光が走る。
1体、2体と倒れるが、すぐに隙間が埋まる。
「減らねぇぞ!?」
「弾幕維持!下がるな!」
ガストが後ずさり、足を取られかける。
「うわっ、やばっ……!」
エアロが即座に引き戻す。
「バカ!死にたいの!?」
ルビィのバトルスーツの蹴りが、恐竜の側頭部を叩き、甲高い悲鳴が上がる。
だが――
空が、急に暗くなった。
「上!?」
翼竜型の影が旋回し、急降下してくる。
「ヤバい……!」
ルビィが振り向いた瞬間、足元で何かが弾けた。
(え? 恐竜の尾…?)
ルビィは吹き飛ばされ、地面を転がる。
(あっ…)
ポケットの中に手を伸ばす……
薬のケース。
掴もうとして――
落とした……。
地面に転がる透明のケース……。
恐竜の影が迫る。
「ルビィ!!」結依の声が遠くに聞こえる。
カイトが叫ぶ。
「――間に合わない」
ルビィ
(くっ、殺られる…)
その瞬間。
音もなく、風が“ねじれた”。
恐竜の巨体が、見えない手に掴まれたように宙へ浮き――叩きつけられる。
もう1体。
さらにもう1体。
ありえない角度で、次々と吹き飛んでいく。
場が、凍りついた。
恐竜たちは怯えたように後退し、やがて森へと消える。
静寂。
誰も言葉を発せない。
ルビィが顔を上げると、少し離れた場所にカイトが立っていた。
息を整え、視線を落としたまま。
「……すまない」
カイトはそれだけ言い、背を向け歩き出した。
理由も、説明もない。
ガストがぽつりと呟いた。
「……なに? 今の?」
誰も答えず、ただ1人、エアロだけが、カイトの背中から目を離さなかった。
――恐竜の襲撃後
恐竜の気配が完全に消えたあとも、ルビィはその場から動けずにいた。
地面に視線を落とす。
転がっていた小さな透明のケースを、震える指で拾い上げる。
「今の……」
自分の服の内側に、確かにあるはずだった“切り札”。
それを使う前に――ありえない力が戦況をひっくり返した。
心臓が遅れて強く脈打つ。
「ルビィ」
落ち着いた声。
顔を上げると、結依がすぐそばに立っていた。
銃は下ろしているが、周囲への警戒は解いていない。
「怪我は?」
「ない。でも……」
言葉が、続かない。
結依はルビィの視線の先――
森の奥へ一瞬だけ目を向ける。
それ以上は、何も聞かなかった。
「今はいい。生きてる。それで十分」
そう言って、そっと肩に手を置く。
少し離れた場所。
エアロは、倒れた恐竜と踏み荒らされた地面を見回していた。
――撃った痕跡じゃない。
――爆薬でもない。
“投げ飛ばされた”。
そうとしか思えない。
視線が1人の男に向かう――
背を向けたカイト。
(……やっぱり)
エアロは唇を噛み、何も言わずに視線を逸らした。
「……あ、あのさ」
大きな間の抜けた声が、張りつめた空気を切った。
ガストだった。
「今の一連のやつ……夢じゃないよね?」
「だって恐竜が、ふわーって浮いて、どーんって…」
誰も答えない。
「ねぇ? 手首さん?」
アストラの返事はない。
ガストが手首の方に振り返ると、
アストラの左手首がこちらに向けていた。
――ピッ。
小さなホログラムが浮かぶ。
《記録:異常現象/解析不能》
「解析不能って何?そこ、“気のせい”とか出してくれよ!!」ガスト
アストラの手首が、ゆっくり横に振れる。否定しているようだ。
「そこは即答なんだ!?」
数人が思わず息を飲む。
「シロッコ、動くな」
結依の声が、再び張りつめる。
「かすり傷だ。大丈夫――」
言いかけたシロッコの肩を、結依がぐっと押さえた。
「“大丈夫”は私が決める」
腰の医療キットを開き、手際よく処置を始める。
焼けた装甲の隙間から、血が滲んでいた。
「すまない、援護できなかった……」結依が低く言う。
「自分の責任です」
シロッコは一瞬、驚いた顔をしてから苦笑した。
「結果が全てです。生きてますし」
結依はそれ以上言わず、包帯をきつく締めた。
「次は、無茶しないで」
「了解です」
ルビィは、拾った薬のケースを握りしめたまま立ち上がる。
森の向こう。
そして背を向けたままのカイト。
ルビィ(あの現象がなければ、確実にやられていた)
胸の奥が、ざわつく。
(今のは……何?)
ルビィは深く息を吸った……
そのとき、カイトが膝をつき、力尽きるように倒れた…。
ルビィ「カイトさんっ!!」
この惑星は――
思っていた以上に、危険で、
そして人の秘めた力や秘密を、容赦なく引きずり出す場所となる。
☆カイトの秘密
恐竜の気配が完全に消え、異様な静寂に包まれた船内。
グリムはカイトを抱きかかえ、ベッドにそっと寝かせた。
クルーたちは無言のまま後片付けのように船内に戻る。
ルビィは船内に戻り、すぐに座り込む。手に握った小さな薬のケースをじっと見つめる。
胸の鼓動が荒い。あの“力”の余韻が、まだ全身を震わせている。
その時、化学者バルンが静かに口を開いた。
「ルナストンでは、稀に特別な力を持って生まれる者がいます」
「比率で言えば、5000万人に1人ほど。カイトさんも、そのひとりです」
エアロは思わず体を小さく震わせた。耳の奥でその数字が、鼓膜を割るように響く。
(5000万人に1人……)
黙ったまま、会話を聞き入る自分に気づく。
胸の奥がざわつき、血の温度が少し上がるようだ。
ルビィ「カイトさん…あの力を…?」
バルンは低く頷き、静かに説明を続けた。
「カイトさんは既に退職されていますが、ゼファー大統領の側近を15年間務めていました」
「外見は普通ですが、サイコキネシス系能力者。目に見えない力で物を動かします」
結依「あの落ち着いたおじさんが…?」
ガスト「マジかよ、見た目と違いすぎる…」
グリム「信じられん…」
バルン「大統領はその力を知った上で、カイトさんを20年前に側近に置き、今回のミッションにも特別にカイトさんを同乗させました。そして、戦場でその力が露呈したわけです」
ルビィは小さく息を吐く。心臓がまだ強く脈打っている。
バルン「そして、そこのエアロさんはカイトさんの孫娘です」
一斉に皆がエアロに視線を送る。
アンデル「えー!?孫なの?」
ガスト「エアロ、顔似なくて良かったな」
ルビィ「孫…。カイトさん、おじいちゃんなんだ」
バルン
「数値上では、同じような能力を持っていることが確認されています」
「ただし、まだ覚醒前か、力の種類が少し異なるか、エアロさんの超能力に関しては、いまだ不明らしいです」
「それと、カイトさんについては年齢的に超能力を使うのは体に負担がかかりすぎる、命を削る可能性もあるので多用しないようにと。フェザーさんから報告を受けています」
エアロは幼い頃の記憶を、ふっと思い出していた。
―回想―
◆薄明かりの研究室
小さなエアロが机に座り、フェザーが測定器を操作している。
フェザー「カイト、エアロちゃんの反応はどうですか?」
カイトは優しい目で、幼いエアロの小さな手首に手を添えた。
カイト「順調です。まだ力は眠っていますが、将来は…」
幼いエアロが小さく笑う。
エアロ(幼少)「おじいちゃんみたいにできるの?」
カイトは微笑みながら首をかしげる。
カイト「そうなるかもしれないね」
フェザーは測定器を見つめ、眉をひそめる。
フェザー「数値は出ていますが、覚醒するかは未知です。カイトさんと同じ力なのか、少し違う力なのか……」
―回想終わり―
バルン「カイトさんが退職する5年前まで、2人はフェザー研究所で何度も検査を受けていました」
ルビィは森の向こうを見つめ、拳を握る。
エアロはまだ黙ったまま、眠っている祖父カイトを見つめる。
そのとき、アンデルが叫ぶ。
「小型だがまた来やがった」
ガスト「またかよ……」
そして再び恐竜の襲撃が始まる。
疲れ切った体に気合を入れ、クルーたちはバトルスーツに身を包み、ハッチの向こうへ踏み出した。
☆恐竜、恐竜、恐竜…
夜は来ない!
空はずっと明るく、影だけが伸び続ける…。
数え切れない恐竜と戦い、疲労を刻んだクルーたち。
ガストは岩に背中を預け、ヘルメットを外したまま座り込む。
呼吸は浅く、重く。
「……まだ来ないよな?」
誰に向けたでもない独り言。
返事はない。
少し離れた場所で、ホログラムを出す左手首。文字だけが静かに流れ、消えては書き換わる。
船内で、科学者2人と筆談している。
《恐竜の進行速度、増加》
《疲労蓄積、全体に顕著》
《次の波、時間予測不可》
アストラは無言。淡々と情報をやり取りする。
その背後で、エアロが一瞬だけカイトを見る。
グリムとシロッコは瓦礫の陰で座り込み、短いやり取りを交わす。
「さっきの突進、避け方うまかったな」
「そっちこそ。あれで突っ込むのは正気じゃない」
アンデルは地面に腰を下ろし、片足を伸ばす。
結依が膝のあたりをそっと押さえ、様子を窺う。
「……痛む?」
「動けないほどじゃないけど、正直キツい」
結依は小さく息をつく。
「恐竜、待ってくれないもんね」
その言葉が、静かに場に落ちる。
ルビィは皆から距離を取り、立ったままポケットの中のケースに触れる。
――薬。
使えば、戦える。でも、いつまで?
1回、2回。その先は見えない。
このままじゃ削られる…1人ずつ、確実に。
恐竜は無数だ。時間も待ってくれない。
(皆の命は、私が預かってる)
胸に重くのしかかる。
遠くで低い地鳴り。地面がわずかに震えた。
結依が顔を上げる。
「えっ……また?」
誰も答えない。答えはわかっている。
――恐竜が、来る。
次の攻撃は長く、多方向から来た。 誰も語らない。
時間だけが過ぎ、銃声も咆哮も、いつの間にか消えていた。
左手首のホログラムに、新しい文字が浮かぶ。
《今回の群れ、後退》
《負傷者増加なし》
《疲労、限界域》
結依が苦笑する。
「はいはい。無事だけど、無事じゃないってやつね」
ガストは仰向けに倒れた。
「もうさ…この星、昼寝って文化ないの?」
誰も笑わず、否定もしない。
そしてまた、遠くで別の揺れが始まる。
結依「……疲れてるだろうけど、みんな集中して。出動!!」
休む時間は、ない。
☆祖父と孫娘
船内は、戦闘直後特有の、妙に落ち着かない静けさに包まれていた。
医療区画の少し離れた通路で、エアロは立ち止まり、ベッドに横たわるカイトへ視線を送っていた。
近づかず、離れもしない。その距離が不安を表していた。
ガスト「……おい」
空気を読まない声が響く。
「そんな離れたとこで見てねーで、心配なら側で看病してやれよ」
ガストの大声に、アンデルも大きく頷く。
「そうだ。祖父なんだろ?遠慮する場面じゃない」
エアロの肩が、びくりと跳ねた。
その声に、ルビィも気づく。
視線の先――
ベッドと、そこから目を離せずにいるエアロ。
(……祖父と孫)
ふと、胸の奥がざわつく。
(祖母ダイヤと、私……)
記憶を探っても、そこには何もない。思い出せる温度も、言葉も。
ルビィの表情の変化に、結依が気づいた。
「……ルビィ?」
静かに声をかけられ、ルビィは少し間を置いて答える。
「私……祖母のダイヤさんと、幼少期の思い出がないの」
「こういう時、なんて声をかけたらいいのか……分からなくて」
結依は一瞬だけ真剣な顔をしたあと、ふっと柔らかく笑った。
「それはね、考えなくていい」 「私に任せて。もっと副長を頼りなさい」
「クルーのメンタルケアも医療担当の仕事」
「あなたは、前を見る役目でしょ」
その言葉に、ルビィの肩の力が、少し抜けた。
結依はそのまま静かに、エアロの方へ歩いていく。
「エアロ」
名前を呼ばれ、エアロははっと顔を上げた。
「次の戦闘は、あなたは船内待機」「この星、出撃が多すぎる。休むのも仕事よ」
「でも――」
言い返そうとしたエアロに、結依は一歩近づき、言葉を重ねる。
「人手が足りないの」
「だからこそ、あなたにはカイトさんの看病をしてもらう」
一瞬の間。
「――それに」
結依はきっぱりと言った。
「これは命令です」
エアロは唇を噛み、数秒黙ったあと、静かに頷いた。
船内には再び、静かな時間が戻る。
その静けさの中、次の戦闘が近づいていた。




