☆最高司令官
◆星間探索士官学校、戦術シミュレーションルーム。
――ドローン事件の翌日
仮想空間に展開されたのは、敵性機動兵器群――完全再現型バーチャル戦闘。
開始の合図と同時に、ルビィは動いた。
加速、回避、射撃。
敵の軌道を読み、最短距離で制圧する。無駄のない動き。
「左、三!」
結依の声。
振り向かず、撃つ。
命中。
同時に、結依の狙撃が遠距離の敵を撃ち抜いた。
呼吸のような連携。
だが――
(まだ、足りない)
ルビィはさらに加速する。
訓練で何百回も繰り返した動きが、体を勝手に動かしていた。
視界の端で、敵の出現位置を読む。
来る。
撃つ。
沈黙。
そして――
『シミュレーション終了』
機械音声が告げた。
光が消え、現実の訓練室に戻る。
大型スクリーンに、結果が表示された。
一位――ルビィ・デービス
二位――清水結依
ざわめきが広がる。
「入れ替わった……!」
「やっぱこの二人おかしいだろ……」
結依が小さく息を吐く。
「やられたなぁ」
「アンタが本気出したら、そりゃ抜かれるよ」
ルビィは答えない。
ただ、スクリーンを見つめていた。
今回の成績。
確かに一位。
だが――
表示が切り替わる。
歴代ランキング。
一位――ダイヤ・デズモンド
二位――サイモン・マクレーン
五〇年前の記録は、今も誰一人として破れていない。
その下に、自分の名前。
三位。
わずかな差。
それでも、届かない。
「……はぁ」
吐き出した息は、思ったよりも重かった。
結依が隣に立つ。
「また届かなかったね」
「うん……」
ルビィは拳を握る。
爪が食い込むほどに。
「今回で抜けると思ったのに」
結依は軽く肩を回す。
「でも確実に近づいてるよ」
ルビィは、ゆっくり首を振った。
「近づくだけじゃ意味ない。――超えないと」
そのとき――
訓練室の扉が、音もなく開いた。
空気が、沈む。
ざわめきが、止まった。
全員の視線が、そちらへ向く。
入ってきたのは、黒い制服の男。
長身。無駄のない動き。
ただ歩いているだけなのに、重力が増したように感じた。
一歩踏み出すたび、場の空気が押し潰されるようだった。
教官たちが一斉に姿勢を正す。
「――総員、敬礼!」
号令が走る。
生徒たちも慌てて整列する。
ルビィと結依も、反射的に背筋を伸ばした。
男――最高司令官、タウロス・ミラノ・ゴールドバーグは、ゆっくりと室内を見渡した。
視線が触れただけで、息が詰まる。
「……星間探索士官学校」
低い声が落ちる。
「昨日の件、報告は受けている」
「まずは、謝罪を」
わずかなざわめき。
「本来、あってはならない事態だ」
一拍。
タウロスは、後ろへ視線を送る。
「博士」
「――説明しろ」
その一言で、もう一人の男が前に出た。
その存在は、タウロスとは別の意味で場の空気を歪ませた。
白衣。
無造作な髪。
だがその目には、異様な熱が宿っている。
ルビィの視線が止まる。
「……あ」
小さく、声が漏れた。
男も気づき、ルビィを見る。
そして、わずかに笑った。
「久しぶりだな、ルビィ」
ざわめきが走る。
結依が振り向く。
「知り合い……?」
ルビィは小さく頷いた。
「……オリオン、さん」
その名に、空気が揺れる。
オリオンは軽く息を吐いた。
「まあ、そうなるか」
前に出る。
タウロスとは違う、歪な圧。
どこか制御されていない空気。
「今回の件だが……」
端末へ視線を向ける。
「俺の実験が原因だ」
はっきりと言い切った。
教官たちの顔色が変わる。
「実験……だと?」
「ああ」
オリオンはあっさりと頷く。
「古いコードの再現実験。共鳴テストだ」
ルビィの瞳が揺れる。
「過去のシステムが、現行機にどこまで影響するか」
オリオンの淡々とした声。
だが、その内容は異常だった。
「結果、ドローンに残ってたバックアップコードが反応した」
静かに続ける。
「……共鳴したんだ」
沈黙。
理解が追いつかない空気。
結依が小さく呟く。
「それで……あの暴走?」
「暴走じゃない」
オリオンは首を振る。
「“起動した”だけだ。本来、眠ってるはずのものがな」
教官の一人が声を荒げる。
「そんな危険な実験を――」
「無断じゃない」
遮る。
そして、タウロスを一瞥する。
タウロスは何も言わない。
否定もしない。
それが、すべてだった。
空気がさらに重く沈む。
オリオンは小さく息を吐いた。
「……まあ、迷惑かけたのは事実だ」
ルビィと結依を見る。
「悪かったな。巻き込んで」
軽い言い方。
だが、目だけは嘘がなかった。
ルビィは言葉を失う。
記憶がよぎる。
母の研究室。
機械に囲まれた空間。
そして――いつもそこにいた、この人。
「……あのコード」
思わず口にする。
オリオンの目が細くなる。
「見たことあるか?」
ルビィは頷く。
「母の研究室で……一度だけ」
オリオンは小さく笑った。
「そりゃそうだ」
当然のように言う。
「あれ、元は俺と君の母親でいじってたやつだ」
結依が息を呑む。
「え……?」
ルビィの鼓動が強くなる。
「じゃあ……あれって」
オリオンは一瞬だけ視線を落とし、
「かなり古いコードだ。今じゃ使われてない」
一拍。
「……少なくとも、表向きはな」
含みを残す。
それ以上は語らない。
タウロスが一歩前に出る。
「話は以上だ」
低い声が、すべてを断ち切る。
「今回の件は、こちらで処理する」
視線がルビィと結依に向く。
「お前たちの行動は評価する」
短い。だが、絶対的な重み。
そして背を向ける。
「解散だ」
二人はそのまま去っていく。
扉が閉まる。
張り詰めていた空気が、崩れた。
「……なんだったんだよ、今の……」
ざわめきが戻る。
結依がルビィを見る。
「ねえ……本当に知り合い?」
ルビィは少しだけ考え、
「……うん」
静かに答えた。
「昔、よく一緒にいた人」
視線を落とす。
「叔父さん……みたいな人」
結依が驚く。
ルビィが心の中で繰り返し思い出している
共鳴。
古いコード。
母と、オリオン博士。
(……やっぱり)
胸の奥の違和感が、輪郭を持ち始める。
まだ小さい。
だが確実に――何かに繋がっている。
読んで頂きありがとうございますm(_ _)m
滅多に出てきませんが、タウロス、オリオンは重要キャラです。




