☆理論より、覚悟
霧の膜が、ダイヤの足元から静かに立ち上る。
(理論は完璧、何度も確認した)
ダイヤは一歩、踏み出した。
城門のようなワープゲートの内側は、音のない闇だった。
足音も、風も、重力の感覚さえ薄れていく。
(大丈夫かな…)
(大丈夫、大丈夫だよね……)
自分に言い聞かせるように、ダイヤは拳を軽く握り、一歩一歩進んだ。
(霧膜は安定してる)
(……私は、間違ってない)
闇の奥――
あと約四〇メートル先に、淡い光が見えている。
(……もう少し)
光は次第に輪郭を持ち、城門型の出口と、その向こうに広がる景色が浮かび上がる。
緑、空、巨大な地形。
ルビィは思わず一歩前に出た。
ほのかに暗い闇の向こうに、ダイヤの姿が見えた瞬間だった。
「おばあちゃん!」
ルビィが叫ぶより先に、体が動いていた。
ルビィはワープゲートの縁へ身を乗り出し、右手を強く伸ばす。
ゲートの中から、ダイヤが一歩踏み出す。
ルビィの手が、空中で止まる。
「こっち!」
ルビィが叫ぶ。
ダイヤは一瞬だけ驚いた顔をした。
そして次の瞬間――
その手を、しっかりと掴んだ。
パシッ、と乾いた音が小さく響く。
ルビィの手に伝わる温かさ。
確かな重み。
そして、強く引き寄せる。
そして――
ジュラシックアース側に、
ダイヤは立っていた。
確かに、ジュラシックアースの大地の上に。
「……成功」
ダイヤが小さく息を吐く。
その瞬間――
「成功だァァァァ!!」
アンデルが大声を張り上げた。
「うるさい!」
結依が即座に突っ込みながら、しかし笑っている。
ルビィは、ダイヤに抱きついた。
「……おばあちゃん」
ルビィが声を震わせる。
「あぁ」
ダイヤが穏やかに返す。
「ちゃんと来た!ちゃんと来たね!!」
ルビィが強く抱きしめる。
「あぁ、ちゃんと来た」
ダイヤが微笑み、ルビィの頭に手を置いた。
「心配してたんだからね!」
ルビィが言う。
「ふふ、ごめんね」
ダイヤが静かに答える。
そこへ、結依が近づく。
「もう、心配かけすぎ。ダイヤさんの顔、ちょっと強張ってたよ?」
結依が指摘する。
「……バレてた?」
ダイヤが少しだけ苦笑する。
「バレバレ」
結依が即答する。
アストラが無機質に告げる。
『歴史的瞬間です。固定式惑星間ワープ、初の有人成功例』
「人類!いや銀河の勝利だぁ!!」
アンデルが叫ぶ。
「いや本当にすごい、準備段階から見てきたけど、霧膜の発想がさ――」
結依が語り始める。
「ダイヤさん、すごいです……!ちゃんと、ちゃんと来ましたね」
エアロが感動した声で言う。
「理論が、現実に追いつきましたね」
バルンが静かに呟く。
その横で、シロッコは感動して泣いている。
クラウドが大げさに両手を広げる。
「これはもう宴だねぇ〜!」
「化学屋として言わせてもらうけどさぁ〜、“爆発しなかった”ってだけでぇ〜一〇〇点満点だよぉ〜」
「正直さぁ〜、途中で変な音したらどうしようかと思ってたんだよねぇ〜」
「ドキドキしてたよ、二人に増えたらどうしようって…」
ガストが言う。
そのとき。
ガストが、じっとダイヤとルビィを見比べた。
「……あれ?」
ガストが呟く。
全員の視線が集まる。
ガストは顎に手を当て、首を傾げる。
「おかしいな……」
「なにが?」
結依が警戒する。
「いやさ」
ガストが真顔のまま言った。
「ワープで“二人に増えた”かと思った」
一瞬の沈黙。
「誰がだ!!」
結依のツッコミが炸裂する。
ルビィがきょとんとしてダイヤを見る。
「似てるかな?」
ダイヤは一拍置いて、ふっと笑った。
「そうだね。否定はしない」
「ほら、雰囲気とか、立ち方とか」
ガストが続ける。
「考えてる顔とかそっくりだな」
グリムが淡々と追撃する。
「目も似てますよ」
エアロが小さく笑う。
「待って待ってぇ〜」
クラウドが割り込む。
「つまりさぁ〜、天才がワープしたら天才が増えたってことぉ〜?」
「やめろ!」
カイトが即座に止める。
「……血縁、恐るべしだな」
シロッコが苦笑する。
ダイヤは、ルビィの横で笑顔で言った。
「私は、次の世代にちゃんと引き継いだだけだよ」
ルビィは少し照れて、でも胸を張る。
「ルビィ、そこノーコメントなの?それが一番怖いわ」
結依が呟く。
笑いが、自然と広がる。
緊張がほどけ、成功が“実感”に変わっていく。
ダイヤは、皆を見回したあと、空を仰いだ。
(成功した)
(怖かった)
(でも……)
ダイヤは、もう一度だけゲートの方を振り返り、静かに呟いた。
「ちゃんと、来れた」
◆惑星アークス側
こちらでも、レオとサイモンの声が遅れて響いていた。
「……見た感じ、成功か?」
「あれは成功だろ」
アストラの右手首に展開したホログラムが、文字点灯する。
《生体反応:確認》
《対象:ダイヤ・デズモンド》
《位置:ジュラシックアース》
《状態:良好》
次の瞬間。
「「「うおおおおお!!!」」」
こちらも歓声が一斉に上がった。
フェザーは、口元だけで微笑んだ。…してやったり、という顔で。




